異世界で逆ハーレムを築いたけど、むしろお前らがくっついてくれと思っているのだがどうすればいい?
間堂実理果
1話 たまたま早く起きた朝は
目覚まし時計がけたたましく鳴っている。その音を聞いて、私はようやく朝が訪れていることに気付いた。いちいち止めるのも面倒だから、ベルは切っておいたはずなのに。何かの拍子にスイッチが入ってしまったのだろうか。
ヘッドホンを外して、私はベッドに向かう。そして枕元で暴れている時計をバン! と叩いた。これでうるさい音は治まった。さぁ、朝だ。どうしようか。何の気なしに頭をかくと、やけに髪がボサボサになっている。ああ、昨日は風呂に入るのを忘れていた。
そんなこと、花も恥じらう乙女であれば、耐えられるようなことではないだろう。毎日入浴して、身を清潔に整えて、髪や肌の手入れをする。そんな習慣がついていて当たり前だ。
けれど私は違う。この程度のことで羞恥心なんて覚えない。風呂に入り忘れることより、ゲームのログインボーナスをもらい忘れることの方が、よっぽど後を引く。
せっかく外が明るいのに、部屋の電気を点けっぱなしにするのは勿体ない。
カーテンを開いて、日差しを室内に呼び込む。うん、気持ちが良い。私はそれほど日光が嫌いではない。もちろん、私のようなダメ人間が陽の光の下を歩くのは気が引けるが、自分の領域に光が射すのは大歓迎だ。
再度時計に目をやると、もう7時だ。本来ならば、朝食を食べて、学校に行く準備をしなくてはならない。でも、私はそんなことしない。
うん。まずはシャワーを浴びよう。そして着替えよう。それから――。ゲームは夜通しやっていたし、もういいかな。積みゲーだってこの前全部片づけたし。本を読む気分でもない。もちろん、テレビも。いつもこの時間って何をしていたっけ。そうだ、寝ていたんだ。今日はたまたまオールした。そんな日に限って、目覚まし時計がアピールをした。いや、寝ている時に騒がれるよりも良かったかな?
私は部屋を出て、風呂場に向かう。我が家が一軒家で本当に良かったと思う。これがマンションとかなら、自分の部屋なんてもらえなかっただろう。どこにも籠城できなくなる。あ。
「……おはよう」
「おはよう。今日は起きられたんだね」
階段を下りていくと、丁度お母さんが廊下にいた。目が会ったから、声をかけないわけにはいかない。
お母さんは、私が家に引きこもっていることを咎めない。そこはありがたい。けれど、もっと口を出してくれた方が良かったかもしれないと、最近思うようになった。
怒られないから、つい甘えてしまうんだ。
「
「うーん……。食べる」
環。私の名前だ。ちなみに苗字は
私の観点から言えば、可もなく不可もなく、な名前である。
脱衣所に入り、Tシャツとジャージ(下)を脱ぎ捨てる。昨日1日中着ていたせいか、だいぶヨレヨレになっていた。それからパンツも洗濯機に放り込む。ブラは着けていない。外に出ないのに、わざわざ着ける必要ないだろう、誰にも会わないんだし。乳が垂れるとか思われるかもしれないが、それ以上に苦しいのが嫌だ。黒柳徹子さんリスペクトと言っておく。
早速シャワーを浴びる。季節は七月。熱気と湿気がすごい。汗が身体に張り付いていることに今さら気が付き、気持ち悪さを覚える。こんな時は、水オンリーで浴びるのが一番だ。
「あれ?」
水の方を捻ったはずだが、お湯が出た。この気温のせいで配管が温められて、熱くなっているのだ。
朝から嫌な気分になる。もっと冷たい水をよこせ。
「ひゃっ!?」
仕方なしに温水を浴びていると、突然冷水に変わった。これだけはやめてほしい。1番びっくりするだろう。
でもまぁ、これが私の求めていたものだ。ありがたく受け取ろう。
髪を洗って、汗を流して、顔も洗う。
15分くらいでシャワーを浴び終え、風呂場を出る。しまった。バスタオルを用意するのを忘れていた。
「どうしよう…………」
