5話 街を歩く
「
「いいよ! カーヌちゃん!」
私がビエルェンにやって来て、早1週間が経った(私基準。つまりは7日ね)。
ぶっちゃけこちらの生活にも慣れて、ここで暮らしていくことになっても問題なさそうだ。最悪の場合、そうしよう。
けれどやっぱり元の生活が気になるし、帰りたいという気持ちは変わっていない。
慣れた、と言ったものの、ビエルェンの生活は日本の暮らしとほとんど差はなかった。言語もなぜか日本語だし(これについては全く理由が分からない。みんな不思議がっていた)、買い物の仕方もほぼ同じ。小銭の柄やお札の肖像画が違っているくらい。あ、あと単位は『円』じゃなくて『デペル』だけど。それぐらいしかないかな。
車も同じようなものばかり。あ、でもこっちは電車じゃなくってリニアモーターカーが通ってた。日本より進んでる。
みんなは常に同じ場所に滞在していなくって、私が来てからは2回、拠点を移動していた。今この国はハンターの支援に力を入れていて、あちこちで厚遇を受けることができた。私はハンターじゃないけれど、パーティーの一員ということで、同じ待遇をしてもらえた。
今私達は、ビエルェンの東――つまりより内陸にいる。
「昨日の報酬がたんまりと入ったし、今日は何でも買ってあげるわよ」
「お、いいんすかパイセン! ゴチになります!」
私が1番打ち解けたのは、このカーヌちゃんである。まぁ、男だらけのメンバーで緊張していたけれど、彼はオネエさんなので、距離を縮めやすかった。
2人きりでドライブしていても、こんなテンションだ。
「何か音楽でもかけましょうか?」
車に搭載されたオーディオをいじるカーヌちゃん。
さっき車は日本と同じようなものと言ったが、そうではないものもある。この車がそうだ。1列目は真ん中に運転席が1席、つまり助手席がない。2列目は3人がけのシート。その後ろはトランクになっている。
全員で移動する際は、これまでは全員シートに座っていたけれど、私が入ってからはジバリさんがトランクに移ってくれた。座布団は敷いていたけれど、あんな場所に乗らせてしまうのは申し訳ない。遠慮なく私を荷物扱いしてくれていいのに。
ちなみに今は、カーヌちゃんが運転席、私はその真後ろに座っている。
オーディオから、軽快な音楽が流れてくる。もちろん歌詞も日本語と同じだから、理解できた。なんだか変な感じ。全く別の世界の歌なのに、知らなかっただけでこれまでも身近などこかで流れていたような気がする。
ちゅーか、歌う内容ってどこも似たようなものなんだね。情熱的な恋の歌。別に恋愛ごとじゃないと歌っちゃいけないなんて決まりないよね? でも昔はそうだったんだっけ? 歌は恋愛のために使われていたって。
まぁ分からなくもない。私も、ピンとくる歌詞があったら、推しを思い浮かべながら口ずさんじゃうもの。
そうこうしている内に、目的地が見えてきた。そこは簡単に言えば、ショッピングモール。異世界イオ〇である。
駐車場に車を止め、店内に入る。すると――――。
「お、どうした環。俺が恋しくてここまで来たか?」
「そこまでする訳ないだろう。大方、カーヌがショッピングに誘ったか?」
ルーィさんとジバリさんがいた。
えっ!? マジで偶然。いやビビるわ。毎日顔を合わせているけれど、こんなところでいきなり遭遇したら、そりゃびっくりするよ。
…………いいっすねぇ。互いに嫌いだと言っておきながら、一緒に買い物する仲。やっぱり、まんざらもないんじゃないの? うん?
