8話 女盗賊は美少年にベタ惚れするか?

「バカ野郎ォォォォォ!! 撃ち落とす奴があるかぁぁぁぁぁ!!!」


 ハリリタさんが絶叫している。何なら、被害者である私たちよりも悲痛な声だ。


 幸いにも、私たちの車は安全(?)に着陸することができた。これも全て、カーヌちゃんのおかげだ。彼が咄嗟に体勢を立て直さなければ、この車は真正面から地面に衝突していたことだろう。


 それに、地面が砂漠地帯だったことも幸いした。砂がクッションになってくれたおかげで、ダメージが最小限で済んだ。

 まぁ、ダメージなんて一切ないことが1番に決まっているけれど。


 でももう車は使えそうにない。右後ろのジェット噴射口が破損してしまっている。また噴射口が壊れたということは、タイヤに戻すこともできなくなってしまったということだ。


こうなっては、ロードサービスに頼むしかない。こんな所まで来てくれるかは分からないけど。そもそもこの世界に、ロードサービスがあるのか知らないけど。


 我々一向は壊れた車両から抜け出て、空を悠々と走行している盗賊団を眺めていた。


「ジバリ! お前の銃であの連中を撃ち落とせ!!」


「駄目に決まっているだろう。そんなことをしては自分たちも奴ら同様の、ならず者になってしまうぞ」


「気にしている場合か! こっちはこれだけの痛手を被ったんだぞ、それなりの目に遭わせなければ気が済まないぞ!」


 ルーィさんはすっかりやる気だ。ハリー団と一戦交えるつもりらしい。

 頭に血が上った彼のブレーキになるのが、ジバリさん。


 でも私は、ルーィさんの言うことも否定できない。だって私たちはあいつらにひどい目に遭わされたんだから。あいつらだけただ飛んでいるだけなんて、ずるい!


 あれ? そう言えば……。

 私とルーィさんが初めて出会ったあの時。彼が私を盗賊団から助けてくれたあの時。

 ――――――彼、空中を歩いていなかった?


「ルーィさん! 前の時みたいにできませんか!? えっと、その、歩空術!」


「突然何を言い出す。この俺がそんな大道芸のようなまねをするはずないだろう」


 えっ。


「大体、人間が空中を歩ける訳ないだろう。そんな奇妙な生き物は、即刻狩りのターゲットになる」


 えっ。


 じゃあ何ですか。あれはイケメンに抱かれて有頂天になっていた哀れな腐女子が生み出した妄想だとでも言うの?

 いや、でも確かに私の記憶にははっきりとあの時のことが残っている。


「まぁ、家の屋根を飛び移ったり、壁を駆けあがったりするくらいならば、可能だな。俺にかかれば朝飯前だ」


 あぁ――。そういうことですかね。あの時ルーィさんが空中を歩いているように思えたのは、興奮した私の脳が周囲の光景をゆっくりと捉えていたとか、そういう話なんですかね。


 なんだ。歩空術が実在する訳じゃないんだ。


 ってダメじゃん! 盗賊団の所まで行けないじゃん!

 えー、どうするの。撃つのはダメ。私たちの車は飛ばない。


 このままじゃ私たち、あいつらの格好の餌食だよ! 隠れる場所もない。砂に潜る? その程度じゃやり過ごせないに決まってる。


 どうしよう…………。


 だけど、これら全部、杞憂だった。

 だって盗賊団の車、馬鹿正直に下りて来たんだもん。


 まだ車が着陸する前に、ハリリタさんが席から飛び降りる。


「バカ野郎共が! 坊や――と『青い瞳』に万一のことがあったらどうするんだ!」


 おお。派手に怒ってるなぁ。

 そりゃそうか。目的の存在を、自分たちの手で潰しかねない行為をしてしまったんだから。


 でもこの時、私は彼女の発言に何だか違和感を覚えた。

 なんだろう。目的のものの状態を按ずるだけ。特に変わったところのない言葉なのに。

 なぜだか私の心に引っかかる。



『あー、この作品ね。今季めっちゃ流行ってるよね。わたしは別になー。そこまでハマってはいないって言うか……』



 ――えっ? 今の、直子なおこちゃんの声だよね。どうして?

 いや、空耳なのは確実なんだけど、何か分かんないけど頭の中で聞こえた。


 これ何の時の会話だっけ。確か……あぁそうだ。直子ちゃんが大衆受けした人気アニメをディスってたけど、実はアニメ化前からのディープなファンだった、てオチの話だ。


 どうしてこの言葉を思い出したんだろ?


「さぁて、ハンター諸君。この状況、どちらが有利かくらいは分かるよね?」


 拳銃を構えて脅してくるハリリタさん。正直、あんまり怖くない。この人ホントに盗賊なんだよね? なんか人の好さが滲み出てるんだけど。これもきっと、本気で撃つ気はない。


 あくまで私の勘なんだけどさ。彼女、盗賊稼業の他に目的があるんじゃないかな。


 でもこれに気付いているのは、この中では私だけっぽい。みんなめちゃくちゃ警戒してる。

 どうして私だけ察することができるんだろう。


「そちらがその気なら、こちらも抜くぞ」


 刀を握るルーィさん。この人、やる気だ。どうしよう、このままじゃ人間同士で戦うことになるよ!


