一夜のキリトリセン
影宮
「夜中に切り取り線を踏むと、命が体から切り離されるんだってさ。」
月光が落ちてくる、ただの道に立っていた。
夜風がそっと頬を撫でる。
いつも通りの帰路。
何一つ、切り取るような風景もない。
感動するほどの出来事は、何も。
黒猫が足を避けて行った。
外灯が点滅している。
壁には落書きがあって、掲示板には何かを伝えようと紙が張り付いている。
その輪郭をぼんやりと捉えては、通り過ぎる。
かつては賑わっていた商店街も、今ではその面影を残したままに、ただただ静かに存在していた。
踏み切りで立ち止まって、そういえば事故があったなぁ、と思う。
この先へ行ったことはない。
帰路からは、外れるけれど行ってみようか。
足を一歩踏み出すと、何かが切れる音がした。
体が軽くなった気がする。
疲れも、何もかもが消えた。
踏み切りから離れて、住宅街へ。
誰ともすれ違わない。
こんな夜中を出歩くのは、自分くらいだ。
もう、随分と遠くに来てしまった。
長いこと、歩いた気がする。
何時間も歩いた気分でいるのに、まだ夜は明けていないし、何処の家も明かりがついていない。
踏み切りに戻った。
通行禁止、の看板があったなんて気付かなかった。
そういえば、この踏み切りには色々と怪談があったよな。
そう思いながら通り過ぎる。
月光が落ちてくる、ただの道に立っていた。
夜風がそっと頬を撫でる。
いつも通りの帰路。
何一つ、切り取るような風景もない。
感動するほどの出来事は、何も。
黒猫が足をすり抜けて行った。
外灯は、点滅が直ったらしい。
壁には落書きがあって、掲示板には何かを伝えようと紙が張り付いている。
踏み切りで、誰かが死んだらしい。
通行禁止、だったしな。
その内容をぼんやりと読んでから、通り過ぎた。
少し、進んでから気付いた。
帰路に戻ったつもりが、また別の道を進んでしまっていた。
目の前には、踏み切り。
その近くの電柱には、花束が置かれている。
そうか、誰かが死んだんだもんな。
踏み切りを通って、帰路へ戻った。
いつも通りの帰路。
何一つ、切り取るような風景もない。
感動するほどの出来事は、何も。
黒猫はもういない。
外灯は、消えている。
まだ、夜なのに。
掲示板に気付いた。
あぁ、そっか。
振り返ると踏み切りがある。
そういうことか。
もう、帰路に帰る必要もなくなった。
この一夜だけが切り取られて、押し付けられている気分になる。
ここの踏み切りのあだ名は、切り取り線だった。
月光が落ちてくる、ただの踏み切りに立っていた。
夜風がそっと頬を撫でる。
一夜のキリトリセン 影宮 @yagami_kagemiya
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