第24話 完結後のおまけ話①オトナの夜です
『だから 信じている』読了ありがとうございました!
ひきつづき、ここからおまけ話①②がはじまります。あくまでおまけですが、続編への伏線も含まれているので、続きが気になる方は読んでおいてください。
【簡単な設定事項とあらすじ】叶恵目線
函館から東京へ帰還した一行は家路へ
玲・叶恵・壮馬が、空港近くのホテルに三人で宿泊することになりました
いちおう、R18ではありませんが、なにせオトナの夜のできごとですので、ご理解くださいませ
↓以下、すぐに本文がはじまります↓
空港からホテルまで、専用バスで五分。
玲さんは、フロントでバカ正直に『宿泊、ふたりの予定でしたが、三人になりました』と報告して生真面目に追加料金を払った。予約した部屋はとても広いようだし、黙っていたって無理なく宿泊できるのに。
私は三十八階のボタンを押し、エレベーターを動かした。
「玲さんって、正直でお人よしね」
「……よく言われます」
「そうやって、ルイさんにさくらさんを譲ったの?」
「あれは、さくらの意思です。俺は類に負けました。でも、これでよかったんだと思います。俺は柴崎の家を出て独立しました。類は、派手だった私生活がすっかり落ち着いたし、シバサキの後継者として覚悟を決めたようですし」
「さくらさまさまね」
「母さんの思惑も相当、入っていますよ。俺たち、いろいろもがきましたが、結局母の考えた通りになりました。なんたって、ラスボスです」
「でも、玲さんはあの子がまだ好きなのね」
「今夜、吹っ切るつもりでした。ですが、すみません……」
「いいの。それより、こんな壮馬くんにまでやさしい玲さんに、ますます好感度が上がった」
「ありがとうございます」
部屋は、旅行や出張に慣れた私にも広く感じた。
大きな窓めいっぱいに広がる、空港の景色。
ベッドはふかふかのキングサイズが二台。
男女ふたりきりで来たら、あっという間にくっついてしまうだろう。他人のままではいられない。
今夜のように、終わった旅の余韻にひたるのもよし、旅行前夜に高揚しつつ泊まるのもよさそうだ。
さっそく、玲さんはベッドの上に壮馬くんの身体を下ろした。ふう、と息をついていた。たぶん、相当重かったはず。
けれど、ホテルスタッフの協力を断ってひとりで運んだのだから、感心するしかない。仕事で身体を使っているためか、よく鍛えられている。
「おつかれさまでした。飲み直す?」
ねぎらいの意味で、私は聞いてみた。
「あ……いいえ。さっぱりしたいので、先にバスルームを使ってもいいですか」
「どうぞ。じゃあ私、ひとりでやっています」
「すみません、お付き合いできなくて」
「いつもひとり酒だもの、慣れている」
もう一度、すみませんと頭を下げた玲さんは、バスルームへと消えた。律儀な人だ。
私は冷蔵庫付近でグラスを探し、ビールを取り出した。
「ふう、やっぱり一日の終わりはビールね」
ワインもおいしかったけれど、ひとりビールの安定感は鉄板。
ゆったりとした革製のソファに深く座り、ずらりと並ぶ飛行機の眺めをつまみにできて、極上の味わい。
寝ているなんて、もったいないよ壮馬くん?
そっと、私は壮馬くんに近づいてみた。息苦しそうに寝ている。今日は酒量の限界を超えてしまったらしい。
「ばかね。ここまでして、あの子を守るなんて」
恋人のために出世がしたいなんてでまかせ、誰も信じていない。
でも、あの子に本気だとも思えない。ほんとうに、さくらさんのことが大切なんだろうか。それこそ、妹のように?
