第25話 完結後のおまけ話②らったった♪競馬場①

(設定)

函館ツアーから半月後、ぐらいです。十月の、とある日曜日。秋晴れ。行楽日和。


さくらはあおいを連れて、東京競馬場にいざ参戦!

休日につき、仕事が休めない類は、またまた不在(いなくても、存在感たっぷりで見せ場もありますが)。参加者は叶恵と壮馬。

競馬初体験のさくら、どうなりますか。一攫千金? それとも、帰りの電車賃までつぎ込んで、すっからかん?


おまけ①が夜の話だったので、屋外の明るいお話です。

↓本文がすぐにはじまります↓




 十月某日、日曜日。晴れ。

 あおいを連れて。お弁当を持って。さくらは部屋を出た。


 自宅最寄りの新宿駅から京王線に乗る。目指すは、東京競馬場!


 京王線の新宿駅には、壁という壁、全面に競馬の広告が出ている。こんなに華々しく手招きされていたのに、一度も行ったことがなかった。


***


「『明日、競馬場へ行きたい』、だって?」


 類は、いい顔をしなかった。日曜、今週も仕事だ。


「叶恵さんが連れて行ってくれるんだ。天気もよさそうだし、あおいも楽しみにしているし。壮馬さんも一緒」


 今日の午後、テレビで観て予習した。あおいに『明日はおべんとうを持ってここへ行くよ』と教えたら、『おーまさん!』と大興奮だった。


「……混んでいるよ」

「だいじょうぶ。気をつける」

「変なオトコもたくさんいるよ。不安だな」

「私には、類くんしか見えないし!」


 この言い方は、類の心を揺さぶったようだ。ちょっと、にやけている。

 類とは、長いお付き合いになってきた。少しは類の心のツボを得てきたぞ。


「……広いし、人が多い。迷子にならないでよ? 馬券は、予算を決めて計画的に使うんだよ。熱くなったら負けだよ。勝負ごとは、引き際がかんじんだからね」

「はい! 私が熱くなるのは、類くんにだけです!」

「もー。かわいいこと言ってくれちゃって。あおいが聞いているのに」


 晴れて、お許しをもらうことができた。


***


 叶恵とは、京王線の明大前駅下りホームで待ち合わせをしている。


 叶恵は吉祥寺に住んでいるので、井の頭線と交差しているこの駅で合流するのがいちばん自然だった。


 高校時代には毎日のように利用していた下り電車だが、今日は久しぶりの乗車。まさか、娘と一緒に乗る日が来るなんて。


「まま、きてぃちゃ、いる!」

「ほんとだね」


 サンリオのラッピングカーが通過した。

 これぐらいの年齢の女の子だったら、サンリオのテーマパークとかも喜ぶかもしれない。今度、連れて行こうかな。屋内型なので、雨の日も安心できる。ちょっと駅から遠いのだけれども。


「つぎは、みどりぃでんしゃきた!」


 高尾山をイメージした緑色の電車が来た。でも、あおいに山登りはまだ早い、かな?

 類と一緒に行きたいけれど、やっぱり『ルイくんルイくん』って、騒ぎになっちゃうんだろうなあ。さくらはため息をついた。はああぁ。類のアウトドアスタイル、かっこいいだろうなあ、見てみたいなあ。はああぁぁぁ。


