残り一日

「かおりちゃん、あーそぼ!」

二年生の春の引っ越して来たお隣さん。東京から来たという女の子は可愛らしい栗毛で香は羨ましく思っていた。

「あそぼーよー。おねぼうさんなの?」

家のインターホンを何度も鳴らしてあそぼー、あそぼー、と言い募る声。仕方がないなあ、なんて呟きながらも心の中ではウキウキして玄関まで走る。

「おきとーよ。あきちゃん」


◆◇

香の瞼が唐突に開いた。心臓が嫌に早鐘を打ち、背中はぐっしょりと濡れている。

「あきちゃん」




「ねえ、今日って自由登校やんか。どうしてみんな来たん」

卒業式前日が自由登校になるのはこの学校の伝統。なぜかは知らない。だが、そんな日にもかかわらず、雄大を除いて全員が集まっていた。

「どうしてって言われてもねぇ……」

「なんかなぁ……」

問いを投げかけた香以外皆歯切れが悪い。

「……私、昨日夢見て」

“夢”という単語に五人は大きく反応した。まさか六人とも見たのだろうか?

「覚えとる? 二年生の頃に引っ越して来た、あきちゃん。……私の夢ん中に出て来てさあ。そしたらなんか色々思い出してさあ。あきちゃん、あきちゃんてさあ」

「香」

段々と感情的に、目を見開き怖い顔になっていく香を結希は止めようとしたが、香はなおも続けた。

「あきちゃんて、あーちゃんだよね。ねえ、なんでおんなじなん。髪も声も歳も。なんで。幽霊なん? 幽霊よな。だってあん時」

「香!」

結希が一喝して香の口を塞いだ。

「それ以上はやめりいよ。……あるわけないやん、そんな日現実なこと」

「……いや、私も見た。あきちゃんと花かんむり作った夢やった。あきちゃんとあーちゃんはおんなじよ」

「俺も見た。あきちゃんとみんなで遊んだ夢やった。あーちゃんとあきちゃんはそっくりや。なんかドッペルゲンガーみたいにな」

綾乃に続いて雷牙までも香に賛同した。深刻な表情で。

「ちょっ、二人して何言っとーと」

「疑いたくなるのはわかる。けど、本当にそっくりなんよ。……確認する?」

「アルバムがあったはずやけん」

結希の答えを待たず、雷牙はアルバム探しを始めた。この間みんなで片付けた中にあったはずだ。だが、叡司が見つけて避けておいたはずのアルバムはどこにも見当たらなかった。

狐に摘ままれたような教室の戸がとゆっくり開いていく。五人の視線はそこに集まっていった。

「アルバム、探してんやろ。ここにあるよ」

二年一くみ みんなの思い出。と書かれたアルバムを片手に、憂いに満ちた顔で雄大がそこにいた。

「どうして……」

絶句する香をよそに、さっきまで神妙な顔をしていた結希と綾乃と雷牙は雄大とともにふざけ出す。なぜか一通り挨拶を言い合って、さようならっと言った瞬間に踵を返した雄大を叡司がつっこみつつ引き止めた。

「ふざけただけやん。で、この写真やろ」

“あきちゃん”が映った写真のページを開く雄大。写真を覗き込み香と結希は固まった。

「……やっぱり」

「そんな……」

あーちゃんが“あきちゃん”。それは七年前六人が亜樹を殺してしまったということを指す。かくれんぼで見つけられなかったこと、或いは大人に助けを求めなかったこと、そして崖があることを伝えなかったこと……。それらが全て六人の罪だった。仕方がなかったことではない。そもそもあの神社で遊ぶことは禁じられていたのだから。

沈黙が続いた。香の頬にいく筋かの水が伝い、床に一雫、二雫と小さな水たまりになった。

「ごめんね。あーちゃん、あきちゃん……」

窓の外で小さな影が軽い足取りで消えていった。

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