6話 石光る。討ちに行かなければならない。

 今生活をしているホテルに戻ってくると、ベクティナくんが狩り支度を全て整えてくれていた。


「みなさん、急いでこれを積み込んでください。対象は徐々に北上しているようで――つまり、いずれこの街に到達します」


「そうなる前に仕留めないとな」


 ジバリさんは武器の入ったバッグなどを担いでいく。

 ルーィさん、カーヌちゃんもそれに続いた。


「まだ怪獣の正体は特定できていないかしら?」


「はい……。すみません。ただこの移動速度からすれば、それほど大きな個体ではないですね。全長5~10グテンギくらいでしょう」


 カーヌちゃんがベクティナくんに、怪獣の情報を確認する。けれどまだよく分かっていないみたい。


 荷物の積み込みが終わった。運転席にカーヌちゃん。後部座席には右から私、ベクティナくん、ルーィさん。そしてその後ろのトランクにジバリさん。全員が乗車したことを確認すると、車はホテルの駐車場を出た。


 まず向かったのは、街の南門。そこには私の世界で言うところの、高速道路のインターチェンジがある。ただしこれは、道路の分岐なんかじゃない。私も初めて見た時は驚いた。


「どうも~。これ、許可証ね」


「はい、確認しました。それでは本日中の空中走行を許可いたします」


 係員のお兄さんが、カーヌちゃんの許可証や車のナンバーを控える。それからタイヤに、カードのようなものをかざす。すると車内に『走空用エンジンを起動します』という音声が流れた。


 すると――。


「おお~!! やっぱり、何度経験しても慣れないなぁ!」


「お前のいた世界には、このような車はなかったんだったな。いいだろう、今の内に存分に楽しむがいい」


 ついつい窓から身を乗り出して、下を覗き込んでしまう。


 だってさ! 車が空中に浮いているんだよ!?

 仕組みはよく分からないけれど、何か普通のタイヤが引っ込んで、代わりにジェットエンジン見たいのが生えて来るの。ガ〇ラの飛び方に似てるかな。光景はブレー〇ラン〇ーっぽい。


 普通に生活するぶんには日本と大して変わらないのに、こういうところを見ると、やっぱりここは異世界なんだなぁ、って思う。

 もう何が普通なんだか分からなくなってきたけど。


 それでこれからは怪獣退治に行く。正直ワクワクしちゃう。


 車はどんどん上昇していく。窓を開けてもっと下を覗きたくなる。


たまきちゃんダメよ。走空中は窓開け厳禁!」


「は~い。気を付けるよ」


 運転席のカーヌちゃんに注意されちゃった。そりゃまぁ、危ないよね。飛行機だって、窓を開けて飛んでいたら乗客何人も吹っ飛ばされそうだし。ルールはきちんと守らなきゃ。シートベルトもきちんと締める。


 ふと耳を澄ますと、トランクから何やらガチャガチャ音が聞こえた。後ろを向くと、ジバリさんが武器のチェックをしている。普段からやっているみたいだけど、ハンティング本番直前にもきちんと確かめているみたい。さっき異世界イ〇ンで何か買い足していたし、色々見るところがあるんだろうね。私は、武器はさっぱりだけど。


 車はだんだんと砂漠に突入していく。ビエルェンは発達した都市だけれど、この世界はそこから出てしまえば大半が未開の地に覆われている。この辺りも人間が生活するようには思えない環境だ。


「カーヌさん、急いでください。対象の移動速度がやや上がりました」


 ベクティナくんが指示を出す。彼の手に大切そうに握られているのは、『青い瞳』って呼ばれている石だ。私が私の世界で拾ってしまった、アレ。つまり私がビエルェンに来るきっかけになったものだ。


 よく分からないけれどこの石は、怪獣の出現を察知することができるらしい。どこに出たかとか、どう移動しているかとか。対象に近づけば近づくほど、それは鮮明に見えるようになる。どんな姿をしているか、今何をしているか、なんてこともはっきりと。