くるりと踵を返し、私は窓辺に立った。
「……お先でした。叶恵さんもどうぞ」
シャワーを終えた玲さんが、バスローブ姿になっている。
「早かったのね」
「汗を流しただけなので」
「……今夜はさくらさんと過ごせなくて、残念?」
私は玲さんを試してみた。もちろん、眉を曲げて露骨にいやな顔をされた。
「今ごろ、類に抱かれて心も身体もよろこんでいるでしょう」
玲さんの顔はよろこんでいない。全然。
「頭では、それでよかったと考えているのに、『今夜一緒に過ごそう』なんて、よく誘えたものね。かわいそうにあの子、今日一日すごく悩んで苦しんだはず」
「チャンスさえあれば、男なら喰いつきますよ。勝負あるのみです。心と身体は別。叶恵さんもよくご存知でしょう」
「言うわね。どうして、そんなにあの子がいいの? ルイさんに貫通されて調教されまくって、挙句の果てには未成年で孕んで子どもを生み、なおかつ毎晩お盛んな女なのに。それでも、欲しいの? あの子の中、完璧にルイさん仕様になっているのよ」
「すみません、うまく説明できません。でも、俺にとって、あいつは特別なんです」
『特別』。便利なことばがあるものだ。
「頑固で、困った人。私も、おふろを使ってこようっと」
飲みかけのビールが入ったグラスを、玲さんに手渡した。
***
「さて、どうしようかしら」
身体を洗い、髪を乾かしてきた私は困惑した。
ベッドは二台。一メートルほど間隔を空けて並べてある。右側に、玲さん。左に、壮馬くん。ふたりとも、よく寝ていた。
少し前までの私ならば、気のあるほうの男のベッドに遠慮なく潜り込んだだろう。けれど、今はできなかった。玲さんも壮馬くんも、おのれに課した禁欲の重圧に耐えまくっている。冗談で誘ったりなど、いくら私でもできない。
答えが出なかった。考えあぐねて、新しいビールを開けた。
この眺めはいい。飛行機や空港好きというわけではないけれど、特別感がある。いくら眺めても飽きない。
「羽田の近くに住もうかしら」
会社は遠くなるけれど、品川駅から新幹線にすぐ乗って、京都まで行ける。二時間後には玲さんに逢える。
でも、私は玲さんがすきなんだろうか。玲さんを落とす自信はある。女性の経験は少なそうだけれど、壮馬くんよりはありそうだ。そのまま、結婚してもいいんだろうか。あの子を傷つけることはできる。きっと、一時的には気が晴れる。だけど。
「……よかったら、こっちで、寝て。叶恵?」
壮馬くんの声だった。
振り返ると、半身を起こした壮馬くんが頭をかかえていた。
「気がついたの?」
「失態をさらしてしまったようだ。元町を観光したまではどうには覚えているけれど、函館山以降の記憶がほとんどない」
「嫌がるさくらさんに襲いかかった」
「え」
「嘘よ。いくら酔っていても、壮馬くんがそんな無理強いをするわけないでしょ」
「……一瞬、信じた。驚かさないでくれ」
「だいぶ、正気を取り戻したようね。よかった」
「ようやく、もやもやが晴れてきた。しかし、ここはどこなんだ?」
ほんとうに、記憶が飛んでしまっているらしい。ちょっと憐れ。
「玲さんが、私と過ごすために特別に予約した、空港近くのホテルのスイートルーム。潰れたあなたをひとりにしておけないって、玲さんが連れてきたの」
「そ、それは」
「おかげで、私たちの特別な、甘い一夜が台無し! 函館で、セクシーなランジェリーをこっそり買ったのに、意味なかった!」
特別を連呼してやった。ここぞとばかりに。
「すまなかった、まさかそんなことに。今からでも帰るよ」
「もう遅い。そんな気分じゃないし。ほら」
ちらりと視線を移動して玲さんのほうを見たけれど、もうぐっすりと眠っている。微動だにしない。
「シャワー、使えるだろうか」
「どうぞ。いってらっしゃい。右の奥にある。一緒に行こうか? なんなら、洗ってあげてもよろしくてよ? 下ろしたての悩殺ランジェリー姿で、ご奉仕いたしましょうか」
「いや、いい……」
のたのたと、しかし数時間ぶりに、壮馬くんは自力で歩いた。
***
「まだ、起きていたのか叶恵」
壮馬くんも、わりとすぐバスルームから戻って来た。男の人って、早風呂なんだ。
「ここ、いい眺めで気に入ったの」
「羽田は発着枠が増えたからね。それだけ出入りがある。ソファで寝るなよ」
「分かっています」
「酒もおしまいにしろ」
壮馬くんはビールの残りを取り上げた。
「壮馬くんと違って、私はまだ酔っていないのに」
