9話 腐女子、推しをくっつけたいってよ

 ホテルに戻ったら、真っ先に私がシャワーを使わせてもらった。全身砂まみれなもんだから、床がめっちゃどろどろになってる。申し訳ない。運動会の日のお風呂って、こんな感じになるよね。いつの回想をしているんだろ。あれ? そもそも私、どろどろのボロボロになるほど、運動会で活躍してなくない? ……いや、活躍はしてないけど、どろどろにはなってたわ。3年生か4年生の時だったかな。学級対抗リレーの選手になぜか選ばれて、いやホントに何で選手になったのか分かんない。脚もクソ遅いのに。それだけ私以下がいたってことか。ちょっと優越感。でもそのリレーでバトン渡す時にさ、私盛大にずっこけたのよ。もうクラス全員の顰蹙ひんしゅく買ったよね。でもあの時の私はまだ強メンタルを持っていた。「お前のせいで2組に負けた」と言われれば「それがどうした」と返せるくらいの強キャラだった。それがどうしてこうなった。


 長々と、運動会の想い出を語る。何で思い出したんだっけ。そうだ、シャワーを浴びたら床がどろどろになった、てところだ。他のみんなの方が砂を浴びてるだろうに、何でレディーファースト精神なんて見せてくれたんだろう。私のどこがレディだと言うのだ。身体か。


 いや、シャワーなんて別に後回しでも良かったんだけどさ。むしろ私のような汚物は1番最後で構わない。みんなの綺麗な身体に砂埃を付けたままにしないでほしい。私の身体なんて、どれだけ汚れていても問題ないんだから。まだ純潔だけど。魔法使い予備軍である。


 いつからこうなったけ。私も女だ。そりゃあできることなら、イケメンにちやほやされたい。だから今のこの生活は、夢のようなものなんだ。


 これまでだってそうだよ。色んなタイプのイケメンに愛を囁かれては、身悶えしていたよ! もちろんゲームの中のイケメンだけど!

けれどいつからか、それ以上に「私なんかいいから、そっちでもっとイチャコラしてよ!」という感情の方が大きくなっていた。私のような腐れ女がイイ男の横に立つのなんて申し訳ない。ましてや、愛されるなんて許されることじゃないんだよ。


 ゲームの中じゃ、イケメンが私を巡って争っていたけれど、もしかするとあれは私がいなくなれば万事解決ではないか? すると彼らはもっと仲を深めるのではないか? そんな妄想に、いつしか浸るようになっていた。


 あれ、私って、いつからこんなに自己評価が低くなったんだろう。

 まあ今更考えたところで遅いんだけど。


 こんなことを考えていても、私の心は痛まない。別に痛覚がマヒしている訳じゃないよ。嫌なことを言われれば傷つくし、自分から悪態を吐くのもはばかられる。私はそれなりのザコメンタル。


 ダメだダメだ。盗賊団に襲われるなんて非日常を経験したせいで、いや、そもそも異世界で生活していること自体が非日常なんだけど、まぁとりあえずここは盗賊団のせいということにして。頭や心が混乱しているのかな。それとも全身にまとわり付いているこの砂のせい? 人の精神を弱体化させる成分でも入っているの?


 はぁ――――ぁぅ。うおっ。自分でもびっくりするくらいの大きな欠伸が出た。顎が千切れるんじゃないか、ってくらい口を大きく開ける。なんかさ、欠伸をしたらゴジラの鳴き声みたいな余韻が残る時ない? 分かるかな。これって私だけ?


