第21話 到着/羽田空港①

 定刻十分前。さくらたち一行を乗せた飛行機は、羽田空港に到着した。


 寝ていたせいか、帰りの飛行機はあまり怖くなかった。慣れもあったのかもしれない。あとは軽く、締めのあいさつをして荷物を受け取って解散、である。


「やっと東京……!」


 新宿の我が家まで、もうちょっと。

 少しうとうとしたら、元気が戻った。おみやげなどで、荷物が増えてしまったけれど、帰りは電車。だいすきな家族が待っているんだ、最後までがんばりたい。


「壮馬さん、だいじょうぶですか」


 ようやく、ひとりでもどうにか歩けるまでに回復してきたが、まだ覚束ない。壮馬をひとりにはできない。

 壮馬の自宅は『高尾』だけに(?)、八王子の高尾だという。羽田からは遠い。そして、同じ方向の人間はいるが、高尾駅を利用している社員はいない。


「うちに泊まりませんか。壮馬さんなら、類くんもオッケーしますよ」

「……いちゃらぶ夫婦の家は……無理です……今夜、ルイさんはあなたを待ちわびているはずですし、ありとあらゆる体位でつながりまくる約束でしょうに。誰がそんな破廉恥な家に、どのツラ下げて……!」

「あ……」


 そんな約束、すっかり忘れていたけれど、そうだった。てか、その泥酔状態で、よく覚えていたものだ。


「うちに来てくださいよ、壮馬さん! オレ、明日遅番なんで、ゆっくりしていってください。会社まで、徒歩圏内ですよ」


 イップクが声をかけた。


「いや、あなたも違う意味で、休ませてくれそうにありませんし……やめておきます」

「なんですか、違う理由って! オレは、オトコに興味はありませんよ! 壮馬さんは、憧れの先輩ですけどね!」


 その声の音量で分からないのか、イップクよ。お前は、うるさいのだ。


「おしゃべりなんだから、男のくせにまったく」


 あきれながら、叶恵が見ていた。


***


 荷物受取り場の一角に、日帰りの参加者全員が、ゆるーく輪の形になって集まった。函館で解散した人もいるので、七十名ほどになっている。


 もちろん、締めは壮馬が行うはずだったが……それどころではなかった。


「さくらさん、最後のあいさつ!」

「発案者! ひとことでいいから」

「一分で。子どもたち、眠そうだよ」


「え、あ……わわ、私?」


 先輩たちに指名され、さくらは前面に押し出された。なにも準備していないというのに。


「み、みなさん! 本日は、ご参加ありがとうございました!」


 さくらは、緊張を増しつつも、声を張り上げた。今日、集まったみんなの顔を見る。

 それぞれ、お疲れの様子が表情に色濃くにじんでいるものの、圧倒的な『やり切った』感に包まれていた。そうだよね、弾丸ツアーだもんね。


「私の思いつき企画でしたが、こんなにたくさんの方に会えて、とてもうれしい一日になりました。明日も仕事の方……私も含め……いらっしゃると思いますが、元気に出社しましょう!」


 とてもつたないことばになってしまうけれど、さくらは自分のことばで語り続ける。


「ええと、今日、見たり聞いたりした経験が、仕事に生かせたらいいなって思います。また、企画します。そのときは、ぜひご参加ください。次回こそは、聡子社長も、もちろんアイドル社員の類くんも、一緒できると思いますので、よろしくお願いしますっ」


 われながら、下手なあいさつだった。

 それでも、さくらは丁寧に頭を下げた。


 えいっと、さくらが頭を深く下げた数秒後、拍手が沸いた。


 驚いて顔を上げると、全員がさくらに向かって歓声を投げてくれた。空港の職員さんたちも、あたたかい拍手をくれていた。


「う……」


 るいくん、私。やったよ。類くんがいなかったのに、がんばったよ。たくさんの笑顔と拍手をもらえたよ。

 はじめは、好きじゃない仕事だと思っていたのに。総務部でよかった。


「泣かないの、さくらさん」


 こぼれる涙を、叶恵がハンカチで拭いてくれた。

 思わぬ人にやさしくされたせいか、ぶわっと涙腺が崩壊してしまった。


「仕方のない子」


 そう言いながら、叶恵は泣きじゃくるさくらの頬にキスをして、こぼれる涙を吸った。

 さくらが驚いていると、とどめに(?)唇を重ねてきた。ちゅっと! すごく、しょっぱいキスだった。


「か、かなえしゃ……!」

「子どもみたいね。一児のママなのに」

「しゅみましぇん……うっ、ううっ」


「よしよし、いいこいいこ。がんばった。次も楽しみにしているわよ、私もみんなも、さくらさんに期待している」

「は、はい……!」


 しばらく、さくらは叶恵の胸にしがみつき、わんわんと泣いた。



 シバサキファニチャーの一行は、解散した。

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