「いや、酔っている。男ふたりとホテルに来るなんて、おかしい」
「そんなことない。壮馬くんには関係ない」
「もっと自分を大切にしろ、叶恵」
「そのことばは、そっくり壮馬くんに返す。見込みのない不倫なんて、早くやめなよ」
「……放っておいてくれ。私だって、そろそろいいかげん、引かなければと思っている……思っているけれど、逢うとだめなんだ」
照明を落とした薄暗い部屋でも分かった。
壮馬くんの横顔が、とても悲しみに満ちている。私は、耐え切れなかった。
「ねえ、忘れさせてあげる。悲しい顔、しないで。女って、とてもいいものなんだから。壮馬くん、もっと遊ばなきゃ。見た目がいいのに、もったいないよ」
私は壮馬くんの身体にしがみつき、勢いでベッドの上に倒れ込んだ。
自分から、バスローブを脱いで肌を晒す。さくらさんほど若くはないけれど、この身体には自信がある。
「なんの真似だ」
「壮馬くんが想像していること。A子さん……絵衣子(えいこ)さんだと思っていいから」
「絵衣子さん? まさか、A子さんって、さくらさんにも言ったのか?」
「もちろん。でも、そのへん、ぼかしたわよ。割り込んできた人は、Bさんだったって」
「……叶恵、個人情報には気をつけろ……! さくらさんは社長の娘なんだ。ルイさんの奥さんでもあるし」
「まあ、いいじゃない。言いつけたりするような子じゃないわよ。ほら、壮馬くんも熱くなってきた」
「やめなさい。一緒のベッドで寝るぐらいなら構わないが、身体的接触はよくない。そもそも、叶恵は玲さんをロックオンしているのだろう?」
「それはそれ。悲しんでいる同期を放っておけないし」
「ばかなことは言うな。叶恵は左半分。私はこちらを使う」
「なにそれ、つまんない。だったらソファでいい」
クロゼットを開け、予備のお布団を取り出そうとした。
「カゼをひいたら困る。それなら、私がソファへ行く」
……つくづく、マジメな人。
渋々、私は大げさにため息をついてベッドに入った。ごろりと横になると、じんわりしたと疲労に包まれた。
目を閉じる。
やっぱり、今日は大変だった。
明日、仕事の人はもっと厳しいだろう。壮馬くんも、あの子も。
函館に日帰りなんて計画、よく考えついたものだ。それを通してしまう聡子社長も、軽い。
やや遅れて、壮馬くんもベッドに潜り込んできた。
「さすがに広いな」
「壮馬くんの顔、見えないよ」
目を開けて私は手を伸ばし、壮馬くんの寝ている位置を確認した。
「あれ? どこ」
「ここだ」
思いがけず、ぎゅっと手を握り合ってしまった。あたたかくて心地いい。壮馬くんも同じことを思ったようで、私の手を離さなかった。
「……壮馬くん。寝るまで、こうしていてもいい?」
「あたたかいね」
「もう、酔っていない?」
「おかげさまで」
「私、ほんとに総務部へ入ってあげてもいいよ」
「それは助かる。気が変わらないうちに異動願を提出しよう、明日。付き添う。もし、社長がいらしたら、報告にも行って」
「ええ。一緒に来て」
「会社に残ったら、玲さんとの結婚は遠くなるよ」
少しだけ、考えるふりをした。
「及第点なんだけど、玲さんってあの子が大好きで、私が誘ってもいまいち手ごたえがないの。人妻のさくらさんのどこがいいのか。もう、疲れてきちゃった……どこかにいい人、いないかな」
異動願じゃなくて、婚姻届ならよかったのに。
せっかくだから今の壮馬くんのセリフ、脳内で置き換えてみよう。
『それは助かる。気が変わらないうちに婚姻届を提出しよう、明日。付き添う。もし、社長がいらしたら、報告にも行って』……なんてね。冗談。
***
一緒のベッドにいるのに、なにもないなんて初めてだった。
本音を言うと、さみしい。誰かに抱かれてぜんぶ忘れたい。
誰でも……よかった? ルイさんでも、玲さんでも、壮馬くんでも? あるいは、裏の仕事で付き合った男たち?
今は、考えるのをよそう。私は目を閉じた。
壮馬くんがとなりにいる。私は安心している。それだけでいい。
入社以来、壮馬くんとは親しくしていたけれど、男女の恋愛ではなかった。同期としての友人付き合いだった。でも、手のぬくもりが心地いいなんて。
そんなことを想いつつ、私は、眠りについていた。
***
実はこの夜、玲さんが起きていて、私たちの会話を全部、背中越しに聞いていたと知るのは、また後日のこと。
(おまけ①おしまい)
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