14話 怪獣使いのオネエ
「やっぱりおかしい」
ある朝、ジバリさんがタブレットを片手に頭を掻いていた。
「どうかしました?」
彼が腰掛けるベッドの、隣の椅子に座り、私もそのタブレットの画面を覗き込む。そこには先日ジバリさんが調べていた、地震の情報があった。
「この前、
いや、それなんら不思議ではないですよ。日本ではよくあることです。千葉で起きた翌日、福島で起こるとか。プレートとかが連動して――。
「この地域は内陸地帯だ。プレート型ではない」
おお。聞かれていた。
「じゃあ内陸型とか? 断層がずれて――」
「それにしては、震源が深すぎる。それにこれを見ろ。地震の観測された場所。まるで生物が移動したみたいだ」
言われてみると……。まったく異なる地点で発生している訳じゃないみたい。繋がっていて、1本の線のようになっている。もしかして、地下に巨大な怪獣が住んでいて、徐々に移動しているとか?
「それだ」
「え? まさか、そんな巨大な生物がいるなんて。ウルトラシリーズじゃないんですから」
「これまでも、ごく少数ではあるが、全長が50グテンギある怪獣が確認されている。地震の原因が怪獣であるという可能性は、ゼロじゃないな」
1グテンギは大体1メートル(この世界、言語は同じくせに、どういう訳か単位は違う。どういう基準なんだろう)だから、50メートルの怪獣もいるってことだ。マジですか。
「もしそうだとするとまずいぞ……。このままだと……」
あ。私も気がついた。この怪獣の進路(怪獣ということにしておくよ)だと、今私たちがいる街にぶつかる。
「どうしましょうジバリさん!」
「まずは自分が、怪獣対策局に掛け合ってみる。研究員のカーヌに証言を手伝ってもらおう」
「んー? 呼んでゃ?」
洗面所からカーヌちゃんが出てきた。話し方が変なのは、歯磨きをしているからだ。
「この街に巨大怪獣が迫っている可能性がある。それについて、お前の意見を貰いたい。そして確証に至ったら、対策局に協力を要請する」
「なるほどねぇ。わきゃったわ。あちゃしも手伝ったげる」
「頼む。だがその前に、うがいをしてこい」
そう指示され、カーヌちゃんは洗面所に戻っていった。
* * *
だが、思っていたよりも早く、その事態は起きてしまった。
まだジバリさんとカーヌちゃんの調査も満足に済んでおらず、怪獣対策局にも相談できていない状態で、それはやってきた。
「ちょっとちょっと待って!! こんなの私聞いてない!」
絶叫しながら、私はベクティナくんと抱き合う。誰かとはぐれたらまずい。
天井から電球が降ってきた。本格的にヤバイよ、これ!!
こんな規模の地震は初めてだ。あん時とかあん時(想像にお任せします)も、タンスの上に積んでいるものが落ちてくるくらいだった。こんな壁にヒビが入って、天井が剥がれ落ちてくることなんて、味わったことがない。
「みんな無事か!?」
瓦礫を掻き分けながら、ジバリさんが駆け寄ってくる。
「早く非難するぞ。窓から飛び降りろ!」
「いやいやいや。ここ5階ですよ!?」
「大丈夫だ。下でカーヌが車を待機させている」
せめてここまで飛んできてくれませんかね!? そういう車でしょ、アレ!
「環さん、ダダをこねている暇はないです。行きましょう!」
この鬼畜ショタが! ちょっと待って、私の手を握ったまま窓に向かって歩き出さないで!
「絶対痛い絶対痛い絶対痛い! やめとこう、ねっ、やめよう!」
「ガラスはもう砕けてますから、大丈夫だって!」
「そういう問題じゃねぇんだよ!!」
あっ。足元の感覚が消えた。あかん。死ぬわこれ。
「ウヒャアアアぁぁぁぁぁ――――!??」
5階から飛び降りたはずなのに、思ったよりも早く着地した。しかも柔らかい場所に。あれ。この感触、なんだか覚えがある。
あ。これ車のシートだ。
「2人とも大丈夫?」
運転席にはカーヌちゃん。ここまで確認して、私は車がオープンカーに変形していることを理解した。機能多すぎるでしょ……。
ボスン! と大きな音を立てて、ジバリさんも飛び乗ってきた。
「ルーィはどうした?」
「先に向かったわ。まぁ、普段相手にしている連中とは規模が違うから、早く行ってあげないと」
「市街地への被害も大きい。これは国が動くぞ」
「普段はハンター任せのくせに、こういう時ばっかりは、いい格好しいなんだからね」
カーヌちゃんは天井を閉めると、私たちにシートベルトを締めるように促し、アクセルを踏み込んだ。いつもとは比較にならない速度だ。思わず吐きそうになる。ジェット機てこんな感じかな。
「苦しいでしょうけど、我慢してちょうだいね!」
後ろを確認する余裕がないのは分かっているけれど、私は首肯することが精一杯だった。口を開けようものなら、もっと奥から色々出ちゃうからね。
飛び始めてからそう経っていない内に、異様な光景が見えてきた。
ビルが曲がっている。道路がめくれている。地中から土が噴き出している。こんなの特撮でしか見たことがない。
「あそこにいるわね……」
カーヌちゃんが、いつもの雰囲気からは想像もつかないくらい神妙な面持ちになっている。
「あれはおそらく、『地震怪獣 クエッカ』です」