全身びしょ濡れの状態で服を着るか? いや、流石にそれはない。いっそ全裸で部屋に戻るか? お母さんに怒られそうだ。引きこもりってことには踏み込まないくせに、こういうちっちゃなことでは怒るんだ。
仕方ない。持って来てもらおう。
「お母さーん。バスタオル忘れちゃったー。お願ーい」
返事がすぐにこない。きちんと聞こえただろうか。
待つこと、体感5分。ようやく脱衣所にタオルが放り込まれた。ずいぶんと乱暴である。忘れた私が悪いんだから、文句は言えないけど。
「環。お母さん仕事行ってくるから。家のことお願いね」
ああ、もうそんな時間なんだ。出勤準備中だったお母さんには、手間かけさせちゃったな。
「わかった。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そうだよね。大人は働いているんだ。お父さんも、私が下りていくずっと前に出勤してる。私は何もしていない。ずっと家の中にいるだけ。早く起きても、遅く起きても。毎日それを繰り返す。
だらしのないことだっていうのは、分かっているんだ。それでも学校には行けない。私も悪い。でも、
直子ちゃんのことを考えながら、私は服に袖を通す。上はTシャツ、下は短パン。ブラも持ってきてくれたけど、やっぱり着けない。垂れるのが気になるほどの大きさじゃない。……事実だ。だけど、自分で言っておいてダメージを受けた。うん、私はそれくらいのザコメンタルなんだ。
世の中の男はだいたい、大きいおっぱいが好きだ。男だけじゃない。女だってそうだ。人間は「大は小を兼ねる」なんて言葉を生み出すくらい、大きいものが好きだ。あの言葉はたぶん、おっぱい好きの奴が考えたものだと思う。
そういえば、直子ちゃんは巨乳だったなぁ。私も何度か揉ませてもらった。気持ちよかったなぁ……。また触りたい。
ダメだダメだ。今、直子ちゃんのことを考えたら悲しくなってくる。
どうにかして、この気分を吹っ切らないと。
でも……。
「出かける気なんて出ないしなぁ」
服を着てリビングに行くと、テーブルの上に朝ごはんが置いてあった。簡単な、トーストとサラダ。これだけだけど、お母さんは用意していってくれたんだ。
テレビを点けて適当な番組を流す。パンをかじりながら、視線はスマホへ。
「……え?」
思わず声が出てしまった。だって、こんなの知らない。私のリサーチ不足だ。
まさか、こんなタイミングで、こんな情報が入ってくるなんて!
推しアニメのタイアップ商品が、今日からロー〇ンで発売される!!
「マジか……え、ホントに聞いてないよ? レシートでキャンペーンに応募できんじゃん……。買うっきゃねぇな……」
まさか、外出する予定ができてしまうとは。
あ、私は引きこもりだけど、別に外に出ることができないというわけではない。学校に行けないのだ。直子ちゃんと顔を合わせづらいからね。
近所のコンビニに行くくらいなら余裕。アニメ〇トとか、とら〇あなとかも問題なし。むしろ落ち着く。学校のある時間帯に行けば、知り合いとばったり、なんてこともないし。通販でいいじゃんと思う人もいるかもしれないが、そういう問題じゃないんだよ。現地に行かなくちゃ出会えないものや、確認できないものがあるんだよ。実際にこの目で見るって大切なことなんだよ?
さっさと食事を済ませて、外出着に着替える。洗いものは帰ってから片づけよう。
こういうグッズて、最近は10時から販売開始、みたいなことも多いけれど、うちの近所のロー〇ンは早朝からもう売っている。今が狙い時なのだ。
「――――うっし」
玄関の扉の前に立ち、1度気合を入れなおす。
そして、外の空気の中に乗り出した。
* * *
さっそく失敗したと思う。
だって暑い! そうだ、しばらく冷房の効いた室内にいたせいで忘れていたが、世界はもう夏になっているのだ。天気予報なんてものはチェックしないから、気温なんて知らなかった。クソ暑い!