 …………私はさっきから何を考えているんだろう。話が飛び飛びだね。ごめんね、オタクってそういう話し方するのよ。




 シャワーを浴び終えて、脱衣所で身体を乾かし、部屋に戻る。するとそこには誰もいなかった。


「ハァ!? 何コレ何コレ!? 私1人だけ置いて行かれた? まさかここのホテルの料金は私が払えと? お金なんてないよ! みんなどこ行ったのさ、乙女を弄ぶだけ弄んで、飽きたらトンズラか!? そんな嘘だよねやめてよこんなオチ!」


 ホント、ガチで焦った。こんな異世界に1人で放り出されたら、私は生きていけないよ。明日には野たれ死んでいるよ。そんなことになったら、一生みんなのこと恨むからね! 死んでたら一生とか関係なさそうだけど。


「あばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「……たまき、何をしている」


 ベッドの上で奇声を上げながらのた打ち回っていたところ、気付くとすぐそばにジバリさんがたっていた。ジバリさんだけじゃない。ルーィさんにカーヌちゃん、ベクティナくんも一緒だ。


「あの――どの辺から見ていたでしょうか」


「お前が打ち上げられた魚のように飛び跳ね始めた辺りだ」


 良かった、途中からで。どこからなら大丈夫とかないけど。


 それより!


「みんなどこに行ってたの? 私捨てられたのかと思ってマジ焦ったよ!」


「ああ、すまない。部屋の中でもずっと砂まみれなままではホテルに申し訳ないからな。近場にある公衆浴場に行っていた」


 え、なにそれずるい。

 ってことはみんなは、私がぼっちでちょっとやみながらシャワーを浴びていた間、男同士裸の付き合いをしていたって訳!?


 見たかったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!


 どうして私も誘ってくれなかったのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!


「うおっ……。悪かった、置いていって。ここのシャワーを使うのが1番早く済ませられると思ったからな。わざわざ浴場まで向かわせるのも悪いかと」


 余計な気遣いだよ!! 壁に張り付いて男湯の様子を窺いたかったよ!! 

 やっべ、今のも声に出ちゃってたかな。こんなこと聞かれたら、ドン引きされちゃうよぉ。本当にパーティーから追放されちゃう。


「いや、追い出しはしない。……引くには引いたが」


 うおおおおおおお。さっきから心の声がダダ漏れだぁぁぁぁぁぁ。


 どうにかしないとなー、この癖。口に出してるつもりはないのに、心の中で叫んでいることがいつの間にか周りにも知れ渡ってる。冷静に考えれば、かなり危ないね、コレ。


 はぁはぁと1人で息を切らしていると、いきなりルーィさんが私の肩を抱いて来た。うおお。突然のボディランゲージはやめておくれ。喪女には縁がなさすぎて、どうすれば良いのか分からないのじゃ。


「そう寂しがるな。この後たっぷり、俺が愛してやる」


 ファッ!? ついに奪われてしまうのですか、私の純潔が!

 悪いな世の腐れ喪女たちよ! 私はイケメン相手に処女を捨てるぞ!!


 妄想だけで軽く絶頂していたのも束の間、私はジバリさんの手によって、ルーィさんから引き剥がされた。


「いちいち彼女を弄ぶな。お前が女性に対して責任を取ったためしがあったか?」


「いいや。そもそも俺は、自分から近づくことはあっても突き放したことはない。俺の恋はいつも、俺がフラれることで終わるのさ」


「随分と都合の良い解釈をするもんだな」


「解釈ではない。端的な事実だ」


 でもやっぱり、私は自分が幸せになるよりも、推しが幸せになってくれることの方が嬉しいのだ。そう今の私の推しと言えば、ルーィさんとジバリさんである。私に対して愛の言葉を囁いてくれる時よりも、2人が睨み合っているところを見る時の方が、ずっと背筋がゾクゾクする。うわっ。なかなかキモい感想。


 でもどうして、この2人、こんなに険悪な仲なのにチームを組んでいるんだろう?




        * * *




「2人が組んだきっかけ?」


 日を改めて、私はカーヌちゃんに訊ねた。今はルーィさんもジバリさんも外出中だ。部屋には私とカーヌちゃん、ベクティナくんしかいない。十分いるじゃん。


「どうなのかしらね。あたしたちが2人と出会った時は、もうチームで狩りをしていたから」


「へぇ。2人ずつのチームが合併したんだね」


「そうなのよ。ベクティナのお父様は、あたしの専門学校の先生でね。その縁があって仲良くなったのよ」


 おお。何か意外な経緯だ。


「この世界にも専門学校なんてあるんだね。何の勉強をしてたの?」


「そうね――怪獣を操る技能、かな」


 えっ、ナニソレ。そんな技術が存在するの? 怪獣を操るって……?


