第19話 バス→空港②
午後七時十分前。
さくらたちシバサキの一行は、函館空港の出発ロビーにいた。
軽く飲食する人、おみやげを買う人、荷物をまとめている人、行動はさまざまだが心はひとつ。
もうすぐ、帰る。
だが、さくらは、動けないでいる。
やっぱり酔ってしまって反動が出た、壮馬の介抱をしていた。
一気に飲んでバスに揺られたのが、よくなかったらしい。あともう少しで帰れると思ったのか、気も緩んだらしかった。
「……申し訳ありません、とんだ失態です」
「だいじょうぶですよ。もともとは、私とのワイン勝負みたいな話になってしまったのが、よくなかったんです」
「それも、持ちかけたのは私です……というか、ビールも飲んでいたんですよね」
顔色が真っ青どころか、土気色である。とりあえず、軽く飲めるスポーツドリンクをすすめてみる。
「フライトまで、医務室で横になりましょうか」
「……いえ。歩くのは、ちょっと……肩を、貸してください」
「肩、ですか?」
いいですよ、と返事する前に、壮馬の身体がさくらにおおいかぶさるように倒れかかってきた。
えええ? ひいい! さくらは声を上げそうになったけれど、これは不可抗力。たぶん、ほんとうにしんどいのだ。
壮馬は目を閉じている。さくらは壮馬の背中に腕を回し、ゆっくりと撫でてやった。
「だいじょうぶです、気にしないでください!」
「すみません……少しだけ」
「あおいも、こうすると落ち着きますよ。夜中に泣いているときとか」
「となると、今の私は三歳児並みですね」
はあ、とため息をつくと、壮馬は上半身をずるずるとさくらの身体に預け、とうとう倒れ込んで膝枕をゲットしてしまった。
「以前……ルイさんが、本社で研修を受けていたころです。あなたたちが入社したてのとき、屋上庭園でふたりきり、お弁当を一緒に食べていましたね」
「ええと、入社して日が浅いころは」
「あなたとルイさんは、終始いちゃいちゃべたべた。オクチあーんして、ソースがほっぺについちゃった、舐めて取ってあげるよ、ついでにかわいい唇も食べちゃお☆などという、けしからんランチを終えると、ルイさんはいつもあなたの膝枕で寝ていました」
壮馬のアフレコに、さくらは感心した。
「あはは、そんなことも……あったような」
「遠くから見ていた私は、とても怒りを感じていました。夫婦とはいえ、会社ですよ? 木陰で、キスどころか最後までいたしちゃったりしたことも、実際あるんじゃないですか?」
「す、すみません……詳しくはコメントできません……」
「当時は、会社を私物化するなんて、不謹慎な人たちだと思いました。けれど、その後ルイさんとは短い間でしたが、吉祥寺店で一緒に仕事をして、雑談もするようになって。ルイさんはほんとうに魅力的です。さくらさんが抵抗できないのも、仕方ないと納得しました。それに、ルイさんのほうも、あなたの肌はとにかく落ち着くと、しきりに繰り返していましたし」
「やだ! 類くんお得意の冗談ですよ」
「……いや、そうでもなさそうです。ここは、とても安らぎます。やわらかくて、あたたかくて、ふわふわです」
静かになった。寝てしまったのかもしれない。
空港のアナウンスにまぎれるようにしながらも、壮馬の寝息が聞こえてくる。
思わず、さくらは壮馬の髪を撫でていた。いつも、類にそうするように。
類はおでこからこめかみ、後頭部に向かって撫でられるのが好きだ。指先を使い、何度もなぞるように壮馬も撫でてやる。
***
「さくらさん、間に合った! けど、これはどんな光景でしょうか? 堂々と浮気ですか」
顔を上げると、そこにはシバサキ函館店店長・境真冬が立っていた。私服の黒スーツに着替えているが、やっぱり脚が長い。
「ま、真冬さん?」
「わぉ! 名前、憶えてくれてたんだ! 感激だな。もしかして、気がある?(歓喜)」
名前記憶=好意って、すごい飛躍。
「シバサキは、名前呼びが基本ですので」
「なんだよもう、がっかりするなあ(落胆)。その、機械的な切り返し。まあそれより、壮馬さんがじゃまでしょ。どかそうね。はいはいはいっと」
なんと! 壮馬は真冬に膝枕される形になった。
本人は爆睡で、たぶんなにも気がついていない。
美青年×美青年の構図。その方面の趣味嗜好はないけれど、鼻血必至ものだった。
「おみやげとか、買えてないでしょ? ここは見ておくから、息抜きしておいで」
気をつかってくれているらしかった。
「す、すみません。ほんとうにすみません……!」
「いいって、これは先輩でもあるし。酔い潰れたんだよね、珍しいなあ。なにかあったのかな。あったんだねー(意味深)」
「よ、よろしくお願いします! 十分以内に戻ります」
「急がなくていいよ。搭乗手続き直前でオッケー」
さくらはそそくさとその場を去った。ちゅ、注目されている……壮馬と真冬はめちゃくちゃ注目されている。いとおしそうに目を細めて髪を撫でるの、やめて! 勘違いされるって!
