11話 なぜ引きこもりになったのか、なぜカップリングにこだわるのか、なぜ心が痛むのか
ベクティナくんの悲痛な叫びを聞いて、私はようやく黙る。いやぁ、申し訳ない。オタクっていうのは、自分について語りだすと止まらないのよ。違うか、自分じゃなくて自分の推しだ。
ああ、ごめんなさい。刺激が強すぎたかな。ベクティナくんがめっちゃ疲れた顔をしている。魂抜けそうじゃん。ホントごめんね。
一方カーヌちゃんは、「わかるわ」って感じで頷いている。なんかちょっと感銘受けていない? 私なんかの話で。腐女子の妄言だよ。そんな高尚なものではないよ。
「いいわねぇ。好きなものについてそれだけ語れるって、素晴らしいことよ」
「えへへ……、そうかなぁ?」
いかん。私もなんだかいい気になっている。まぁ、褒められて悪い気はしないよね。
1人付いて来られていないのが、ベクティナくんだ。うーん。やっぱり思春期に突入したか、していないかくらいの子には刺激が強すぎたなかな。
「ごめんなさい、ボクには理解し難い世界です……」
いやいや。そういう子に限って、溢れ出んばかりの素質を持っているんだよ。
彼は将来大物になるかもしれない――。そんな下卑た視線を感じ取ったのか、ベクティナくんは身を竦ませた。
「でも
「う、うん…………」
普段であれば、ここで素直に「ありがとう」と返していただろう。でも今の私はそんな返事できない。
ビエルェンに来てからはあまり考えないようにしていた。
いつかは私も、元いた世界に帰る。そうしたらあの子に謝らなくちゃいけない。今更どんな顔をして会えばいいか分からないけれど。でももう逃げたくない。また今度謝ればいいやなんて思えない。次の機会はないかもしれないのだから。――今がまさにそうなんだけど。
直子ちゃん。私の友達。あの時のこと、もっとよく思い出しておくべきかな……。
「どうしたの、環ちゃん? なんだか顔色悪いわよ?」
「いやね。喧嘩した友達のことを思い出していてさ」
「もしかして、その子も腐女子なのかしら」
「うん。それでね、さっき『解釈違いで揉める』ってちらっと言ったけど、それ私たちの話なんだ」
この話、初めて他人に打ち明けるかもしれない。お母さんは薄々勘付いていたみたいだけど、私はぼかして話したし。お父さんは何も知らない、突然私が引きこもり始めて驚いただろうなぁ。
「カーヌちゃん、ベクティナくん。また長くなるけれど、聞いてくれるかな」
2人は静かに頷いてくれた。
本邦初公開、
* * *
新学期。高校2年生になった私にとって、最低最悪の関門が待ち受けていた。
そう、クラス替えである。生徒番号が書かれた紙の前で、私は「ふざけるな!!」と叫んだ。もちろん心の中で。そんなことを声に出すほど私は心が強くない。流石にね、思春期を経ればザコメンタルになるんですよ。
もちろん友達だって少ない。去年のクラスの人なんて、半分以上顔と名前が一致しない。いや、4分の1は覚えているだけ上出来だ。1年かけてやっとそれだけ記憶したというのに、また1から始めろと言うか! 鬼! 悪魔! 高校!
私は4組の中に、私の生徒番号を発見した。番号だけじゃ、他に誰がいるかなんて分からない。名前で書かれても分からんけど。
でも、こんな私にも、1人だけ友達がいる。
まぁ、彼女とは高校も一緒で、でも去年は違うクラスになっちゃったんだよね。悲しい。だから今年こそは同じになれたら嬉しいなぁ……。
「たーまちゃん♪」
「ファッッ!!??」
突然背後から何者かに抱きつかれた。おお、この声と背中に当たるおっぱいの感触は――。
「どったの、直子ちゃん?」
私の大好きな直子ちゃんである。相変わらず乳でけぇな。分けてくれ。
「たまちゃん、何組だった?」
「4組だって」
「ホント!? わっちもわっちも♪」
「やったぜ!!」
ああそう。直子ちゃんは自分のことを「わっち」と呼ぶ。多分なんかのキャラの影響。ちなみに初めて会った時は「ボク」で一昨年くらいは「小生」だった。やっと女性の一人称になっている。
ちゅーかいかにもオタク同士の会話だな、独特の気持ち悪さがある。
「良かったねぇ。1年間離されて辛かったよ」
「うんうん。これからは一緒だよ」
こんな私たちのやり取りも、百合好きから見れば尊いものなのかな? 直子ちゃんはともかく、私のような汚物は許容範囲外か。自惚れちゃいけない。
そのまま私は、背中に巨乳の温もりを感じながら教室へ向かった。
そう。その日はまだ、私と直子ちゃんの仲は清く美しいものだったのである。
事件が起きたのはGWの最終日。私たちは2人で、地元のアニメショップを梯子していた。アニ○イトとカードラ○は特に問題なかった。事件が起きたのはと○のあなである。
とある同人誌を手に取った私は、つい心の声がこぼれてしまった。
「はぁ、何でこんなCPになるかなぁ。この2人、原作じゃほとんど絡みないじゃん。アニメから入ったゴロか?」
オタクは自分の好みと違うものに対しては、口が悪くなる。これ、テストに出るよ。
そんな私の発言に気を悪くした人物がいた。言うまでもなく直子ちゃんである。
「何を言うのたまちゃん。28話~31話では一緒にいたじゃん。それにその作者さん、連載初期から読んでる人だよ。わっち、その人のツイ○ターフォローしてるから知ってるよ」
「そうなの? だったらなおさらなくない? 原作愛感じられないよ」
「まーたそういうこと言う! たまちゃんだって絡みのないキャラ同士でSS書いてるくせに!」