「あら偶然ねぇ。2人は、今度の狩りの装備でも整えに来たのかしら?」
「ああ。昨日は少々手こずったからな」
そう。この世界では、武器も普通に手に入る。それは日本と違うところだよね。護身用のスタンガンとかナイフとかはもちろん、怪獣対策のライフルや刀も買えちゃう。もちろん、免許や購入許可証はいるんだけど。
「それじゃ、あたしたちはブティックにでも行きましょうか」
え。2人とはもうお別れ? 残念過ぎる。一緒に買い物できないのかなぁ。
こんなことも考えたけど、どうせ買い物するなら、手分けしてやった方が効率が良いよね。うん、私のわがままで面倒をかけるのは申し訳ないや。
「はい! お2人とも、また後で!」
営業スマイルで手を振る。働いたことなんてないけど。
私に向かって、ルーィさんはセクシーに手を振った。ジバリさんは軽く会釈。どっちも絵になってるなぁ。
と、いう訳で、私とカーヌちゃんはショッピングモール内にあるブティック通りにやって来た。ホント、イオ〇とそっくりだ。
でも私、あんまり服とか買ったことないから、こういうお店をどう見て回れば良いのか
分からないんだよね。いっつもスーパーの衣類コーナーとか、ネットとかだから。小奇麗な店に入るだけで気後れしちゃう。こんな場所に、私みたいなのが入っていいのかな? って考える。
でもカーヌちゃんは楽しそうだ。……私に向けている視線が、着せ替え人形を眺めるそれなのは、気にしない方が良いのかな。
「環ちゃん。好きなの選んで良いわよ。あなたもこっちに来て、足りないものが色々あるでしょ?」
「う、うん……」
カーヌちゃんの言う通りだ。私は着の身着のままこちらの世界へ来てしまったため、代えの服なんて持っていない。こっちに長く滞在することになるのは目に見えているから、自分の生活用品が必要だ。
この7日間はホテル備え付けの衣装やタオル、アメニティグッズを利用して済ませて来たけれど、流石にそれも限界だ。衣服もカーヌちゃんやベクティナくんのを借りていたけれど、いつまでもそうしている訳にもいかない。
そういうことで、今日はここに来ているのだ。
「ほぉら、遠慮なんてしないで! 好きなだけオシャレしちゃいましょ♪」
うん……。そう言ってもらえるのは非情にありがたいけれど、何をどう見て、どう選べば良いのかさっぱり分からない。
こっちの世界でもあれかな、マネキン指して「あんな感じで!」って言えばどうにかなるのかな。でもこの世界の店員さんがどんなセンスしてるか分からないからなぁ。いや、私より断然良いに決まってるか。
ぐるぐると目を回していると、見かねたカーヌちゃんが私の手を引いて店の奥まで連れ込んだ。そこにあるのは、カーテンで仕切られた四角い箱。そう、試着室とかいうアレである。すごい。大きいなぁ。
どうでもいいけど、私しま〇らの試着室苦手なんだよね。あれ顔と足元見えるじゃん。あの作りはどうかと思うよ。誰得セクシー着替えになるもん。
「環ちゃんはそこにいなさい! あたしが見繕ってあげるわ!」
私をボックスの前に立たせ、自信満々で店内を物色するカーヌちゃん。どうしよう。私、ホントに着せ替え人形にされちゃう。ちょっとドキドキワクワク。
でも本当、私なんかが良いんだろうか。私はこの世界では、ううん、この世界でも何にもできないのに、こんな服を買ってもらったりして。なんだか申し訳なく感じちゃう。みんな私に良くしてくれるから、なおさら。
緊張していると、カーヌちゃんが戻って来た。
「ほら環ちゃん! これでも着てみなさい」
彼が持ってきたのはカーキのシャツと、ジーンズ生地のホットパンツ。マジかよ。私なんかが足を出すなんて考えられない。ていうかホットパンツて、ビッチちゃん以外履いちゃダメなんじゃないの? 喪女で腐女子の私が、異世界でビッチデビュー!? どんなエロ漫画だよ。
――――誰得なんだよ。
「いやー……。この格好は、私には早いかなーって」
断ろうとしたら、ムリヤリ試着室に押し込まれた。酷い。友達だと思ってたのに!
「そんなこと言わないの。女は度胸、何でも試してみるのよ」
あなたこそそんなこと言わないで! 勘弁して! 届け、心の声!
……こういう時に限って、口からは何も出ない。普段はダダ漏れのくせに。
仕方ないから着替えてみる。うっわ。露出多っ。ナマ脚率高ぇ。鏡を見た私は、顔を引きつらせる。ホットパンツて、ある程度むちむちしていた方が似合うんじゃない? 不摂生と運動不足が祟って、私の脚は細い。何か、痩せたいと思っている人に聞かれたら殺されそう。いや、これはスレンダーって奴ではないんだって。ただの不健康。
こんな格好で出歩いても、ドン引きされるだけだろうなぁ。カーヌちゃんも、失敗だって分かるよね。
とりあえず私は、試着室のカーテンを開けた。
「どうかな…………」
似合っていないに決まっている。そんなこと、自分が1番良く分かってるんだ。
でも、カーヌちゃんは――
「あら、やっぱり思った通りだわ! とっても可愛くなったじゃない。他にも着てみましょ」
こんな風に言ってくれた。
リップサービス、なのかなぁ。
駄目だ。人に褒められ慣れていないから、どんなに評価されても卑屈な受け取り方をしてしまう。
良いって言ってくれたんだから、素直に受け取っても大丈夫だよね?
