20話 われら同族!

「もうやめてくれ、カシラ!」


 それは誰の叫びだったのだろう。まぁ、呼び方からして盗賊団のどなたかだろうけど。


 殴られなかった私は、恐る恐る目を開いた。そっと胸倉を掴んでいた手が放される。ホッとして力が抜け、よろよろと床に座り込んでしまう。そんな情けない姿の私に、ベクティナくんは駆け寄って来てくれた。ホント、良い子。


 一方ハリリタさんは、団員たちに囲まれている。みんな親分を心配しているといった顔だ。


「お前ら……。ありがとう、止めてくれて。あーしがどうにかしていた」


 彼女も勢いに任せて暴走したことを反省しているみたいだ。良かった。流石に青少年誘拐はアウトだもんね。それを何とも思っていないとかだったら、今度は私が手を出していたかもしれない。きちんと自分を客観視できているようで、何より。


 でも反省するべきなのは、ハリリタさんだけじゃない。私もだよね。元はと言えば、私のデリカシーのない発言のせいで、彼女が暴走してしまったんだから。


 ふぅ、ふぅ。何度か深呼吸をして、息を整える。ベクティナくんに手を貸してもらいながらだけど、立ち上がる。そしてハリリタさんのことを見据えた。うん。今度こそ、ふざけた感じじゃない、真面目で真っ直ぐな言葉を送らなければ。えっとまずは……。


「ごめんなさい!!」


 まずは謝ることが第一だ。はっきりと声に出して、頭も下げる。適当に謝ってなんていられない。


「私のせいで、変な風に追い込んでしまって、本当にごめんなさい。えっと、団員の皆さんもごめんなさい。親分さんを取り乱させて……」


 私の行動に面食らったのか、盗賊団の皆さんはぼうっと口を開けて固まってしまった。目線だけ動かして、彼らの反応を窺う。誰からも、何か言おうという気配は感じられない。どうしよう。私、いつまで頭を下げていれば良い? 完全にタイミングを逃した。


 お願い。誰か何か喋って! そうしてくれないと、私も次の動作に移れない! 何も盗賊団の人じゃなくても構わない。ベクティナくんでも良いよ。


 横目で彼を見ると、何だか複雑そうな表情をしている。まぁそれも仕方ないか。今回のゴタゴタにおいて1番の被害者はベクティナくんだ。自分を酷い目に合わせた連中と、それに対して頭を下げる私。訳分かんないよね……。


 これ以上どうすれば良いかなんて、私にも分からない。この場を綺麗に治めるには……。


 ふと、直子なおこちゃんと喧嘩をした、あの日のことを思い出した。そうだ。あの時も私は、相手を怒らせてしまった。今回、あの時と違うことは、私は謝罪ができているっていう点だ。変に意地を張り続けないで、自分にも悪いところがあったって、認められている。本当はあの日そうしておくべきだったんだ。そうすれば、引き籠るなんてことはしなかった。今でも直子ちゃんと顔を合わせることができていたはずなんだ。


 同じ過ちを繰り返しちゃいけない。また相手を傷つけまま、どさくさで話をどこかへ流しちゃいけない。きちんと向き合わなくちゃ。


 顔を上げ、すぅ――――と、大きく息を吸って、私はハリリタさんに本音をぶつける。




「あなたの趣味、私も理解できるから!!」




 ………………………………。


 無情な沈黙。と言うより、呆れかえった表情をしてる。みんな?


 あれ。また私何かやっちゃいました?


たまきさん。あなた馬鹿なんですか?」


 うわぁーっ! ベクティナくんによる辛辣なお言葉! まぁその通りですけど。前回自分でそう言ってたけど!