「野生の怪獣を捕獲して、手懐けて、自分の意のままに使役するのよ」


 ポケ〇ンじゃん。寸分違うことなくポケモ〇じゃん。


「でももちろん危険を伴うことでね――――」


 2人の表情に陰りが見える。何となく察しが付く、あまり良くない話だ。


「ボクの両親は、観察中だった個体が暴走するという事故で、命を落としました」


「それであたしがこの子を引き取った、って訳」


 そうだったんだ。狩人の免許も持っていないベクティナくんがどうしてみんなといるのかと、そう思ったことがちょっとだけあった。そんな事情があったんだね。


「ボクの持っている怪獣の資料は、大半が両親から受け継いだものなんです」


 なるほどなるほど。それで色々な怪獣についての記録を持っていたんだ。まだ13歳なのに、あんなに纏められるのかな? とは思っていたけれど、そういう事情があったんだ。


 私、こっちの世界に来て、みんなとそれなりの時間を過ごしているけれど、まだ知らないことがいっぱいあるんだね。ルーィさんとジバリさんについてだってそうだ。推してるなんて言っておきながら、2人のことは全然知らない。オタク失格だ。


 やっぱりオタクとしては、推しのことは熟知しておかねば!


 うんそうだよ。こうやってすぐに話題が飛躍するんだよ。


「カーヌちゃん。ルーィさんとジバリさんをくっつけるためには、どうすれば良い?」


「あなた、話が唐突にも程があるわよ。何がどうしたらその発想に至るの」


「私はこっちの世界に来てから、ずっと考えていたんだよ。あの2人は私のどストライクだと。妄想が捗る。魂が萌える。私の性癖パトスが迸る――と」


「あぁー……。なるほど、そういう趣味なのね……理解したわ」


 まさかの。こちらにも腐女子という概念は存在したのか――――ッ!


「うんうん、わかるわ。素敵な男の子たちの仲を観察するのは、ドキドキするわよね」


「そうなんだよ! 良かったぁ、分かってくれて。自分が恋をする以上に、心が燃え上がるんだよね。恋したことないからその辺想像でしかないけど。こう、お腹の辺りがぐるるーってなるんだよ」


 分かるかなぁ、この感覚。私は男同士のカップリングにそういう感情を持つけど、それには興味なくても似たようなものを覚えたことのある人はいるんじゃないかなぁ。


 そんな風にして、私とカーヌちゃんは盛り上がっていたけれど、1人だけ同意できない子が。


「ボクにはよく分からない世界ですね……」


「あっ、何かゴメン……」


 首を捻るベクティナくん。そうだよね、初恋すらまだっぽい(偏見)のに、やおいについて語られても困るよね。


「他人の恋愛を面白がるなんて、どうなんでしょうか。当人たちは真剣なのに、外野が色々語るなんて失礼だと思うんです。それに――」


「それに?」


「そもそも本人たちにそんな感情がないのに、そんな妄想をするなんて、どうなんでしょうか」


 …………ぐはっ。


 やめてくれ。その発言は私に効く。


 まったくその通りだよ。腐っている人間は基本的に、自分の妄想が現実よりも生々しいものだと認識しているんだよ! 現実がどうだとかは関係ない。妄想が絶対的正義なんだよ!!


「大体、ルーィさんとジバリさんが仲良くなることはないと思いますよ。妄想したところで、何の意味もないと思います」


 …………ほほう。

 言ったな? 小童よ。


 『やおい』の『い』は『意味なし』の『い』だぞ。つまり、そんなことは最初から承知なのだ!!


「ベクティナくんも、すぐに分かるよ」


 さて、それでは。


 すぐに分からせてあげようか。


 この時の私は、どんな顔をしていたのだろうか。とりあえず、カーヌちゃんとベクティナくんがかなり怯えた表情をしていたことは、今後も忘れることないだろう。

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