ベクティナくんが、冷静に説明する。資料によると、クエッカは普段地中深くに生息しているが、時折エサを求めて移動するらしい。主食は塩分と鉄分の含まれた鉱物。自分の縄張りにある分を食べつくすと、また新しいエサ場を探す。でも、資源は無限じゃない。いつかはその主食が尽きる時がくる。その時は――。
「地上に現れ、代わりに人を食う……」
「主食と比べれば微々たるものだけれど、人間からも塩分、鉄分は接種できるものね」
反応しながら、カーヌちゃんは何かを準備している。普段は怪獣狩りに参加しない彼だけれど、今日は何かするのかな。
「カーヌ。あいつは来そうか?」
「大丈夫。声は届くはずよ」
「分かった。ルーィはこの下にいるらしい。1度降りよう」
??? カーヌちゃんとジバリさんは、何を話しているんだろう? ルーィさんがいるってことしか分からなかった。
車が下降していく。地上に降り立つと、そこには2人が話していた通り、ルーィさんが待機していた。
少し離れた場所に、街の人たちが避難している姿が見える。そりゃそうだ、あちこちこんなに壊れちゃってるんだもの。
何か、当事者のくせにやけに達観していた私。でも驚いたことに、私とベクティナくんは車から降ろされてしまった。
「何で!? 私たち、ここで怪獣のエサ役になるの!?」
「ボクまで巻き込まないでください!」
初めは焦ったが、すぐに避難誘導をしていた、やけに鼻の高い警察官が駆け寄って来た。
「ハンター殿。ご苦労様です」
「こちらこそご苦労様。2人を避難所まで頼むわ」
「はい。お任せください!」
「え、ちょ、待って! みんなは?」
ベクティナくんは大人しく付いて行こうとしているが、私は落ち着かない。もちろんこんな場所にいても、お荷物なのは分かっている。でもまさか、こんな所でお別れ!?
「大丈夫だ。すぐに倒して、迎えに行く」
ジバリさんが優しく笑いかけてくれる(あまり表情が変わらないけど、多分笑ってる)。
その笑顔に、ちょっと救われる。うん。大丈夫だよね。
私の強張った顔が緩んだ、その時。
地面が砕けた。
「まずい! 早く逃がして!」
誰の指示かな、今の。それに反応して、警官さんは私たちを抱えるようにして走り出す。私が別れの際に見たのは、カーヌちゃんが何かを叫んだ瞬間だった。
「ドラジェーン!!!」
* * *
「ドラジェーン!!!」
実はあたしたちには、もう1人仲間がいるのよ。
ううん。1人というのは、語弊があるわね。正確にはもう1体。彼は人じゃない。その他の人型種でもない。
その正体はそう。怪獣だ。
でも安心して。この子は生まれた時からあたしと一緒にいて、きちんと調教しているから、人を襲ったりはしない。まぁ、大きいからこんな街中で暴れたら、それなりに被害は出しちゃうんだけど。それはご愛嬌。……ごめんなさい。不適切な発言だったわ。
普段はどこか遠くで暮らしているけれど、あたしが名前を読んだらすぐに来てくれるの。どこからともなく駆けて来る。格好良くない!?
しかもそれなりに強い。ルーィとジバリが太刀打ちできないような、巨大な怪獣が相手の時はめちゃくちゃ活躍してくれるのよ。
さぁいらっしゃい、あたしの可愛子ちゃん!
* * *
突風が街を駆け抜けた。何、今の?
カーヌちゃんの叫びに反応するように、それは現れた。あれって、怪獣だよね? 怪獣を呼び寄せるなんて、カーヌちゃん何者? 怪獣についての研究をしていたっていう話は聞いたけれど、こんな呼べるなんてことは聞いてないよ!
「あれは『大角怪獣 ドラジェーン』。カーヌさんの相棒の怪獣です」
私の混乱の叫びを聞いたのか、ベクティナくんが解説してくれる。
怪獣が相棒ってどういうこと? これじゃポケ○ンどころの話じゃないよ。カ〇セル怪獣だよ。あ、でもポ〇モンの元ネタはそれだっけか。
「こんな街中で呼び出しては、こちらが出す被害もなかなかのものになりそうですが、この際そんなこと言っていられません。巨大な怪獣に対抗するには、あれを使うのが1番だ」
いや、できれば被害は出さないべきだと思うんだけど……。襲ってくる怪獣を倒せばトントンってことなのかな。
もう1度風が吹いた。私とベクティナくん。そして警察の人は脚を踏ん張る。その時私は、ビルの向こうにその巨躯を見た。綺麗なオレンジ色と茶色の縞模様の毛並。まるで巨大なトラだ。
あれっ。でもベクティナくんは『大角怪獣』って呼んだよね? どういうこと? どう見たってトラの身体だよ、あれ。
ドラジェーンがゆっくり上半身を起こして、2足になる。すると私の位置からはビルの影になっていた頭部が覗く。
…………シカでした。
うん。あれは紛うことなくシカだね。大樹みたいに枝分かれした角を持っている。確かにあれなら、大角怪獣と呼んでも差し支えない。
「ぐももぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
鳴き声もシカ――と言うよりウシ科の動物っぽい。少なくともトラではない。
この時私は、まだ気軽に怪獣の出現を見ていた。味方が呼んだ怪獣ってこともあるんだけど、緊張感が抜けていたね。
だからこれから、街のど真ん中で1戦ドンパチやることを、甘く見ていたんだ。
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