3話 4人の旅狩人

 異世界に迷い込んだ私が真っ先に連れ込まれたのは、ホテルの一室だった。


「へ、へぇ……。こんな所にホテルがあったんだー」


 完璧すぎる棒読み。そりゃ知ってる訳ないよ。私この世界の住人じゃないもん。


 道中、変な人にたくさんすれ違った。

 あの小さなオジサンに始まり、3本脚の馬? に乗ったお姉さん。どこからどう見ても2足歩行の犬(でも人間の言葉を話してた)。あと、見かけは普通の人なんだけど、聞いたこともないような言語で話す人。でもそれは、私が知らないだけで地球のどこかにある言葉かも。


 ――って言うか、何でほとんどの人は日本語で話してるの? 絶対ここ日本じゃないよね? 少なくとも、私が知っている日本はこんな場所じゃない。でも街並みは日本と瓜二つなんだよね……。


 ホント、どこ!!??


「その辺、適当に腰かけてよ」


 金髪の君はそう言って、私を1人部屋に残して出て行ってしまった。

 え、どうしろと。今の内にシャワーを浴びて待っていろと申すか。そして戻ってきたら、組んず解れつ、ナニを致す訳か? まぁ私は大歓迎ですけどね?


 でもそうじゃないことは、何となく分かる。だってこの部屋、4人部屋だもん。1人で泊まっているってことじゃないみたい。荷物も置きっぱなしだし。きっと彼は、他の人を呼びに行ったんだ。


「えっ。じゃあなおさら、私はなぜに拉致られたのですか?」


 もちろん、誰もそんな疑問に答えてくれはしない。むしろはっきりとした答えを出されるのも怖いけれど。


 今私の中では、異世界にやって来たという高揚感。家に帰れるのかという不安。これから自分はどうなるのかという恐怖が入り混じっている。

 どうしよう。身体の震えが止まらない。ちょっとトイレ行きたい。ぶっちゃけ漏らしそう。


 ガチガチと歯を鳴らしていると、部屋の扉が開いた。

 金髪の君に続いて、新顔(私視点)が入室してくる。


「待たせて悪かったな。紹介しよう、俺の僕ちゃんたちだ」


「誰が僕だ。形式上のリーダーだからといって、調子に乗るなよ」


 厳しい口調で注意するのは、色黒でツリ目、赤い短髪の野性的な男性。こちらも金髪様とはタイプの違う美男子だ。彼は1度舌打ちをした後、私の方を向いた。


「この馬鹿者が迷惑をかけた。本当に済まない。自分はジバリという。我々はこの国の各地を転々としながら、怪獣狩りをしている」


 怪獣狩り? 何ですかそりゃ。モン〇ン的な?


 ジバリ様に続いて姿を見せたのは、背が高くてがっしりした体格の男の人。えっと……男、だよね? 口紅とかアイシャドウが濃いけど。私もそんなに化粧したことないよ。


「はじめまして。あたしはカーヌ。よろしくねぇ」


 なるほど、オネエさんだ。この独特の抑揚の付いた喋り方。間違いない。


 最後は小さな男の子だった。まだ小学生? いや、中学生くらいかな。こっちの世界にもそんな制度があればだけど。


「えっと、ベクティナです。ボクは怪獣の研究を担当してるんです」


 ――――――――――――――。


 ア゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!! 何この子、めっちゃ可愛い。私がショタコンだったら、クリティカルヒットしてるよ。いや、違うな。ショタコンじゃないけど、ぶっ刺さってる。


 え、ちょっと待って。ホントに待って! 何なのさ、この状況は!? 美男子×2(爽やか系と硬派系)に、ガチムチオネエに、激かわショタ。何じゃこの逆ハーレムは!? 異世界に迷い込んだことがちっぽけに思えるくらい、私の中じゃ異常事態だよ!


「ちょっと大丈夫? 顔色悪いわよ?」


 心配してくれたカーヌさんが、私の顔を至近距離で覗き込む。

 うっわぁ……。髪めっちゃ綺麗……。長くて真っ直ぐの、艶のある黒髪。何かに似てるな。えっと……、何だっけあれ、黒曜石? 歴史の授業で見せてもらった石。あんな感じ。


 ちゅーか近い! 緊張するからやめて! お父さんですら、ここまで近くで顔を見たことはない!


「あら、ごめんなさい。怖がらせちゃったかしら」


 ファッ!? 聞こえちゃった、心の声?


「ごめんなさい! 私、別に怖いなんてことは……」


「うふふ、良かったわぁ。それじゃあ、あなたのお名前、教えてくれる?」


 そうだった。私はまだ名乗ってない。


「私、浮島うきしまたまきっていいます」


 その瞬間だった。みんなが首を傾げた。私はただ、自分の名前を口にしただけなのに。そんなに不審なことはしてないよ。本名だよ? 偽名には聞こえないよね?


