2話 トンネルのむこうは、不思議の世界でした。

 変な男たちに取り囲まれ、私は死を覚悟していた。

 覚悟と言うより、諦めと言った方がいいかもしれないけれど。とにかく「もう駄目だ」状態になっていた。


 でも――こういうのを、晴天の霹靂、って言うんだっけ? 思いがけない救いの手が現れたのだ。


 私の身体が、突然空中に浮いた。何を言っているか分からないと思うが、私にも分からん。だってそうだとしか言えないのだもの。浮いているんだよ。浮遊。地面タイプの技が当たらなくなるアレ。


「え? ええ!?」


 これは私の声。でも地上では、男たちも同じことを言っている。まぁ、それ以外に何て言えば良いかは見当つかないよね。


 浮いている衝撃で気づくのが遅れたが、何やら私は今、誰かに腰を掴まれている。誰だ。ダイナミック痴漢か?

 ふっと顔を上げると、そこには男の人がいる。美形だ。色白で金髪。そういった特徴は西洋的だけれど、顔立ちは日本人っぽい。

 私の視線に気づいたのか、彼はこちらに視線を寄越す。


「大丈夫だったか?」


 うっわぁ……。めっちゃイケボじゃん……。爽やか系のボイス。こんな声で心配されて、堕ちない女はいないでしょ……。

 何? この状況。いやマジで!!


 彼はしばらくふわりふわりと中空を歩くと、やがてどこかのお宅の屋根上に降り立った。


 何コレ凄いな! あれみたいだよ、ハ〇ルの動〇城の冒頭シーン! マジで完全一致だよ。てことは私この後、超老けるんですか?


「あなたはだぁれ……?」


 あ、これはトト〇か。言ってから気づいた。

 すると金髪の君は私に向かってほほ笑んだ。


「オレはお前を助けに来たのさ」


 だーかーら! 顔の真ん前でそんなことを何の恥ずかし気もなく言われたら堕ちるっての! 何なのよこのシチュは!?


 この時の私には、もう理性のようなものは存在していなかった。暴漢? に襲われそうになっていたところを、甘いマスクの男に助けられる。女の子なら誰でも1度は妄想する展開ではなかろうか。それが現実に起こったんだ。マトモでいられるはずがない。


 鏡もないからみることができないけれど、私の顔は相当気持ち悪いことになっていたはず。ほっぺがやけに疲れている。口角が上がりっぱなしな証拠だ。喉の奥からは「でぇへへ」とか変な笑い声が漏れていたし、ロマンチックの欠片もない状態だ。

 それなのに彼は、私に笑みを見せ続けてくれている。もう濡れ濡れですよ……。


「良かった。怪我はないみたいだね」


 あれ。どうして私を下ろすの? もっと抱いていていいよ! 抱き枕感覚で!

 そんな私の本心は伝わることなく、彼は私の身体を屋根の上に下ろした。ちょっと困るね、ここから降りるなんて、私にできるわけないし。


 ちょっと残念がっていると、彼は突然、私の身体をまさぐり始めた。

 まさかこんな所でおっぱじめる気か!? 初体験が初対面の王子様と、屋根の上で!? どんな星の下に生まれてくればこんな展開になるんだ!?


 だが彼の目的は私ではなかったらしい。――ちょっと残念。

 本命はさっき拾った、あの青い石だ。私を取り囲んだあいつらも、この石を狙っていた。もしかしてこの人も、石狙い? 用が済んだら私は地面にポイされる?


 何だか怖くなってきた。もしかしてこの金髪の君はあくまで外装で、中身は醜悪な怪物とか?


 てか男が誰1人として私に興味を示さないことが、ちょっと腹立つ。流石の私も、誰からも避けられるほどのブスではないよ? 10人に2人くらいは良いと思ってくれるはず、だよね。え? 違う?