太陽さんはこんなに頑張らなくてもいいんだよ? 人間だって適度に頑張ってる。私はたぶん例外だけど。太陽さんだって常に全力じゃなくちゃいけないなんてこと、ないよ、うん。
小学生の頃に理科でやった、虫眼鏡の実験を思い出す。あの、黒い紙に日光を集めて火を起こすやつ。私、今焼かれているんじゃないか。そう考えてしまうくらい、肌がヒリヒリした。普段部屋の中にいるものだから、直射日光には弱い。
「早く用事済ませて帰ろう……」
徒歩10分くらいの場所にあるロー〇ンが、やけに遠くに感じた。
それに今の私には、日差しの外にも痛いものがある。
中高生の視線だ。もっと考えて行動すればよかった。何で気付かなかったんだろう。お母さんが出勤する時間だったんだから、学生の登校時間でもあるじゃん。ここで知り合いでも遭遇したらどうする? 社会的な死と、メンタルの崩壊だよ。平穏な住宅街に、突如として引きこもり腐れJKの死体が登場だよ!
そんなことはダメだ。他人に迷惑をかける死に方はしたくない。……家族に迷惑をかけている身分で、何を言っているんだろうね。
いつも以上に俯きで、早歩きをしていたせいか、私は道端に落ちていたあるものを見つけてしまった。
「――――宝石っ!?」
太陽光を吸収してキラキラ光る、真っ青な石だった。大きさは、何だろう。シュウマイ1つくらい? もうちょっと大きいかな。青い宝石となると、サファイアとか、ラピスラズリとか? こんな時、「落し物です!」と警察に届けるという発想より先に、「これいくらくらいになりますかね?」と売り飛ばす考えが浮かんでしまうのが、私の残念な部分である。なお、豚に真珠であるため、自分で持っていようという発想に至ることはない。
「えっ、えっ。どうしよう」
どうしようも何もない。警察に届けるのが正解だ。私は道徳をどこに置いてきたんだ。部屋か。
しかし、見れば見る程綺麗な石だ。太陽に透かしてみると、その内側には波のようなものが見えた。天然? そんなわけはないか。でも手加工だとしても、相当の技術が必要だ。絶対高い。いくらになるだろう……。
はっ。いかんいかん。落し物は預けてこなくては。
その時だった。
「ヴェッ!?」
随分と汚い声だが、これは私のもの。でもこんな声だって出るよ。突然見ず知らずの人たちが、私の周りに現れたんだから。前後左右に、1人ずつ。
てか怪し過ぎる。今時黒いコートを着て、フードで顔を隠しているような奴がいるだろうか。いや、いない。ちゅーかその格好やめろ! 見ているこっちが暑苦しいわ!
「悪かったな、暑苦しくて」
「あ、聞こえてました?」
私の右側に立っている奴が文句を垂れてきた。心の声が漏れていたかな。たまに隠しきれないんだよね。私の悪い癖。
「お嬢さん。それを渡してくれないか」
正面に立った男(だよね?)が、大きくてゴツイ手を差し出してくる。だがその手を見た瞬間、私は直感した。こいつら、カタギの人間じゃない! 皮が分厚すぎるし! 傷だらけだし! 何より中指がない! それって何かと不便じゃないかな。
「うわっ、やべーやつだ」
あ、アカン。今のは確実に口に出ていた。うっすら見える口元が、いびつな形になっている。ごめんなさい。不愉快ですよね。
さぁてどうしよう。逃げるほどの体力は、私にはない。ビビりまくって大声も出せない。心の声はダダ漏れなのにね。なぜかこういう時に限って誰も道を通らないし! 誰か来てよ! 私を助けて!
――ある晩のことです。1人の女性が、自宅マンションの前で暴行されました。彼女の悲鳴に気付き、住人はまどからその現場を窺っていましたが、誰1人警察に通報する者はいませんでした。全員が「きっと誰かがするはず」と思っていたのです――
ハッ。何で今こんな事件のこと思い出した!? もしかして私、この街から排除されようとしている?
どうしてこんなことになったの。学校サボってコンビニにアニメのタイアップ商品を買いに行こうとしただけなのに。私悪くないよね?
男たちがだんだん迫ってくる。あぁ、ダメだ。殺される。
私なにも悪いことしてないのに! こんなところで天命が尽きるの!? 嫌だよ、もう少しマシな人生のはずでしょ!?
この場合、誰を恨めばいいんだろう。神様かな。このオッサンたちかな。……このオッサンたちだわ。間違いないね。
「恨むんだったら、石を拾った自分を恨むんだな……」
いやその理屈はおかしい。
中指のない男の腕が、私に伸びる。
みなさん、どうやら私はここまでみたいです。短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。さよなら、さよなら、さよなら――――――。
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