 するとジバリ様が改めて質問を投げ掛けてくる。


「いまどき姓を名乗るとは珍しいな。どこの出身だ?」


 そうだ。考えてみたら、誰も名字などは伝えていない。みんな名前だけを言っていた。

 もしかしてこの世界、自分の名前しかないのかな。

 それに出身て、どうやって伝えたら良いんだろう。日本ってこの世界でも通用するのかな? 一応正直に答えてみよう。


「えっと、日本、です」


「……? ニホンの、どこだ」


「北海道です」


「……ホッカイドウの?」


「札幌です……」


「…………?」


「札幌と言っても、キツネが出るような山の方で――」


 これ、『あんたがたどこさ』みたいになってない? 大丈夫?


 私が言っていることが理解できないのか、ジバリ様は金髪の君(そう言えば彼の名前はまだ聞いていない。おじさんにはルーィって呼ばれてたっけ)の方を見やると、両目を細めて声を低くして言った。


「お前、この子をどこから連れて来た? 少なくともビエルェンではないな」


「ああ。俺と彼女が出会ったのは、現世ではない。俺たちを強く引き合わせようという運命の力が――――」


「真面目に答えろ。どこから連れて来た?」


 ルーィ様? が、ジバリ様の問いかけに、目を泳がせる。

 やめて! 私のために争わないで!

 ……本当にこんなことを考える時が来るとは、考えもしなかった。


 でも実際、私は攫われてきたようなものだしなぁ。弁護はできないや。どうしよう。


「ルーィ。誤魔化しは効かないぞ」


 するとルーィ様は、やれやれといった様子で、私を連れだした時の様子を語り始めた。


「俺が彼女と出会ったのが現世ではないというのは、本当のことだ。ゾンムバルの生み出した異空間に吸い込まれた『青い瞳』を取り戻そうと、次元の狭間に飛び込むと、彼女が

あの盗賊団に襲われていた。そして、助けてそのままここまで来てしまったという訳だ」


「なぜこの子を盗賊団が? 奴らの狙いは『青い瞳』だけだろう」


「だから。その石を彼女が拾ってしまったのさ。奴ら今頃どうなっているだろうな。異空間で彷徨っているか、俺たちを追って帰って来たか」


「お前……。石だけ回収できんかったのか」


「悪いな。俺には見逃すことができないものが、2つある」


「金を運ぶものと、全ての女」


「正解だ。お前も俺のことが分かってきたようだな」


「理解したくないがな」


 睨み合うルーィ様とジバリ様。ああ、怒った顔も麗しい。そんなことを考えては失礼だろうか? 本気で私のことを心配してくれているのに。


 ジバリ様は私のすぐ隣に座ると、恐れ多くも頭を下げてきた。


「巻き込んでしまって、本当にすまない。自分は君が、君のいるべき場所に帰れるように尽力する」


 そして反対側には、ルーィ様が座り、あろうことか私の肩に腕を回してきた!


「いっそ俺とこの世界で生きるというのはどうだ? きっと、その時間がお前の人生で、最も幸福な時間となるだろう」


 そんなルーィ様を、ジバリ様は怒鳴りつける。


「だから馬鹿なことを言うな! この子には帰るべき場所がある! 俺たちは責任を持って、彼女を送り返さなければならないんだ」


 ルーィ様も負けてはいない。


「だがどうだ? あちらに俺はいない。俺なら環を幸せにできる」


「この子の幸せを決めるのはこの子だろう!?」


 いえ。もう十分です。この状況が、私が生きてきた17年間で1番幸せな時です。2人の美男子が、私を想って揉めている! 

 でも問題なのは、私のために、という点ではない!


 この2人――――推せる!!!!


 ヤバい。興奮してきた。

 私のことなんてどうでもいい。むしろあなたたちが対立するところを、もっと見たい! そしてその先に友情を築くところを、メチャクチャ見たい!! この2人は、私の理想のカップリングだ!!!

 まさかナマモノに手を出す日が来るとは思わなかった。しかも異世界で!


 ヤバい。興奮が収まらない。鼻が熱くなって、背筋が続々する。なんかちょっとだけお腹が痛い。何この感覚!? 生まれてこの方、味わったことない!!


 何かだんだん、意識が遠のいて来た。あ、2人が……。違う、カーヌさんとベクティナくんもだ。4人が私を呼ぶ声が聞こえる。

 ああ……幸せ。タイプの違う4人の美男子に囲まれて眠りに落ちる……。イイっすわぁ。


 そんな幸せの絶頂の状態で、私は意識を失った。――無様にも鼻血を垂らして。

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