第23話 だから 信じている/主人公さま、ご帰宅につき(完結)

 ……眠い。すごく眠い。そして、くたくた。


 でも、もうすぐ。

 類とあおいが待っている自宅マンションまで、もうすぐ!


 電車を降りるとき、類にメールをした。

 あおいはとっくに寝ているそうだけれど、ようやく類に逢える! だいすきな類に!


「さくら、歩くの早い」

「だって、類くんが待っているんだよ? 類くんが、類くんが」


「るいくんるいくん連発しすぎ。うるさい。一度で分かる。そんなに、あいつがいいのか? 見た目に騙されているんだろ? さくらの面食い。あれ、中身はハードなケダモノだぜ!」

「静かにして。そんなこと、私だってじゅうぶん分かっています。類くんサゲしないで」

「な、なんだよ。お前だってあいつのこと、過激一歩手前とか、変態とか、ほんの数ページ前で、さんざん言っておいてさ」


 エレベーターで部屋を目指す。ドアが開く。さくらが降りると、目の前にパジャマ姿の類が立っていた。


「さくら。おかえりなさい」


 思わず、目じんわりとが熱くなった。

 さくらは一直線に、類の胸へと飛び込んだ。ケダモノでもなんでも、類は類。


「ただいま。類くん、帰りました。戻りました……ようやく、逢えたよ……るいくん。長かった」

「おつかれさま、さくら」


 やさしく言いながら、類はさくらにキスをした。

 はじめは、お互いの無事を確かめるように。しかし次第に、甘く深く、溶けるようなものに代わりはじめ、さくらも類の後頭部に手を回して応えた。


 このまま、ベッドへ直行でもいい……! たくさん愛されたい。愛したい。


 さくらは類に身をまかせた。類の手が、さくらのシャツをめくり上げ、胸のふくらみをつかむようにして揉みほぐしてゆく。


「あ……っ!」


 もうだめ、立っていられない……! 類がほしい、たくさん!


「……おいおい、おーい! 柴崎夫婦。うおっほん!」


 忘れていた。まだイップクが、となりにいたんだった。


「ちょっとイップク……どこ、おさえてんの。イップクまで、興奮しちゃった?」

「ししし、仕方ないだろうが! オレの股間だって、好んで大きくなったんじゃねえし! 反射だ、反射。お前らがこんな場所……廊下で、激しくちゅーするせいだ。類も、いきなりさくらのシャツの中にカットインかよ! さくらも少しは抵抗しろよ。オレを、どうしてくれんだよ!!」


「えろいDVDでも借りて帰れば?」

「そんなんで、オレの性欲は解消されんわ! 清純で普通そうな女の子が、うつくしいケダモノに調教される系のやつ、探す気力がない。今日は疲れた」


「……ぼくたちをそういう目で見ているんだ、ふーん」

「ふーん、じゃないよ類くん! い、イップクさん、送ってくれてありがとう。もう、夜遅いし、こんなところでいつまでもしゃべっていたら、近所迷惑になっちゃうよね」


「激しくちゅーして、その先まで進みそうになっておいて、今さら常識論かよ」

「はあぁ。イップクは『らぶらぶ夫婦の様子を察してそっと去る』とか、できるようになってよ。まさか、夫婦の営みに参加したいんじゃないよね。この作品、三人同時プレイとかはないんで。そうだ、今日の報告は?」


 イップクは、顔を真っ赤にした。どうやら、参加したいようだった。


「さんにんどうじぷうううううううううううううあああああああ……無理。いろいろ無理。え、えーと、ひとことじゃ言えないけど、さくらの貞操は、たぶん無事!」

「なに、その『たぶん無事』って。引っかかる」


「そいつ、すぐにオレのそばを離れるから、完全に監視できなかったんだ。まあ、細かいことを指摘すれば、いろんなやつとやたらめったらキスするし、誘われるし、膝枕とか、もういろいろありすぎて……!」

「なにそれ? キスした? 誰と? まさか、玲と復活愛?」


「ち、ちがう! 違うってば! 要素だけを取り出して話さないで。キスって言っても、かわいいおまじないとか、事故なんだよ?」

「ぼく、しんじていたのに……信じていたのにぃ! もうだめ、我慢できない。浮気していないかどうか、この目と身体で今すぐ確認しなきゃ! じゃあねイップク、また明日。約束のモノは後日必ず」


 ああ、約束のモノ……イップクに、女の子を紹介するというやつだ。


「あ……それ、いいわ。しばらくいらない」

「うそ。イップクが、遠慮深いなんて。変なものでも、食べた?」

「いや。オレ……だめだ、お前たちを見ていると、もやもやする。じゃあな、さくらおつかれ。せいぜい、類に抱かれろよ」


「おつかれさまでした。送ってくれて、ありがとう。あなたに指摘されないでも、このあと類くんと超絶らぶらぶするんで」

「ああ……」


 がっくりと肩を落としながら、イップクは帰って行った。


「なんなの、あれ。イップクまで、さくらに落ちたとか? 名前、呼び捨てだったよ。でも、まさかね。さて、家に入ろっか」

「うん。あおい! あおいは?」

「ぼくたちのかわいい子は、もうぐっすりだよ。ねんね」

「顔! 顔だけでも、早く見たい」


 大切なかわいい我が子。十四時間ぶりに対面した。


「ただいま、あおい。ままだよ。遅くなってごめんね」


 小さな手を握る。あたたかい。規則正しい呼吸を繰り返し、よく寝ていた。


「……もういいでしょ、せっかく寝つかせたのに、起きちゃうよ。さくらは早く、おふろに入って。今日、ほとんど屋外にいたんだし、海風に吹かれたでしょ。なんなら、きれいに洗ってあげようか」

「う……じゃあ、洗ってください」

「まじで! むらむらが止まらない! いろいろ訊きたいことはあるんだけど、とりあえずバスルームで……うふふっ。やっべ、よだれ出てきた」


***


 なんとか、浮気疑惑は晴れた。



 さくらは、ソファの上に寝転びながら、類にくるまれるようにしながら抱かれ、その胸に顔をうずめていた。


 少しだけ、眠っていたようだった。


「あ……やだ。起こしてくれればよかったのに」

「さくらの寝顔を見ていたんだ。かわいかった」

「まだ足りないよね、いいよもっとして」

「ぷっ、かわいい。『もっとして』だって。函館の話は、おいおい聞くとして。ぼくもさくらに報告があるよ」


「報告?」


「うん。母さんが、社長辞意を固めたんだ。会社、引退するってさ。来年の四月、ぼくは社長に就任する」

「え……ええええええええええええええええええーっ? どうしてそんな急に」


「赤ちゃん、できたらしいんだ。皆の、次の子が」



 (つづく)

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