22話 いきなりファインディング
私はハリリタちゃんから届いたメールを、みんなに見せた。その内容に、揃って驚きの表情を浮かべている。
「千載一遇のチャンスだな。ゾンムバルなど、情報を得るだけでも一苦労の怪獣だ。これを逃す訳にはいかないだろう」
ジバリさんは地図を持ち出して、怪獣の目撃情報があった場所を検証し始める。ハリリタちゃんの言っている北方の村とは、ビエルェンの北端にあるゴルガーという村のことだろうか。彼はスマホで、その村の近辺で最近何か起きていないか、調べている。
同じようにネットニュースを探っていたカーヌちゃんが、地図の別の場所を指さした。
「ゴルガーよりも、こっちのグザ集落の方が近そうよ」
カーヌちゃんが見せてくれたスマホの画面には、こうある。
『グザより4パシェテンギの森の上空にて、空中に亀裂が入る怪現象!?』
あ、パシェテンギは私の世界で言うキロメートルだね。1パシェテンギが1キロだから、4パシェは4キロ。実に分かりやすい。あっちの数字に換算しやすいのはありがたい。
てか空中に亀裂て何? バキ〇ムかよ。……たまに思うんだけどさ、私のこの例えってどれくらいの人に通じてる? 自分の中ではメジャーなことが、別の人からすれば超マニアックなことって、よくあるよね。今のとか、まさにそうじゃないかな。
ごめん、ちょっと話が逸れたね。そうだよゾンムバルだよ。
「これがそのゾンムバルだって、確証持てますか?」
もしかしたら空振りかもしれない。こんな記事、閲覧数を稼ぎたいネットニュースのガセネタかもしれない。ハリリタちゃんもそれに乗せられちゃっただけかもしれない。そもそもこの現象を起こすことができるのが、ゾンムバルの他にもいるかもしれない。
私はちょっと――ううん。かなり怖い。これで怪獣が作り出した(んだよね……?)時空の穴に飛び込んで、その先が本当の私の世界じゃなかったらどうしよう。もちろん行くのは私独りだ。誰もついてきてくれない。また別の世界に独りぼっちで迷い込むことになるかも。そう考えたら、いくら帰るためのことでも、足が踏み出せなくなる。
おい、誰だ今「お前も悩むことがあるのか」とか考えた奴。失礼な奴だな。巨大ソロバンの上に1時間くらい正座してろ。
それにさぁ――私にはまだこの世界でやるべきことがあるんだよね。チラチラッ。
怪しい視線に気づいたのか、一瞬ジバリさんが怪訝な顔をする。さーせん。
狩人たちは、ネットニュースとにらめっこ。みんなが真剣に、私を帰そうとしてくれていることが分かる。私、元の世界に帰るよりもこっちにいたままの方が、人から愛されるんじゃないかな……。
ううん、ダメだよそんなこと考えちゃ。お母さんもお父さんも心配しているはずだし。
みんなが何やら相談をしている。どうしたんだろ……。
最初に私に話をしてくれたのは、カーヌちゃんだった。いつになく真面目な表情をしている。
「あのね
私は何も答えられない。何て返すのが正解なんだろう。もちろん私だって帰りたいよ……。でもこんな突然その機会が来ても、心の準備ができていないんだ。みんなとお別れする準備ができていないんだよ。
踏ん切りがつかない。このままではいけない。それくらい分かってる。分かってるけどさ……。
また私の心の声が漏れていたのか、それともみんな私の心境を察してくれたのか、表情が暗くなる。ごめんね。
そんな時、最初に決断を下してくれたのは、ルーィさんだった。
「行くだけ行ってみりゃいいんじゃねぇか」
私が言いたくても言えなかったこと。
そうだよ。まだその現象が、ゾンムバルの仕業だって分かった訳じゃない。まだ確証を持てない段階なんだ。この時点で恐れてどうする。まず行かなくちゃ。動かなくちゃ始まらない。
「うん。そうするよ」
私は決断する。とても引き籠りには見えない――よね?
「私は、私が帰るための道を見つけたい。小さな可能性でも良いから、賭けてみたい!!」
「よく言ったな」
珍しい。ルーィさんが笑って褒めてくれた。
……やめてよ。私の心残り、1つ減っちゃうじゃん。
嬉しいはずなのに、胸がチクリと痛んだ。
「よぉし。それじゃあ北に向かう準備をしましょ! でもその前に、あたしたちはちょっと休まないとね」
両手をパン! と打って、カーヌちゃんが話を進めてくれる。ありがとう。
ここから先は、とんとん拍子で話が進んだ。そして、出発するのは2日後の早朝に決まった。
* * *
カーヌちゃんの運転する車で、私たちはビエルェンの北方、グザを目指す。少しでも早く目的地に到着できるようにと、空を走行している。わざわざその許可を取ってくれた。私のために。本当に、ありがとう。
うーん。何か今、いつになく神妙な顔をしている気がする。私ってこんなキャラだったけ? 自分で自分のキャラが迷子になっている。うん、絶対こんなんじゃなかった。こんな態度、これまで取った覚えがない。
――いやごめん嘘。直子ちゃんと喧嘩した時は、こんな気持ちだった。近くにいたはずなのに、その人がすごく遠くに感じて、顔を見ることができないくらい。
でもどうして、今もそんな気持ちになっているんだろう。みんなが私のために何かしてくれる。それはとっても嬉しいことのはずなのに。私は何を寂しがっているんだろう。
ホテルを出発してから、何時間経ったのかな。出発時はまだ空が薄暗かったけれど、現在はもう太陽が真上にある。そろそろお昼時なんじゃないだろうか。さっきから1度も休憩せずに運転しているけど、大丈夫かな。
「あたしなら大丈夫よ。それよりもう少しでグザに着くわ。そこまで行っちゃいましょ」
カーヌちゃんは少しだけスピードを上げる。窓から外の様子を見ると、もう大分郊外まで来ていた。ビルは見えない。小さな民家が点在している。時々遠くに、団地のようなものが見えた。
こうして景色を眺めていると、日本とほとんど変わらない場所なんだけれどな……。
そんな風に感傷に浸っていた時だった。
普段は1番落ち着いているベクティナくんが、わめき出した。
「不味いです、止まって!」
何事かと、カーヌちゃんは言われた通りにブレーキを踏む。後ろで何かゴン! と音がした。どうやらトランクで寝ていたルーィさんが、急ブレーキのせいで頭をぶつけたらしい。小声でぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。
まぁ今はそれよりも、ベクティナくんだ。厳密に言えば、彼の持っている怪獣探知機――青い瞳である。探知機は、これまでに見たことがない輝きを放っていた。
「急にこんな段階になるなんて……。ここまで何も反応していなかったのに」
「落ち着けベクティナ。対象の位置と距離は?」
そう言うジバリさんも、焦りを隠せていない。本当に、こんなことは初めてなんだろう。
怯えるように、ベクティナくんが天井を見る。
「僕らから10テンギ……。真上です」
車内に緊張の糸が張り詰める。カーヌちゃんが恐る恐る、ルーフの開閉ボタンを押した。
その先にあったのは、ひび割れた空。ネットニュースに載っていたのと同じ現象だ。
屋根が開くや否やルーィさんは立ち上がり、空を仰いでニヤリと笑い、そして剣を抜いた。
「久しぶりに会ったな、ゾンムバル!」
その言葉に反応するように、亀裂が爆ぜる。そして中から、鳥の羽を生やした蛇のような生き物が、姿を現した。
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