12話 軟派男・ルーィ

 その日の晩。私は早速動いた。


 現在私たちが宿泊しているホテルには、トレーニングルームやレッスンルームといった施設が入っている。私は、ルーィさんが1人でそこに向かったのを確認すると、それに付いて行った。


 ルーィ。20歳(こちらの世界の時間基準。でも日本とそんなに変わらないと思う)。職業は怪獣ハンター。使う武器は日本刀型の剣。でも刃物系だったら一通り活用できるみたい。すごいね。


 今彼は、トレーニングルームにて、ルームランナーやバイクに乗っている。足腰を中心に鍛えようとしているようだ。そう。意外と真面目にトレーニングに勤しんでいるのである。


 普段は口が上手くて女好き、といった今ではもう古いと思えるようなプレイボーイの性格をしている。本人曰く「恋多き男」なんだとか。


 盗賊団に襲われそうになった私を助けてくれたのも、どさくさに紛れて私をこちらの世界に連れて来たのも彼だ。まぁ、あんなことをされて惚れない女はいないだろう。


 でもどういう訳だか、彼は女性と長続きした経験がないらしい。ジバリさんには遊び人で何人もとっかえひっかえだから、みたいに言われていたけれど、実際のところどうなんだろう?


 うー…………ん。


 女より男が好きだとか?(発想の飛躍、自分に都合の良い解釈)


 でもそれなら、諸々の説明はつくよね(強引な解決)。色々な女性と恋をしても満たされない。でも心を埋めるために恋をせずにはいられない。なぜどれだけ恋をしても満たされないのか! それは本命が男性だからなのである!


 だってさー。あの光源氏だってそうでしょ? 多くの女性にアプローチしたのは、頭中将が張り合って来るのを期待していた訳で、本命はそっちだったんじゃないの? 対する中将も同じで、光君の格好いい姿が見たいから、恋愛を通して彼のことを見ていたんでしょ? そうでなきゃ左遷先にまで会いに行かないよ。

 あの2人は絶対デキてたね。光源氏はマザコンとロリコンの革を被った男色家だよ。源氏物語は日本最古のBL小説だよ。こんなこと、古典の先生の前で言ったら殴られそうだけど。


 あぁ、久しぶりの妄想に猛っていたら、涎が出て来た……。


「お前、さっきからそこで何をしている?」


「ぴぎゃああああ!?」


 うおおお! 見つかってたのか! いつの間にか、ルームランナーで走っていたはずのルーィさんは、柱の影に隠れていた私の目の前にいた。全然気づかなかったよ。まぁ、今日は話を訊くつもりで来たから、認識されてナンボだけどさ。


 いやね、自己評価の低い喪女は存在感を消す能力を勝手に身に着けているんだよ。それが破られたから、驚いただけ。あ、もしかして、普段怪獣と戦っているから、周囲の生物の気配には人一倍敏感だとか?


「そんなにこちらに興味の視線を送っていれば、誰でも気づく」


 あっ、サーセン。そんなに野獣の視線でしたかね。


「それでどうした、こんな所までついて来て。そんなに俺と2人きりになりたかったか?」


 彼は自然と私の肩に腕を回してくる。おお、生腕! 汗で光る、筋肉質の腕! ヤバい。めっちゃいい匂いする。これがフェロモンって奴か。


「いいだろう! これからは全員で同じ部屋ではなく、俺たちだけで泊まれる部屋を1室取ろう。誰にも邪魔されない、愛の巣だ」


「いえ、そういうことではなくてですね……」


 やめて! 私なんかを抱いたら、キズモノになっちゃう!


「遠慮するな。分かっているぞ、故郷が恋しいのだろう。俺ならその寂しさを忘れさせてやれる。さぁ! 飛び込んで来い、俺の胸に!」


 目の前に差し出される、シャツの上からでも分かる大胸筋! やばいよやばいよ、これが雄っぱいか! ドスケベの極みじゃないか!


