第11話 オプションツアー バス・五稜郭①

 オプションのバスツアーに参加するのは、参加者百名のうち、半分ほど。


 秘書課の女子はツアーを離れて元町のカフェへ行くと言っているし、別行動で湯の川温泉へ宿泊するという家族連れもあった。北海道新幹線で、東北を経由して帰るというグループもいるし、それぞれである。


 バス二台を出し、ふたつのグループに分けて市内を観光する。

 メインの観光地は、五稜郭周辺、元町・教会群、である。

 オプションのツアーでは、所属以外の社員と交流を深めてほしいので、くじ引きでグループを決めることになった。家族参加の社員については、別れないように留意した。


 五稜郭と元町をまわり、最終的には函館山展望台がゴールである。夜景を観たあと、バスで空港へ戻る予定。


 さくらは、引き続き壮馬とまわるグループの担当になっている。


「玲は、どうする? 函館、はじめてだよね。多少駆け足になるけど、オプションツアーでは函館のゴールデンルートをまわるよ。立ち寄るのが難しい場所は、車窓見学」


 つつつと、玲に近づいてさくらは聞いた。オプションツアーの定員にはまだ余裕がある。


「俺は母さんの代理だし、ツアーに入れてくれ」

「よかった。私のグループになれたら、もっといいんだけど」

「くじ引きなんだろ」

「特例ってことにしようか。もうひとつのグループになっちゃったら、たぶん知り合いいないでしょ。壮馬さんもこっちだし」

「そのときは、そのときだ。公平にいこう」


 とは言われたものの、玲には聞きたいことがたくさんある。同じグループになりたい。


 そして。

 さくらは叶恵を見た。


「私も、参加するわ」


 叶恵は、玲の腕に自分の腕を絡めながら、割り込んできた。さりげなく、玲の身体に豊かな胸をぎゅっと押しつけて。さくらを万年発情期認定しておきながら、叶恵だって相当いやらしい。


「玲さんとは、同じグループになれそう。確信」


 ……たいした自信である。さくら個人としては、叶恵と行動したい気持ちがあるけれど、玲の本音も早く聞きたい。

 しかし、ふたりを同じグループにしたくない。揺れる乙女心である。


 運命のバス。グループ分けのくじ引き。確率は五十%。


「玲、うらみっこなしで」


 さくらはくじの入った箱を差し出した。

 青い紙なら一号車、赤なら二号車。別れてしまったら、午後六時の函館山までたぶん会えない。いちばん困るのは、ふたりが二号車になること。


 玲は、えいっとくじを引き上げた。


「青だ」

「わあ、青! 一号車です。どうぞ!」

「この『HAKODATE』トレーナーの、御利益かも」


 そうなると、叶恵も青を引くということになる……!


「あら、青。よろしく、玲さん」


 やっぱり。


 ……そして、(ちょっと忘れかけていたが)こいつもいた。


「おい、オレはボディーガードなんだし、さくらさんと問答無用で一緒だな」


 いや、別でいい。別でいい、むしろ別! と、祈ったのに。


「オレ、くじ運いいんだ!」


 なんでイップクまで、青かなぁ? トレーナー、着ていないのに。


***


 さくらたちを乗せた一号車は箱館駅前~埠頭を通り、五稜郭へ。二号車は市電に沿って五稜郭を目指す。帰りは逆ルートをたどり、坂の町・元町へ。最終的には、函館山集合となっている。


「一号車へご乗車、ありがとうございます。こちらの引率は私、総務部マネージャーの壮馬と、新入社員のさくらが務めさせていただきます。みなさま、よろしくお願いします」


『そーま!』『そーま!』という声と、『ルイくんの奥さーん!』という声が飛ぶ。


 バスの定員に対し、乗っている人数は二十人ほどなのでゆったり座れている。イップクなどは、ひとりで並びの座席を、どかっと占領していた。


 玲は……叶恵と隣どうし。

 しかし、壮馬からマイクを渡されたさくらは、ガイド役を務めなければならない。事前に予習してきた、函館観光メモを取り出した。


「総務部のさくらです。これから三時間ほど、ご一緒させていただきます……ええと、左手に見えますのは函館駅前です。かつて、青函連絡船として運航していた摩周丸もご覧いただけますでしょうか」