「ちょっと、そこ! 朝からため息なんてついてないで!」


 声の主はジーンズ姿の叶恵だった。珍しい。


「お、おはようございます」


 美脚が見られなくて、残念。おっと。思考がおやじ的だったか。


「おはよー、かなえーちゃ!」


 初対面のとき、あおいに『叶恵おねえちゃん』と名乗った叶恵だったが、あおいには長かったらしく、絶妙に省略されて『かなえーちゃ』になってしまった。


「おはよう、あおいちゃん。今日も元気いっぱいね」

「うん! あおい、げんきでっしゅ!」

「おうまさんのところへ行くのよ、これから」

「うん。いく! おべんと、もった! おにぎり、てつだった」


 おにぎりを作ってくれたのはいいけれど、ごはん粒をぽろぽろこぼすし、片づけが余計に大変だった。でも、お手伝いしたい気持ちはうれしかったので、がまんがまん。

 あおいには、家事能力ゼロの聡子の血も入っている。隔世遺伝が、しんぱい。


「ありがとう。楽しみ。あとでみんなで食べましょうね。壮馬くんとは、正門前駅の改札で待ち合わせしたから」

「はい」


 本日の参加者は、さくら+あおい親子、叶恵、壮馬の四人だった。

 壮馬の住まいは高尾だが、競馬場至近の実家に寄ってから競馬場へ来るらしい。


「ちゃんと運動靴に帽子もかぶってきたわね」

「言いつけ通りです」


 三人は、ホームに入ってきた特急に乗る。

 車内は行楽のお客さんでにぎわっている。


「柴崎家って、ふだんのお休みはどう過ごしているの?」

「ええと、今は類くんと私の休日がまったく合わないので、基本土日は近所の公園で遊んだり、買い物へ行ったり、あと実家のお手伝いに行ったり、です」


「ルイさんは?」

「お昼まで寝て、作り置きのお弁当を食べて、そのあと出かけて服を見たり、髪を切りに行ったりするみたいです。五時には、会社まで車で迎えに来てくれて、ごはんを家でゆっくり食べます」


「たまには、家族で出かけないの? 旅行は無理でも、遊園地とか、お食事とか。極端に、節約しているわけじゃないんでしょ」

「んー。出かけたいんですが、まだちょっと難しいです。類くん本人はあまり気にしないのですが、周囲がざわざわするので」


「そうよねえ、伝説のアイドルモデルだもんねえ。ラスト写真集、まだ売れているんだってね」

「そういう叶恵さんの休日は?」

「ひみつー。おしえなーい」


 ……なかよくなってきたかなと思っているけれど、こういう人なんだよね、根は。



 東府中駅で競馬場線に乗り換え、いよいよ競馬場前までやってきた。


***


「さくらさん、あおいさん。おはようございます」


 壮馬はすでに、競馬新聞を片手に改札前で待っていてくれた。新聞には書き込みが多数入っていて、予習に余念がない様子。

 このあたりに実家があるとは聞いていたものの、マジメな壮馬が競馬をするなんて、意外だなとさくらは感じた。


「おはー、そーましゃん!」


 会社でよく会うので、あおいは壮馬に慣れている。勢いよく走り寄り、だっこしてもらった。


「きょうは、かみのけが、ある!」

「……いつもありますよ」


 仕事中はオールバックに整えている前髪を、休日は下ろしているだけだ。

 しかし、あおいには珍しいようで、前髪をつんつんと引っ張っている。容赦ない幼女・あおい。


「あ、あおい、やめなさい! すみません壮馬さん、おはようございます」

「だいじょうぶですよ、さくらさん。あおいさん、全部本物ですよ。正真正銘、生えていますよ。どうぞ、心ゆくまで引っ張ってください」


「いいオトコも、あおいちゃんにはめろめろね」

「叶恵。ひとこと多い」

「そういう壮馬くんは、ひとこと少ない。私にも『おはよう』って、やさしく言ってよ」


「……何度もメールしたのに、今さら。『おはよう叶恵』」


 棒読みだった。

 ニュースを読んでいる、テレビのアナウンサーよりも平坦・無機質で、感情がなかった。


「おはよう、壮馬くん。直接のあいさつはやっぱり大切。どれだけ長くて深い付き合いでもね」


 深い……付き合い……! 意味深。さくらは、ごくりと息を飲んだ。

 あほな妄想にとらわれてどきどきしていると、さくらの動揺を察した壮馬があおいの身体をそっと下ろした。


「荷物、持ちましょうさくらさん。重いですよね」

「お願いします、ありがとうございます」


「さあ、そろそろ行きましょう!」

「いこー!」


 あおいは『えいえいおー』と、叫んだ。



 駅から通じている専用通路を、ぞろぞろと歩く。人がたくさんいる。

 競馬場のお客さんは、競馬好きなおっさんばかりかと思っていたけれど、若いグループや家族連れも多い。ギャンブルというよりも、これならレジャー。ライトに明るく楽しむという感じだ。