「いやあのね。他に言葉が見つからなかったと言うか、こう言うしかなかったと言うか……」


「どっちにしろ馬鹿ですよ!」


 おっしゃる通りです。はい。すみません。


 そうだよね。私もどうかしていたわ。確かに、ハリリタさんのショタコン趣味を理解することはできる。しかし、私は腐女子。腐女子とショタコンは似て非なるもの。――いや別にそんな似てないな。どのみち完全に心の底から理解しあうことはできないのかもしれない。


 でも私には分かる。どちらもあまり褒められた趣味ではない。だからなるべく世間様には隠しておきたい。ばれて後ろ指をさされるなんてごめんだ。そんなことになったら、私なら自分の趣味に自信が持てなくなる。彼女だってそうだろう。できることなら部下たちには隠しておきたかったんだろう。それを私がぶち壊した。彼女が今苦しんでいるのは、私の責任だ……。だが私は謝らない、という訳にはいかない。だからどうにかして――。


「環さん。もうその辺でいいですか?」


 おおう。全部口に出ていたか。ホントにどうにかしないとなー、この癖。考えていることが全部漏れちゃう。


 どうやら、今考えていたことは盗賊団のみなさんにも聞こえていたらしく、全員さっきよりも一歩下がった立ち位置にいた。ひどい。そこまで引かなくてもいいじゃない。まぁそこまで意味は分からないよね。腐女子とかショタコンとか、こっちの世界にはない言葉のはずだし。ようするに私は男の子同士が好きってことだよ。


「環さん。全部喋ってます」


「おうふっ」


 気をつけようと思ったばかりなのに。もう私、唇を縫い合わせた方がいいんじゃないかな。それくらいしないと治らない気がする。


 どうしようかな……。この部屋にいる人全員、見事にドン引きだよ――あれ?


 頭を抱えていると、1人だけ、一歩前に出てくれた人がいた。ハリリタさんだ。彼女はなぜか頬を赤らめている。


「今の、本当か? 本当にあーしのこと、分かってくれるのか?」


「えっ……。うん。ショタは主食ではないけど、好物ですよ?」


 また何を口走っているんだろう。主食とか好物とか、それで通じるのはごく僅かだろう。でも彼女は私の意を汲み取ってくれたのか、こちらに駆け寄ってきた。え、いきなり!?


 そしてそのまま、私の両手を握ってきた。


「嬉しい……。誰も認めてくれないって、みんな否定するって、そう思ってたよ……!」


 ぎゅー、と手が握られる。この人本当に27? めっちゃ手すべすべなんだけど。私より肌きれいじゃん。しばらく不摂生してたし、そりゃぼろぼろになるか。


 いやちょっと待って。そんなことより、何だこの展開!? 早すぎない!? 私は百合レズではない。至高なのは薔薇ホモォだ。百合もたまに読むけど、自分はそちら側ではない。断じて違う。――断じて。うん。ちょっと意思が揺らいだのは、直子ちゃんなら彼女にしてもいいなと思ったから。あれ。悪くないかも。


 いや、ちょ待って。あのハリリタさん? 盗賊団のみなさまが引いていますわよ。「カシラ……?」ってざわついてるよ。私の心もざわついているけど。


「なぁ。あんた、あーしと友達になってくれよ」


 うおお。大胆な告白は女の子の特権だよ。やばいな。よく見るとハリリタさん、めっちゃ美人だ。え、すっぴんだよねこれ? まつ毛長っ。ほっぺピンク。嘘だろ私!? 何で心臓がドクドク言ってんだ!?


 形容しがたい感情が生まれ、私の心は揺れ動く。


 でも――――。


「私は男の子同士の恋愛が好きで、あなたは小さな男の子が好き……。根本では全く違うものなんだよ……?」


「それでもいいよ。あーしら、きっと分かり合えると思うんだ。絶対に、心が通じ合うって!」


「ハリリタさん…………」


 純粋な目で見つめられたら、私も頷かずにはいられないじゃん。


 股間が反り立つような感覚がある。なぜだ。そこには何もないのに。「〇起!」って叫ぶべきか?


 ああ、心がとろけていく……。初めての感覚。それが恋なんですと囁くのは誰?