「大人しく坊やを、と、『青い瞳』を渡す気はないみたいだね!」


 ――――あっ。


「俺たちの仲間と秘宝を、お前らのような薄汚れた連中に渡す訳ないだろう」


 分かっちゃったかもしれない。


 思い返せばあの女頭さん、青い瞳よりも先にベクティナくんについて言ってない? まるで優先度が高いみたいに。


 もしかして、『青い瞳』はカモフラージュで、本命はベクティナくん?


 なるほど。それならさっき、直子ちゃんの言葉を思い出したのも納得できる。彼女も直子ちゃんと同じだ。1番好きなものを素直に言えないタイプなんだ!


 そして私とも近いものを持っている。


 ハリリタさん……。さてはショタコンだな!?


 えっどうしよう。ルーィさんとジバリさんは分かってないよね、多分。カーヌちゃんは辛うじて理解があるかな? ベクティナくん本人は、そんなこと微塵も思っていないだろう。私だけが気付いちゃったよ。


 このこと、盗賊団の部下のおじさんたちは分かってるのかな? ちゅーかあの人たちもあの人たちでロリコンだよね。私と同じくらいの女の子に付き従ってるんだもん。イエスロリータノータッチだよ。そこは守っているようで、流石です。


「早くしてくれないかな」


 ハリリタさんの指が、引き金にかかる。でも殺気は感じられない。極力血は流さない主義なのかな。


 でもそんなハッタリでも、少しでも危険があれば動くのが、こちらの狩人たちだった。


 バチン!!


「痛っっったぁい!!!」


 いつの間にか彼女の眼前にまで移動していたルーィさんが、刀の鞘で拳銃を持った手を払った。


「撃たないくせに、いっちょ前に武器を持つんじゃねぇよ」


「ひぃっ!?」


 驚いて腰を抜かすハリリタさん。ルーィさんは柄を引き、刀身を僅かに覗かせる。怖っ。


 頭領が危ないと分かって、盗賊団の人たちが動いた。それぞれ銃とか、棍棒とかを構えて、いつ抜刀されても良いようにしている。それでいてカシラを守る位置にいるんだから、曲がりなりにもプロなんだなぁ、と思う。


 ……盗賊のプロって何だ。


「ルーィ。抜刀だけはするなよ。こちらが言い訳できなくなる」


 そう言うジバリさんも、猟銃を手にしている。彼も仲間に何かあれば、すぐに行動する気だ。2人の方が、盗賊団よりもよっぽど殺意に溢れている。


 どうしようこれ……。話した方が良いのかな。でもそんなことしたら、余計に話がややこしくなるかな。マジで、私の手には負えないよ。


 カーヌちゃんに相談するのはアリかな? 多分、事情を察してくれるだろう。


 当事者であるベクティナくんをどうすれば良いのか、1番分からない。まさか自分が盗賊の本命だなんて、夢にも思っていないだろうしなぁ。


 そうやって、私がモタモタしている間に、


「よぉし。死にたい奴からかかって来い。俺様が可愛がってやろう」


「安心しろ。命を奪おうという気はない。まぁ、装備が駄目になることは覚悟してもらわなくてはならないがな」


「スカしやがって! ぶっ殺してやる!!」


 始まってしまった。2対15? くらい。


 危ないからと、カーヌちゃんが私とベクティナくんを脇に抱えて、戦場から距離を取る。


「あ! 待て坊や!」


 ハリリタさんがそれに気づいて、追って来ようとするが、部下に抑えられている。


 さて。決着はあっさりついてしまった。

 もちろん、ルーィさんとジバリさんの圧勝だ。2人とも傷1つ負っていない。まぁ、そりゃそうだよね。普段はもっと危険な怪獣を相手にしているんだから。人間相手なら負けはしないよ。


 ボコボコにされたハリー団。みんなこれ以上戦っても通用しないと判断したのか、車に乗り込んで浮上していく。


「覚えてなよ! 今度こそ、そこの坊やと『青い瞳』は我々がいただくからね!」


 分っかりやすい悪役の捨て台詞だ。謎の安心感がある。


 盗賊団の車が見えなくなって、ようやく私たちは落ち着いた。


「あの連中、いつまでこんなこと続ける気だ……?」


 だるそうに刀で肩を叩くルーィさん。あ、今のは別にダジャレじゃないよ。刀と肩って……言わせんな。


「無論、目的を果たすまで何度も来るだろうな」


「はぁー。メンドクセェな。とっとと諦めりゃ済む話なのに」


 何回も失敗してるんだな、彼女たち。可哀そうに。


「そんなことより、あなたたち! もっと深刻な事態があるわよ!」


 その声の方に、全員が一斉に振り返る。


 ――あ。


 そこには、壊れた車をべしべしと叩くカーヌちゃんが。


 そうだよ。どうやって帰ればいいんだよ! 街までまだ大分あるんじゃない!?



 この後私たちは、レッカー車と救助隊が到着するまで、砂漠のど真ん中でひたすらトランプ(みたいなカードゲーム)に興じるのだった。

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