 私はその据え膳に、当初の目的も忘れて吸い寄せられていく。あぁ――。意識が飛びそうだ。


 ぽすん。額がついた。そこでトリップしていた私の意識が、肉体に返ってくる。


 ハッ! いかんいかん、こんなことをしている場合じゃない。ルーィさんの綺麗な体が喪女で汚れてしまう。


 私はガバッ! と彼の胸から飛び出し、本題に入った。


「あの、前々から気になっていたんですけど、ルーィさんとジバリさんが組んだきっかけて何なんですか?」


「……まさかここまで来てあいつの名前を聞くことになるとはな」


 うわぁ、嫌そうな顔。そんなに仲悪いのかな。なおさら気になるじゃん。

 でもさ、本当に心の底から嫌っている人と、あんな風に協力できるかなぁ。本人たちは否定すると思うけれど、私は2人とも互いにそこまで嫌っていないと思うよ。


「いいや。俺はあいつが嫌いだ。この感想は揺らぐことはない。例え、お前に仲良くしてくれと頼まれても、うんとは答えられない」


 ぉぉ。まさかそこまでとはな……。そんなに相性悪いのかな。狩りの時はベストマッチ! て感じだったのに。


 どうしようかな。でもまずは、コンビ結成秘話を聞かなきゃ、何も始まらないよね。


「それじゃあこの際、その嫌いっていう感情は持ったままで構いません。ジバリさんと一緒にハンターをするようになったきっかけを教えてください」


「やれやれ。どうしても聞きたいようだな、このお嬢さんは。仕方ない、教えてやろう。この世紀の大天才が、どうしてあんな地味な奴とチームを組んでいるのか」




        * * *




 4年前。俺は単独で狩人としての活動を行っていた。そのせいで警察の厄介になったんだ。


 なぜかって? ハンターは2人以上の班で行動することと、国が定めているからだ。つまり俺は国家非公認のハンターだった、という訳だ。


 俺としては独りでも構わないと思っていたのだがな。俺ほどの天才剣士であれば、班員など反って足手纏いになる。単独でハンティングした方が効率が良い。荷物になる連中を庇いながら戦うなど、俺にはできない。


 だが、そんな方針は国家の命令の前では無力だった。散々注意を受けていたにも関わらず、俺はまた独りで狩りに繰り出した。すると、捕まった。どうやら俺は監視されていたらしい。


 いやはや! 国の偉い人というのは、モラルが欠如しているらしい。個人のプライベートを隈なくチェックしているとは、悪趣味にも程があるぞ。


 そんなこんなで、しばらくの間俺は謹慎になった。当時利用していたマンションの部屋は四六時中監視され、俺のプライバシーははく奪された。あの不躾な連中を訴えてやりたかったが、何しろ奴らは国から派遣された連中だ。何を訴えたところで、俺の意見は受け入れてもらえなかった。


 その時俺の監視を行っていたのが、ジバリだ。細かく言うと奴がリーダーで、その他に部下が3人ほど。まったく、怪獣狩りですらそこまでの人数を必要としないぞ。


 まぁ、それで、なんだ。俺は偉いからな。謹慎期間中は決して無断で、付き添いなしで、外出はしなかった。息苦しい生活だったよ。


 やっと謹慎が開けたあの日――。ああ、そうだ。忘れもしないあの日だ。


 俺は役所に呼び出されてな。そこには俺の監視を命令していた、偉い人が来ていた。そいつが俺にこう言ってきたのさ。


「お前の腕は確かだが、法律上お前の活動を認める訳にはいかない。そこでだ。彼とチームを結成しろ」


 その局員に連れられて来たのが、ジバリだ。お察しの通りな。

 ふざけるな。冗談じゃない。そう言ってやったんだが、あいつは真面目に、


「ふざけてもいないし、冗談でもない」


 って返してきたんだ。真面目か! いや、違うな。他の言い返し方が思いつかなかったんだろう。


 それから俺は何度もチームの結成を拒んできたが、奴は引き下がらなかった。


 なぜだ? 互いに相手が嫌いなのは、その頃から分かり切っているのに。


 俺はあいつの、そんな真面目で融通が利かなくて頭が固いところが大嫌いだ。


 あいつにも、そう伝えてやってくれ。




        * * *




「それで、結局今まで、チームを解散することなく、一緒に狩りをしているって訳だ」


 ほほう……。何か、ごめんなさい。2人の間にはもっと深い因縁めいたものがあるんだと、勝手に思っていました。結構あっさり結成したんですね。


「むしろ因縁があった方が俺もやりやすい。正直、俺は未だにあいつのことがよく分からん」


 まさかの展開。これって、もしかしてジバリさんにインタビューしないと真相が分からない? どうしよう。ちょっと燃えてきたかも。私は、探偵の真似事みたいなことをして、少し調子に乗っていた。


「私! ジバリさんにもお話しを聞いてきます!」


 そう言ってトレーニングルームを去ろうとすると、ルーィさんが無言で私のシャツの裾を掴んできた。ダメよ! 私なんかにそんな仕草をしちゃ!


たまき。俺たちの何が、そんなにお前を駆り立てる?」


 うおお。まさか本人にそこを突っ込まれるとは思わなかった。

 どうしよう。何て説明すればいいのかな……。


「いや、話せないならいいんだ。だがいつかは聞かせてほしい」


「――――はい。約束します」


 どうしたんだろう、ルーィさん。昔話をして少しノスタルジックになっているのかな。どことなく寂しそうだ。


「行くなら早く行ってこい」


「は、はい!」


 私は彼に言われるまま、トレーニングルームを後にした。

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