 しかし、競馬は週末にしか開催されないので、店舗勤務……営業部所属が終わらない限り、類と来るチャンスはないだろう。


「そういえば、ルイさんは学生時代に、競馬会のイメージモデルもしていましたね。このあたりに、どーんと等身大パネルが置いてありました。駅張りのポスターは、盗まれまくっていました」

「あ……」


 それはちょうど、京都であおいが生まれていちばん大変だった時期に当たる。北澤ルイにとっては大きな仕事だったけれど、さくらは忙しくてあまり覚えていない。


「今度は家族でモデルをすればいいじゃない。いよっ、競馬一家! 名付けて『馬家族』。『うまかぞく』じゃなくて、『ばかぞく』って読ませるの」

「ぷっ。それ、いいですね。シバサキの宣伝にもなります。設定もそのままで『次期社長候補馬家族』。ぜひ、馬主になってください」


 叶恵の思いつきに、壮馬も賛成した。


「無理ですよ! 類くんはともかく、私とあおいはモデルなんて。しかも、うちの家庭は普通のサラリーマンがふたりで、お金持ちじゃありませんし、馬主にはなれませんよ」

「じゃあ聡子社長が馬主で、『シバサキ~』の冠号で馬を走らせよう。GⅠ取れ!」

「……ヘリコプターで飛んでくる、どこかのクリニックの社長みたいですね。『イエスシバサキ』。どうですか」

「おお。それ、採用決定!」


 注・盛り上がり過ぎです。さくらは嘆息した。



 入口の左脇で入場券を買う。ひとり二百円也。子どもは無料。

 職員のおねえさんたちに笑顔で見送られる。


 大きなスタンドにさえぎられて、競馬場の全貌はまだ見えない。とにかく、広そう。さくらには、それしか分からない。


「あおいちゃんは、迷子シールをつけておきましょうか」


 叶恵は馬のキャラクターをした札の裏側に『柴崎あおい』と、さくらの電話番号をさらさらっと書いた。達筆だったが、ええ? 番号、暗記されている? さすが……できる人は違う!

 さくらが驚いているうちに、叶恵はあおいの背中、腰に近い部分にシールをぺたんと貼った。


「北澤ルイの缶バッジ、バッグにつけているのね」

「あおいのぱぱ、かっこいいの! だいちゅきなの」


 類が大好きあおいは、北澤ルイの小物をいつも持って歩いている。保育園バッグには写真を忍ばせている。

 でもなぜか、最近の類の写真ではなくて、アイドルモデル全盛期の写真や画像を好む。

 キーホルダーなど、製品に加工されているので使いやすいが、そのころが類のピークだと……正直、すでに旬は過ぎていると、暗に言っているのだろうか? だったら、怖ろしい。



 この四人組、人から見たらどんなグループに見えるだろうか。


 壮馬と叶恵が夫婦であおいが娘、さくらは叶恵の妹か後輩ポジションか。

 社会人一年生のさくらがあおいの母親、というのが若すぎるので、現実とはほんとうに奇妙だ。


「あ、おーまさんいた! おーまさん! まわってる」


 前方右手に、パドックが目に入ってきた。

 次のレースに出走する馬たちがお披露目されている場所だ。十頭ほどが時計回りに静かに歩いている。


「おーまさん、だって。そーまさん?」

「やめてくれ。語感が似ているのは知っている。おー→まさんは平坦だが、そーまさんは『そ』にアクセントだ」


「やだやだ、マジメくさっちゃって。自己処理ばっかりじゃなくて、たまには生身の女の子としたほうがいいわよ。いないなら相手、してあげようか? 仕方ないなー」

「か・な・え! 子どもに聞こえるって!」


 相変わらず、き、きわどい……オトナの会話! 失笑のさくらだった。

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