……いや、やっぱり私なんかが、こんな格好していたら笑われる。
私だけじゃない。一緒にいるみんなも、嘲笑の対象になっちゃうよ。
「か、カーヌちゃん!」
「ん、どうかした?」
「あのさ、私の服、もっと地味な奴で良いよ。分相応のもので」
そう伝えると、彼は試着室の方へ戻って来た。手には何も持っていない。諦めてくれたかな?
――――パチン!
……え? デコピン? 今デコピンされた!?
「いっ、たぁい! どうしたの、カーヌちゃん!?」
「こぉら。あたしのセンスにケチつけないでちょうだい。あたしは、あなたに似合う物を選んでいるのよ? 今の奴が、あなたに合った衣装なのよ」
「そんなことないよ。私、ガリガリだし、こんな格好していたら調子に乗ってるって思われる」
「調子にくらい乗りなさい。女も男も、ちょっとナルシストなくらいが丁度いいのよ」
ちょっとくらい、ナルシスト。
それってどういうことだろう。私には今一つ理解できない。
「自分の価値は、自分で吊り上げなさいな。安売りしていたら、いつまでも伸びないわよぉ」
うーん。カーヌちゃんとは気が合うけれど、言ってることは時々難しくて分からない。というか、私が理解しようとしていないだけかな。
口元をむずむずさせている私の肩を掴んで、彼は優しく言ってくれる。
「環ちゃん。あなた、元の世界に帰りたいんでしょう? それなのに自分のことをそんなに卑下してどうするの。自分を一番尊いと思わなくちゃ、帰ることなんて敵わないわよ」
そういうものかなぁ。
私ももっと自信を持っていいのかなぁ。
いきなりそんな風になることはできないかもしれないけど、いつか私にもできるのかな。
「できるわよ。あたしが保証するわ♪」
ははは。今のは聞かれちゃったのね。
ちょっとだけ涙が出て来た。ただ服を買うアドバイスをもらっただけなのに。
涙もろくなっちゃた。
「カーヌちゃん」
「なぁに」
「他にも選んでもらって、良いかなぁ?」
「お安い御用よ♪」
服でおしゃれするのも、楽しいかもしれない。
* * *
普段着だけではなく、怪獣討伐に付いて行く際の服も買ってもらった。襲われても大丈夫(とは言い切れないけど)なように、丈夫な生地で作られている。普通の服でうろうろするよりも、ずっと安心だね。
「ありがとうね、今日は色々買ってもらっちゃた」
「いいのよぉ。その分、あたしたちの旅にきっちりオトモしてもらうわよ」
「うん!」
友達とこんな風に買い物したこと、あったかなぁ。
それくらい、なんて言ったら直子ちゃんに悪いね。
ごめんなさい。
私本当に、元の世界に帰れるのかな。直子ちゃんに謝ることはできるのかな。
「ほらどうしたの。また顔が暗くなってるわよ」
「ううん。ちょっと友達のこと思い出しちゃって――」
私は考えていることが、声にも表情にも出やすいらしい。すぐに周りにばれてしまう。
「そう。やっぱり不安よねぇ。早くゾンムバルに遭遇できればいいのだけど」
そのゾンムバルという怪獣に遭遇できるか、こればかりはどうしようもないらしい。運任せだ。そもそも姿をなかなか現さないと言うから、私がどれだけ怪獣退治に同行しても、見つからないかもしれない。ホント、いつになることやら……。
そんなことを考えている内に、駐車場に到着。トランクに荷物を積んでいく。
「そろそろあの子たちも用事を終えているでしょうし、乗せていってあげましょ」
携帯を取り出して、ジバリさんとルーィさんを呼び出そうとするカーヌちゃん。しかし電話を掛ける前に、別の番号から着信が。
ベクティナくんだ。
「もしもし? どうしたの、あたしたち丁度、これから帰るところだけど……」
『カーヌさん! それなら良かった。3人を連れて急いで帰って来てください!』
その焦り声は、スピーカーに耳をやっていなくても聞こえて来た。緊急事態みたいだ。
「もしかして、出た?」
『はい。タイプまでは分かりませんが――街から南に720テンギの地点に反応があります』
「分かったわ。環ちゃんは今一緒にいる。ジバリとルーィを拾って、すぐに帰るわ」
『急いでください』
通話はそこで終了。
私でもなんとなく分かった。怪獣が出現したのだ。
「環ちゃん。帰りものんびりドライブとはいかないみたいだわ」
「大丈夫です。きっちりオトモします!」
「ええ、その意気よ。それじゃ、男どもを拾ってとっとと帰りましょう」
2人が駐車場に駆け付けたのは、それから3分後くらい。私達を乗せた車は、街の中を高速で駆け抜けていく――――。
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