 私の胸の奥で、むかむかとした感情が湧いてきた、その時だった。

 突然地上から、よく分からないものが発射された! 銃弾? 弓矢? これまで見たことのない、飛び道具らしきもの。つまり私たち、撃たれてる!? 狙われてるよね、確実に。


 恐る恐る地上を覗くと、そこにはさっき私を取り囲んでいた男たちがいた。

 いやいやいや! 早すぎるでしょ、アンタら! 私たち飛んできたのに。地上を走ってもう追いついたの? ホントに人なの、あれは。


「まったく……。空気の読めない連中だな」


 ホントそうっすよね! 私は心の中で金髪様に同意した。

 するとそれが聞こえたかのように、彼は私の方を振り返り、微笑む。

 あぁ……イイ。――――じゃなくて。


「どうするんですか、あの人たち……」


 うわぁ……。自分でもドン引きするくらい、気持ち悪くて甘ったるい声を出したわ。媚びっ媚びじゃん。もしかして私、普段からこんな声を出してたっけ? いや違う。お母さん相手には普通に話せてた。やっぱり彼が相手だからかな。本能でかわいこぶってやがる。なるほど。私にもまだ、メスの資格があったか。


 そんなデュフフな考えに浸っていると、彼は再び私を抱き上げた。

 あの、いい加減に失神しますよ?


 彼は屋根の上から、地上の男たちにとんでもない宣言をした。


「おい蛮族。俺と彼女の愛の逃避行を邪魔するな。俺たちはこれから2人で、愛を育むんだ。お前らはとっとと帰れ。田舎のお母さんが、美味しい手料理を作って待っているぞ」


 ブフォォ! 


――――――――――。いかん、いかん。鼻血が噴き出した。

 愛を育むだって!? それってつまり、アレしてアレするってことじゃないですかー! やだー! なんてハレンチなことをおっしゃいますの!?

 本格的に不味い。このままじゃ私の理性が持たない。

 そろそろ気絶しておくべきだろうか?


 だが気絶する前に、彼がまた宙を駆けだした。


「俺と一緒に来てくれるか?」


「アッ、ハイ」


 そう返事するしかないじゃん。イイ男にそう囁かれたら、それ以外の答えはないじゃん! ねぇ!



 この時の私は、彼に着いて行くということが、どういうことなのか分かっていなかった――。



        * * *



 突然、彼の手の中にあったあの石が、光を放ち始めた。


「近いな。こっちだ」


 彼はだんだん高度を落として、地上に近づいて行く。

 降り立ったのは、何の変哲もない路地だった。線路の下を通るトンネルだ。薄暗いけれど特に変わった所はない。


 そんな道を、彼はまっすぐ進んで行く。私をお姫様抱っこしたまま。


 ガタンガタンと電車が通過していく。道端に設置してあるミラーが、小刻みに揺れた。


 そして、空気も揺れた。

 違う。そんな感じじゃない。これ、空間が歪んでる? 私と彼を中心に、景色がぐにゃりと変形していった。空気が水になったみたいだ。それを無理矢理掻き分けて進んでいる感じ。ちょっと気持ち悪い感覚かも。


「さぁ。もうすぐだ。この先に俺たちの世界がある」


 優しく耳元で囁いてくれるのは良いが、この時の私は緊張であまり彼の声が聞こえていなかった。私、これからどうなってしまうんだろう? そんな気持ちの方が大きい。


 ようやく池の中を歩く感覚が消えた。

 その先に広がっていたのは、別にこれまでと変わりない景色。日本中どこにでも有り触れた風景だ。


 バラララララ!!


「おう、ルーィじゃねぇか。また新しい女の子連れてるのか?」


「パルルじいさん。それはシー。今この瞬間、俺は彼女のものだ」


「本当にお前さんは調子の良い男だな!」


 バラララララ!!


 ……えっ、何アレ。最初は小さなラジコン飛行機に見えた。大体50センチくらいの。でもそれには誰かが乗っていた。えっと、簡潔に言うと、小さいオジサン。都市伝説でたまに語られるような。

 それにそのオジサン、彼と知り合いみたいに話してた。え、どゆこと!?


 直感した。ここは日本じゃない。

 あれだよ。最近流行の異世界だ!!


「さぁ行こう。俺たちの世界へ」


 そんな甘い誘いに乗って、私はとんでもないことをしてしまった。


 私、異世界に連れ去られちゃった!!??

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