まずは、おみやげだ。家族お揃いのおみやげ。五分。
さすがにおなかが空いた。軽食を仕入れよう。五分。
それと、類に連絡を入れよう。あ、やっぱり十分では無理そう。
トイレに行ってメイクを直して、なるべく早めに戻ろう……さくらは予定を立てた。
「あ……」
ゆるっとしたキャラクターのキーホルダー。函館はイカが有名なので、イカグッズが多い。微妙な顔つきだけれど、なんとなく愛嬌があって笑える。誕生月ごとに十二種類の色がある。
「類くんは七月、赤。あおいは四月、ミントグリーン。私は三月、やっぱりピンク……さくら色」
よくよく考えると赤いイカとか、緑のイカ……なんなんだ?
でも、おもしろいからいいか、イカだけに! あ、涼一の、さむーい中年ダジャレみたいになってしまった。ついでに、父&母&皆にも購入。『イカ一家』のでき上がり。しつこい?
それと、函館銘菓を買っておみやげ部門は終了。
夕食は、機内で軽く食べられるように、サンドイッチとコーヒー牛乳を仕入れた。それと、食後のチーズケーキ。
「類くんに電話、類くんに!」
さくらは、人が少ない屋外に出て類に電話をかけた。
『さくら!』
もしもしを言う前に、類が叫んだ。類のとなりには、あおいもいるようで、『まままままっまー?』という声も聞こえてきた。
「類くん、あおい……!」
感激で泣きそうだった。
『今どこ? 空港?』
「うん。函館空港。このあと、帰りの飛行機に乗るところ」
『無事? 誰かに襲われたりしてない?』
なんでそうなる。けれど、時間がないので不毛な反論はしない。
「だいじょうぶだよ、順調」
『羽田まで迎えに行きたいけど、こっちが手いっぱいで』
「うん。だいじょうぶ」
『イップクに送らせて』
今、さくらたちの新居とイップクの部屋は、徒歩で十分もかからない位置にあるご近所さん。当然、最寄り駅も同じ。
「分かった。あのね、帰ったら……」
『なに?』
「類くんが、すぐにほしい。類くんに満たされたい。私を、類くんでいっぱいにして」
電話の向こう側で、ゴトッ……という妙な音がした。
『もー、さくらがそんなかわいいことを急に言うから! びっくりして電話を落としちゃったじゃん。壊れたらどうしてくれんの。分かってる分かってる。たくさん、してあげる。あふれちゃうぐらい、いっぱい』
『あおいも、ままとおはなしするー』
『ちょっと、待って。あおいもままとお話ししたいって。代わるよ?』
『まままままままままー!』
「あおい。ままだよ」
『きょはね、おばーちゃんのおうちで、みんなごはんした! もう、かえるとこ。ままは?』
「あおいがねんねしてからになっちゃう、ごめんね。でも、明日の朝は必ずおうちにいるから」
『んー。はやくね! ぱぱ、そわそわしてる。ままがいないーって』
『とにかく、まっすぐ帰宅! 誰かに誘われても、ついて行ったらだめだよ』
「もちろんです……!」
通話終了ボタンを選び、ふう、と息をつく。
玲に誘われていること、知られてしまったりしているんだろうか。イップク……あやしい。でも、取り引きしているんだっけ? 類の飼い犬のくせに、玲にも協力するなんて節操なし男。今度うちに来たら、熱ーい激辛料理を出しちゃおう。
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