「私は自分だけで完結してるから良いの! こんな風に大勢の人に売ったりしてない! それに、もしこの2人を組み合わせるとしたら上下逆でしょ!?」
さぁ。だんだんヒートアップしてまいりました。
「ハァ!? あり得ないんだけど。普段攻められ慣れていない方が受けになっているのがいいんでしょ?」
「分かってないなぁ。そんなの邪道だよ。年上キャラは攻めであるべき! 絶対受けに回っちゃダメ! これカップリング経典にも書いてあるよ!?」
「残念だけど、わっちの経典には書いていないわ!」
さぁ。どんどん声が大きくなっております。
「直子ちゃんの中二病!」
「たまちゃんの臆病者!」
「反逆者!!」
「あの……他のお客様の迷惑になりますので、出て行ってもらえますか?」
「原作信者!!」
…………誰か混ざったぞ。
気配のした方に目をやると、呆れ顔の店員さんが立っていた。
店員さんだけじゃない。周りのお客さんたち、全員私と直子ちゃんを見ていた。
気まずい。逃げるように店から出てきた(実際逃げた)ものの、私たちの間には沈黙が流れていた。
それから、どちらかが提案したでもなく帰宅するために電車に乗った。もちろん電車内でも会話はない。
その日が、私と直子ちゃんが一緒にいた最後の日になった。
翌日私は学校に行かなかった。違う、行けなかった。家から出ようとすると酷い吐き気に襲われて、倒れそうになってしまったんだ。
あれから2ヶ月ちょっと。私は直子ちゃんに何も言っていない。直子ちゃんも私に何も言ってこない。あんなに一緒にいたがっていたのに、たった数分の間に、私たちの間には大きな溝が生まれてしまったんだ。
* * *
「…………」
ベクティナくんが無言で挙手する。うん。何となく言いたいことは分かる。多分こんな言葉が飛んでくるだろうなー、ていうのはもう想像ついている。私の想像だと「そんなことで?」か「思ったよりしょうもなかった」のどちらかじゃないかな。
私は無言で、彼を指名した。
「そんなしょうもないことで喧嘩したんですか?」
おっと、複合パターンだった。
うん。そうだよね。他人から見ればこれは「しょうもないこと」なのかもしれない。でも――――。
「あのね。さっきも言ったように、私たちのような人間は『こんなこと』でも真剣に揉める人種なの。どんな些細なことにでも感情を爆発させてしまうんだよ」
何だろう、この諭すような言い方。自分でも怖いんですけど。
「やっぱりボクには理解できないです……」
「いつかは分かるよ」
「あんまり分かりたくないです…………」
ハハッ。ごもっともだよ。うん。それでもいいんだよ。自ら道を踏み外したりする必要はないんだよ。
でもさぁ。どうしてかな、こんなに可愛いベクティナくんを見ていると、この腐った世界に引きずり込みたくなるんだよね。なぜか汚したい衝動に駆られる。……いかんいかん。これではあの乱暴な女盗賊と同じじゃないか。
一方カーヌちゃんは。
「良いわねぇ、青春だわ! そうやってどんなことにも真剣になれて、全力でぶつかり合える! 若いって良いわねぇ」
何か感激している。学園モノのライトノベルのメイン読者層は30代とか聞いたけど、やっぱりそのくらいの歳の人の方が刺さるのかなぁ。懐かしさなのか、羨ましさなのか。でも確かに、実際に経験したことのある世代の方が楽しさを覚えるのかもしれない。
ん? でもその理屈で言えば、私は男で男と恋愛した経験があるということになる。やっぱり理屈じゃないんだよ。はっきり分かんだね。
私の熱弁してしまったせいなのか、カーヌちゃんも何かスイッチが入ってしまったようだ。無意味に身体をくねらせている。あの動き、私もたまにやってる気がするなぁ。
「ねぇねぇ環ちゃん。ちょっとあの2人についてリサーチしてみましょうよ!」
「へっ? リサーチと言いますと?」
「お互いが相手をどう思っているのか、とか。確かに、あたしもあの子たちと付き合ってそれなりだけど、訊いたことなかったわ。まぁ、見ていれば何となく分かるけれどね。でもこの機会にきちんとしておきましょうよ。きっとルーィちゃんとジバリちゃんも、あなたになら答えてくれるわ」
「そうかな。ドン引きされるだけじゃない?」
「ううん。仲間のことを知ろうとすることは、悪いことじゃない。あなたはまだ新入りだもの。その立場、せっかくだし利用してみない?」
悪女や……。悪女がここにおる……。オネエだけど。
だがそんな悪魔の囁きにより、私の心は少々悪い方に傾いてしまった。ああ、腐女子闇堕ちするってよ。
「そうだよね。きっと教えてくれるよね…………」
「た、環さん……?」
ごめんね、ベクティナくん。多分私、子供に見せちゃいけないような表情してる。映画だったらPG12が付くと思う。流石にR15+ではない、よね?
「うん……。まずは単独でいる時に接触だね。色々聞き出してやろう……」
「環さん!?」
「フフフ。決まったら実行! 隙を見つけたらすぐに行くよっ」
「頑張れー、環ちゃん!」
「もうやだこの大人たち――――」
サークルクラッシャーならぬ、狩猟団クラッシャーが誕生した瞬間である。
直子ちゃん。私、この世界で逞しく生きているよ。だから、きっと、帰ったら謝る。それができる勇気と行動力が、身に付いているはずだから――。
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