第12話 オプションツアー バス・五稜郭②

「さくらさん、少しお疲れでしょうか」


 タワーの展望台に上っても、さくらは上の空だった。

 眼下には、歴史的史跡の五稜郭が広がっているのに。見渡せば、函館山。海。船。東京では感じられない自然がたくさんあるのに。

 異様な雰囲気に包まれているさくらを、壮馬は気遣った。


「あ……すみません。だいじょうぶです。ちょっと、ぼんやりしていて。ごめんなさい」

「ここはなんとかなりますので、先にバスへ戻って、休んでいても構いませんよ」

「いいえ。がんばります。もともとこれは、私が考えた企画ですし!」

「無理なさらないでください。さくらさんが倒れたりしたら、ルイさんになんて言って謝ればいいのか」

「平気です。ほらこの通り!」


 笑顔を作ったさくらは、腕をぶんぶんと回して元気アピールをしてみせた。


「展望階、順回して来まっしゅ……じゃない、来ます!」


 晴天に、三百六十度のパノラマ。

 展望フロアには、戊辰戦争最後の戦いが行われた箱館戦争の模型が数か所にわたって展示されている。景色を眺め、模型を見て、徐々に下の階へ降りてゆく仕組みだ。


 あれ?


 一号車に乗っている、シバサキ社員の男の子が、不安そうにぽつんとひとりでたたずんでいた。五歳ぐらいだろうか、小学校入学前といったあたりの年ごろ。

 バスに乗るとき、元気にあいさつしてくれたので覚えていた。確か父親と参加していたはず。


「えーと。ショウタくん、だよね」

「……はい」


 消え入りそうな、小さな声だった。半ズボンから伸びている膝が震えている。

 いつも、あおいにするように、さくらはその場にしゃがんで男の子と視線を合わせた。


「私、シバサキのおねえちゃん。さくらです。バスに乗るとき、お名前を教えてくれたよね」

「あ」


 思い出してくれたらしい。


「お父さんと、はぐれちゃったのかな」

「うん。タワーがおもしろくて、はしったら、おとうさんがみえなくなっちゃった」

「そうか、ひとりでこわかったね。知らない場所なのに、よく我慢できたね。がんばった。えらい。もう、だいじょうぶだよ。一緒に行こう。お父さんたちはまだ上の階にいると思う」


 よしよしと頭を撫ででやり、手をつなぐ。緊張していたようで、ショウタの手のひらはとても冷たかった。


「……ありがとう」

「ショウタくんが、私にお名前を教えてくれたから、すぐに分かったんだよ」

「うう……、うわああん」


 感情が爆発してしまったらしく、泣いてしまった。


 さくらは、ショウタをだっこした。う、重い。

 子どもって、こんなに重くなるんだ。さくらは慎重に歩きはじめた。


 ……泣いていても、かわいいなあ。

 男の子もほしい。類の子なら、美少年だろう。彼女ができちゃったら、今度は自分が動揺してしまう。あおいのことで、類をからかっている場合ではない。


「なにやってんださくらさん。それ、隠し子か?」


 イップク、どうしていつも微妙なタイミングでおかしな発言をする?


「社員さんのお子さん。迷子になりかけちゃったの」

「運ぶか?」

「運ぶ、じゃない。だっこ。でも、こういうときは、女の人のほうが適任だと思う。イップクさん最近、子どもをだっこしたこと、ある?」

「な、ない」

「でしょ。現役の母にまかせて。それより、この子のお父さんを捜してきて。商品開発部の、尚斗(なおと)さんだったはず。そうだよね、ショウタくん?」

「そう。おとうさんのなまえ、なおと!」


「すげえなさくらさん、社員さんの名前を把握しているのか」

「少しずつね。でも、類くんは、シバサキ全社員さんの経歴までほとんど把握している。見習わなきゃ。それより、早めにお願い……腕がしびれてきた」


(推定)五歳児をだっこしたせいか、腕がきつい。


「おう、まかせときな!」


 イップクに誘導された父親は、すぐに飛んできた。


 ほかの社員としゃべっているうちに、息子が離れたことに気づくのが遅れたようだった。


「ショウターっ!」

「おとうさんっ」


 ショウタは父の声にすぐ反応した。さくらの腕を下り、駆けて行った。


「ありがとうございました、さくらさん! お手数をかけて申し訳ありません」


 ショウタの父親は、さくらに何度も頭を下げて感謝した。


「ショウタくんが無事でよかったです」


 さくらは控えめに言った。少しずつ、誰かのためになることをしたい。喜んでもらえたら、もっとうれしい。

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