第18話 バス→空港①

「どこに行ってたんだよ!」


 集合場所では、イップクがすごい剣幕で待ち構えていた。


「外。展望台」

「オレは、類にお前の監視をまかされているんだから、目の届く範囲を出ないでくれるかな。誰といた? ひとりだったのかよ?」


「……ていうか、それはイップクさん側の都合。私は、壮馬さんと叶恵さんと一緒だった。夜景を見ていた」

「か、叶恵さんと」


 どうやら、イップクは叶恵が怖いらしい。避けている。おしおきを受け、左遷の原因を作った人。さくらが叶恵と一緒にいると、そばに来ない。来られないらしい。


「イップクさんは函館……どうだった? やっぱり、働きたかった? 悔しい?」


 イップクは腕を組んで首を傾げ、ちょっと考え込んだ。


「いや、類と働けて、結果ラッキーだったかもしれない」

「……結局、それ? イップクさんって、類くんのことがだいすきだよね」


「はhhhhっほ? あんなやつ、すきとか絶対にないけど! オレは、女の子がすきだもんねー!」


 むきになっているところが、あやしい。自覚、ないみたい。頭の中身がお子さまな人は放っておこう。忙しい。さくらは壮馬のもとへ駆け寄った。


「お手伝いすることはありますか?」

「あ……」


 さくらの姿を見た壮馬は、顔を真っ赤にした。秘密を知られてしまったせいだろう。しかし、上司だけある。こほんとひとつ、小さく咳払いをして、立て直す。


「そうですね、では。すでに集まっている人を、ロープウェイ乗り場まで誘導していただけますか。おつかれの方も多いので、名前と人数を確認して、先にバスへ乗せてしまいましょう」

「わかりました。壮馬さん、かなり飲みましたが、その後だいじょうぶですか」

「ええ。さくらさんも、気をつけて」

「私はお水をいっぱい飲みましたよ!」


 最初に山麓駅へ下りるグループを誘導する。

 その中には、ショウタ父子もいた。


 さくらの姿を見たショウタの父親は、『おまじない事件』もあってか、気まずそうにしていたけれど、ショウタはさくらにまとわりついてよろこんだ。そろそろ、くたびれてくるころなのに、笑顔である。小さい子の笑顔はとてもいい。癒される。元気が出る。


「おねえさんは、かれしいるの?」


 いきなりの質問に、思わずさくらは笑いそうになった。父親があわてている。


「んー、かれしかぁ」


 類は『かれし』ではないと思う。なので、こう答えた。


「かれしはいないけど、家族ならいるよ」

「ほんと?」


 その答えがうれしかったようで、ショウタは目を輝かせた。


「じゃあ、ぼくがおおきくなったら、おねえさんのかれしになってあげるね! いいよね?」

「ぎゃああああああああ、ショウタ! なんてことを! すみませんさくらさん、こいつ言い出したら聞かないんで! ませた子どもの冗談ってことで!」

「だいじょうぶですよ。気持ち、ありがとうございます。ショウタくん、またイベントを考えるから、次も参加してね。私も、家族で参加する。ショウタくんも、お父さんお母さんと来てね」

「うん!」


 さくらはショウタと父親をバスに乗せた。


***


「ずいぶんとモテるんだな、さくらさんは」


 振り返ると。うわあ、玲とイップク。なんなの、今度はこの組み合わせ? 並ぶと、すごい威圧感。ふたりとも、さくらの身体(だけ)をターゲットにしているだけある。


 玲は、もとの服に着替えていた。


「旅先だから着られるやつだろ。総務部の人に返そうとしたら『今日の記念にどうぞ』って戻されたんだけど、あのトレーナーの運命は部屋着かな。ネズミの国で、仮装とか小物をつけて歩くけど、街中では身に着けないのと一緒」


「さくらさんの服も、もう乾いたんじゃないか?」 

「そ、そうだね。私も着替えようかな。それにしても、やけに仲よくなったんだね。意外な組み合わせなんだけど」

「仲よくなんてしてない。お互い、目的のために協力しているだけだ」

「そうだそうだ! 玲さんは類の兄上だからな!」


 あにうえ……時代劇か!


「玲、今夜の件だけど、ここで断ってもいい? もう考えたくない」

「いや。それは羽田で。あと三時間ほどある。ぎりぎりまで考えて悩んでくれ」


「何度考えたって答えは同じ。玲は大切だけど、私は類くんを裏切りたくない」

「裏切りとか悪いように考えるからいけないんだよ、さくらさんは! 契約だ、契約。取り引きだよ。ひと晩ぐらい、いいじゃん」

「……その、『ぐらい』っていう簡単な考え方が、私にはできないの。類くんに隠れてこそこそしたくない」


「お前の、重いところは長所だと思っているが……答えは、羽田で」


 玲とイップクもバスに乗り込んだ。いやだなあ、不穏。あのコンビ。



 その後、さくらはロープウェイの山麓駅と駐車場を何度か往復し、参加者をまとめてバスへ案内した。


 長かったようで短かった函館滞在も、もうすぐ終わる。

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