 それにベクティナくんは、怪獣の研究をしていて色々な資料を持っているから、そこまで絞り込めば討伐の対策も立てられるんだって。ショタってすごいね。


 ちなみに私は、『青い瞳』が魔法的なものなのか科学的なものなのかは、知らない。ファンタジーチックでもあるし、SFチックでもある。ホント、不思議なアイテム。


 もちろんそんな大切なものを、私が軽々しく触れる訳がないから、調べようがないけどね。……向こうでは金目の物と思って拾っちゃったけど。それは忘れてくれ。無知故の過ちだ。


『青い瞳』を観察していたベクティナくんの表情が変わった。

 何やら、石が怪獣の姿を映し出したらしい。


「様子が大分鮮明に見えてきた。そろそろぶつかるよ」


 それを聞いたカーヌちゃんが、車を下降させる。あいにくこの車は怪獣に対抗する武器を搭載していないから、戦う時は降りなくちゃいけない。


「あそこ!」


 窓の外に、異様に土煙が待っているのを見つけ、私はみんなに知らせる。風は大して強くないのに、地面から砂や小石が巻き上げられている。自然発生しているものには見えない。何かいる。


「うん。どうやら対象はあの辺に潜っているみたい。まずはそこから誘い出そう」


 ベクティナくんの指示を受け、車は怪獣のいる地点よりも高い丘に停められた。

 辺りは変わった地形をしている。何だっけあの遺跡――、確か、カッパドキア? あそこに似ている。アリ塚みたいな形をした岩が、いくつも突き出している。天然の針山みたい。


 まず武器を持ち出したのは、ジバリさん。トランクから出るや否や、積み込まれていたものを使用した。

 これは……何だろう? ボーガン? ライフル? 何となく飛び道具だってことは分かるけれど、それ以上は私の知識では無理だ。


 続けて降車したルーィさんも、自分の武器を取り出す。彼の得物は主に近接用の刃物。剣とかナイフとか、そういう類の武器だ。


 狩猟はこの2人を主軸にして行う。ベクティナくんが資料や石を通して分析を行い、その結果や周辺の地理をカーヌちゃんが2人に知らせる。そして受け取ったデータを元にルーィさんとジバリさんが怪獣を追い詰める。完璧な布陣である。もちろん、ここに後から加わった私には何の役割もない。戦える訳でもないし、知識もない。文字通りお荷物だ。


 まぁ、下手に出しゃばって足を引っ張るよりは、傍観している方がまだマシだろうけど。


「ジバリ。お前が地中から誘い出せ。姿を現したところを、俺が切る」


「心得た。小型だからと言って油断するなよ。やられる時は一瞬だ」


「忘れたのか? 俺が死ぬのは愛する女の腕の中でだけだ。あんな化け物に殺される訳がない」


「本当にそうだといいな……」


 ジバリさんがカメラの三脚みたいなものを設置する。て言うかまんま三脚だ。他の何物でもない。

 その上にボーガンともライフルともつかない武器を乗せる。そして弾を(弾ってことは、やっぱりライフル?)装填し、土煙の出所に狙いを定め――――。


 バシュッ!!


 トリガーを引いた。


 着弾が確認される。地面が爆ぜ、土煙が治まった。


「…………来るぞ」


 その言葉を聞いた瞬間、ルーィさんが駆けだした。すごいスピード。100メートル9秒台狙えるんじゃないかな。しかも自分の身長の半分以上ある刀を抱えて走っているんだから、もっと伸びるかもしれない。


「うっ……うおお?」


 ズルズルと地面が揺れ始めた。私は車内の手すりにがっしり掴まる。


 見ると、地中から怪獣が姿を現していた!

 馬の身体に山羊の頭。背中からはコウモリみたいな羽が生えている。双眼鏡を使ってもっとよく観察してみると、口には鋭い犬歯が生えているのが分かる。肉食なんだか草食なんだか、どっちつかずの姿だ。大きさは4、5メートルかな。ゾウと同じくらいかも。


 隣ではベクティナくんが、あの怪獣についてタブレットを使って検索している。


「分かりました。奴は『ジャジャビラー』と呼ばれている怪獣です。別名『吸血怪獣』。普段は地中に潜んでいますが、獲物を見つけると飛び出してきて、肉を裂いて血を啜ります。背中に生えている翼は飛行のためではなく、獲物に傷をつけるために使うそうです」