「えっと、その、これからよろしくお願いします――」


「よろしくな! 改めて、あーしはハリリタだ」


「あっ。はい、知ってます。私は浮島うきしま環です。どうぞよしなに……」


 久しぶりに苗字を名乗った気がする。こっちの世界だと、あまり意味がないらしいからなぁ、ファーストネーム。あれ、苗字ってラストネームだっけ。どっちだ。


「環さん。もうその辺でいいですか?」


 あっ。ベクティナくん。ごめん、半分君のこと忘れていたよ。


「でしょうね。お2人だけ別の世界に飛んでいるみたいでしたもん」


 そういえばハリリタさん、ベクティナくんのことはどうするんだろう。何かすごい、私が本命みたいな流れになっているけれど、彼女の本質はショタコンでしょう? 実は私に近づくことで、どさくさでベクティナくんにも近寄ろうとしているんじゃなかろうか。いやいや、変なこじつけで相手を疑うのは陰キャの悪い癖だ。世の中は、自分で思っている以上にやさしいものだ。


「環さんはもっと厳しさを知った方がいいと思います」


「もう十分味わってるよ! 本命は良いよね、相手に嫌われる心配がないからさ!」


「あなたは何が言いたいんですか!?」


 どうしよう……。私、ベクティナくんに嫉妬してる? どうして。


 あっ。そうか。なんとなく理解した。私これまで、直子ちゃんしか友達がいなかったから、友達の中で私の存在が小さくなることが怖いんだ。でもハリリタさんにとっては、ベクティナくんが本命で、ずっと前から大好きな存在で。私の存在は、今さっき彼女の中に刻まれたばかりだ。どちらが大きいかなんて、分かり切っている。


 私、そんなに友達が欲しかったのかな。私のことはいいから、みんなの仲睦まじい姿を見せてって、そういうスタンスだったのに。


 すると突然、ハリリタさんに押し倒された。えっちょっと待って。こんな所でおっ始めないでよ!? 見られて興奮する趣味は私にはないよ!?


「大丈夫だ。あーしはあんたのことも、1番だからよ。坊やは1番好きな人で、あんたは1番好きな友達だ」


 えっ。何それ。そんな言い方、私の方がランクが上みたいじゃん。それでいいのかな……。でもどうしてだろう。めっちゃ嬉しい。


 ――――ていうかこの人、年下なら誰でもいいんじゃないか? そうだとなると、私は案外ロリコンには需要があるのかもしれない。


「ハリリタさん――。私、あなたの友達でいたいです」


「もちろん良いに決まってるだろ!」


 ああ。何だか楽しい。そっか、友達かぁ……。どうしてかな、新鮮な響きに聞こえる。もしかすると、私がこの世界で求めていたのは彼女のような存在だったのかもしれない。ルーィさんとジバリさんのような推しカプでも、カーヌちゃんのような保護者でも、ベクティナくんのような愛玩でもなくて。


「ぼくの扱いおかしくありません?」


 ああうん。ごめん。訂正しよう、ベクティナくんのような弟分でもなくて。


「マシになったと思って良いんですよね?」


 大丈夫だ。問題ない。


 この世界に来て初めて、対等な友人が私にできた。


「なんだ、その……。これからよろしくな、タマキ」


「よろしくね、ハリリタさん」


 私たちは手を取って笑い合う。周りを囲んでいた盗賊団のみなさんが、無言のまま、そっと手をたたき始めた。次第にその音は大きくなっていく。やがて拍手喝采となった。


 ただ1人、ベクティナくんだけが解せないといったような顔をしていたが、彼もいずれ馴染んでくれるだろう。そう信じるよ。


 私とハリリタさんはこうして、同族として友人の契りを交わしたのだった。




        × × ×




 この時、盛り上がっていた私はすっかり忘れていた。ここが避難所であるということを。そして街では、カーヌちゃんたちが巨大怪獣と戦っているということを。


 彼らが怪獣を倒し、その後怪獣対策局の人たちに追われる身となっているということを私が知るのは、もう少し後の話である。

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