「聞こえた? 2人とも」


 カーヌちゃんがインカムみたいな機器で2人に呼びかける。


『了解。じゃあまずは、あの翼を切り落とせばいいんだな?』


「そうだけど、動きもかなり速いみたいだから、気を付けて!」


『ルーィ。そのまま行け! 脚は自分が撃つ』


 窓の外を見ると、ジバリさんが次の弾をセットしていた。ルーィさんは蹄や翼の攻撃を避けながら、懐に入り込んで刀を振るっている。あ、あの怪獣、胴体の下が結構がら空きだ。


「ルーィちゃん。そいつは特性上、砂の中を移動するのは得意だけど、堅い岩盤には弱い。もっと岩山に登って戦うといいわ!」


『サンキュ、カーヌ! こっちだウマ野郎!』


 順調にジャジャビラーを追いこんでいく。すごい。鮮やかな手口だなぁ。


 シュバッ!


 さっきとは別の弾が発射された。さっき使ったのは着弾すると爆発するものだったけれど、今度は鋭い、裂傷を与えるものみたい。……やっぱりボーガン? 色んな種類の弾が使えるのかな、あの武器。


 1発目は外れたけれど、2発目はジャジャビラーの後ろ脚に当たった。小さな弾なのに、食らった瞬間多量の血が噴き出している。ちょっとグロいなぁ……。


 効果は絶大だったみたい。怪獣の動きが一気に鈍った。後ろ脚を引きずり、得意なはずの砂場に足を取られている。


 だけど怪獣も馬鹿じゃないみたい。自分が素早い動きが取れなくなったと分かったら、翼の動きを大きくした。すっごい。アレ伸びるんだ。攻撃範囲が思ったよりも広い。


『あっぶね! おいジバリ! 却って危なくなったじゃねーか!』


『すまん。こちらでも翼の先の爪を狙う』


『いや。それよりも岩にぶつけて自滅させる方が早い!』


 攻撃を見切りながら、ルーィさんは岩山を飛び移って行く。岩同士の間隔が、だんだんと小さくなっていった。


「ギギーッッ!!」


 おお、あの怪獣、そうやって鳴くんだ。


 ルーィさんの誘いに乗ったジャジャビラーは、とうとう自分で翼を岩に打ち付けた。うわっ、痛そう……。だがこの作戦は、予定外の結果ももたらした。翼に叩かれた岩が崩れたのだ。怪獣は自分で粉砕した岩に埋もれていく。そこから抜け出そうとして、さらに別の岩を砕く。抜け出そうとすればするほど、自分の身体を傷つけて、埋まっていく。


『よっしゃ。そのまま動くなよ!』


 ルーィさんが刀を正面に構える。そして怪獣の動きが鈍ってきたところを見計らい、岩山から跳んだ。


『どりゃああああああ!!!』


 怪獣の頭の真上から、刀を振り下ろす。唐竹割りのように真っ二つ! とはいかないものの、脳天から眉間にかけてを切り裂いた。それが致命傷になったようで、ジャジャビラーは動かなくなる。


「討伐完了、かしらね」


 カーヌちゃんがふぅ、と息を吐いた。どうやらこれで終わったらしい。

 ジバリさんも、ライフルボーガン(仮名)を片づけて、トランクにしまっている。


「さてと。討伐の証拠写真を撮って、死体処理業者に連絡を入れましょうか」


 彼らはあくまでハンター。駆除した怪獣の死体を片づける人は、別にいるらしい。ウルト〇怪獣みたいに、爆散してくれたら処分に困らないのに。肉片がその辺に転がっているのも、それはそれで嫌だけど。


「ジャジャビラーは下からの攻撃に弱い……。また、地中を住処にしているものの、狭い場所で暴れるのは不得意……と」


 今回の戦闘で得られたデータを、資料に記入していくベクティナくん。可愛い顔をしたショタっ子だけど、その表情は学者みたいだ。絶対私より頭良い。


 連絡してから30分くらいで、死体処理業者が来た。彼らに仕事を引き継ぐと、私たちは車を再び浮上させ、街に戻る。



 これが彼ら、ハンターの仕事。

 簡単そうにこなしているけれど、非常に危険な仕事である。


 私はそんな彼らに付いて行って、ゾンムバルという怪獣を見つけなくちゃいけないんだ。私の世界に、帰るために。

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