『さくらちゃーん、ルイくんげんきー?』


 函館店の見学が終わったあとは無礼講という予定だったので、すでにちょっとお酒の入っている社員もいた。


『いっつも、らぶらぶでいいなあ!』

『今日は一緒じゃなくて残念だねっ』


 ひやかしが飛んでいるが、まあ……がまんがまん。


「前方に見えますのが、戊辰戦争で命を落とした新選組副長・土方歳三最期の地といわれている場所です。今なお、献花が絶えません」


『それより、ルイくんとのなれそめを語ってよ。学生どうしの、でき婚!』

『夜は、ケダモノレベルでまじえろいって、ほんとー?』


 ヤジがエスカレートしたのですぐに、壮馬がマイクを代わった。


「……バス内にはお子さんもいらっしゃるので、下ネタは控えてください。ルイさんは、万事すごいそうです」


 そして、大爆笑。類がネタにされしまった……なんと。

 今の自分、顔が真っ赤だと思う、たぶん。でも、マイクを握り直し、気も取り直して続ける。


「えー。バスは、五稜郭公園脇の駐車場へ停めます。こちら、一号車は五稜郭タワーを見学してから、公園を見学します。公園内には箱館奉行所の復元がありますので、みなさんで行きましょう」


平常心、平常心。どうにか、さくらは笑顔を保ったまま、バスを案内できた。これぐらい、慣れている。いきなりだったので、ちょっとぎょっとしたけれど、いつものこと。



 目の前には、うつくしいシルエットの白い五稜郭タワーがそびえている。気を取り直していこう。楽しみたい。


「あ」


 叶恵が、壮馬と話し込んでいる。どうやら、壮馬が叶恵を足止めしてくれているようだった。

 さくらが玲と話したがっていることを察していた。合図に、目配せを送ってくれた。感謝、壮馬マネージャー!


 玲と、話がしたい。どこだろう? さくらが走り出そうとした、そのとき。


「おっと。そうはさせないぜ」


 不意に、腕を強くつかまれた。

 出ました、吉祥寺店(のお荷物)、永山一福! さくらの天敵と呼んでいい。


「オレは、さくらさんの監視を類に頼まれているんでね!」

「トイレですっ! このあと、展望階へのぼるので、入場口付近で集合していてください。女子トイレの個室まで、ついてきますか。変態認定されてもいいなら、どうぞ。私は止めませんよ」


「……そ、それはさすがに、ない!」


 やった。

 イップクを振り切ったさくらは走った。この作戦、あともう一回ぐらいは使えるだろう。


「れーい!」


 いた!

 エントランスすぐのおみやげコーナーを物色している。さくらは、玲の身体をおみやげコーナーの奥に並んでいた、プリクラの撮影機の中へ押し込み、ががっと勢いよくカーテンを閉めた。


 この場所、配置のいいことに、トイレも近い。

 トイレに行ったあと玲に偶然会ったので、記念に撮ろうという話になった……とか、なんとでも説明できそう。


「きょ……今日! 今夜。うちに泊ってよ!」


 単刀直入すぎたか。玲は眉をひそめた。


「お前の家だけは、いやだね」

「でも、あおいも会いたがっているし」

「東京の自宅へ帰れるころには、お子さまはねんねのお時間だろ。寝顔を見させられても」


 あ、そうだった! 玲、なんでそんなに冷静なの。


「……叶恵さんの家に、泊まる?」

「お前、それ聞いたのか」

「ってことは、じゃあ真実!」

「誘われているだけだ、誘われて。東京に着くのは遅い時間だけど、得意の深夜バスでもいいし、どこか適当に泊ってもいいんだ。親のところは、母さんの具合がよくないなら迷惑だろ」


「叶恵さんはだめ。いや。私が、こんなことを言う権利ないって、分かっている。だけど、叶恵さんだけはいや。あの人、玲を類くんの代わりとして見ている。お願い、やめて」

「わがままだな」


 そう切り返されてしまうと、反論ができない。

 そうだ、ただのわがままなのだ。自分は、玲の生きかたに、口を挟める立場ではない。


「ごめんなさい。でも」


 さくらが玲から視線を外した瞬間、両腕を強くつかまれた。あわてて、ほどこうとしたけれど、手は動かなかった。


「お前が……、さくら。ひと晩だけでいい。俺といてくれるなら、叶恵さんの話は断る」

「……え? いま、なんて言……た……?」


「今夜は、お前と過ごしたい。仕事が長引いたとか、適当に理由をつけて、俺といてほしい。ひと晩だけ。といっても、一緒に呑むとか、語り明かすとかじゃない。お前がほしい。類と深く愛し合っていることも、じゅうぶん知っていて、言っている。お前を完全に諦めるための、きっかけがほしいんだ。心はなくてもいい、身体だけ俺と浮気してくれ」

「そんなの、無理。類くんを裏切るなんて、できない」

「じゃあ、俺のすることに文句をつけるな。返事は、解散場所の羽田空港で聞く。今日は、類もあおいもいない。さくらがひとりなんてこんなチャンス、二度とないと思うんだ」


 自分の言いたいことを言って、しかも頬にキスをして、玲はさくらを置き去りにした。


 いやだ……冗談だよね……玲?


 ひと晩だって、絶対に無理。いくら、玲を止めるためとはいえ、だいすきな類を裏切るなんて。

 類は、なんでも分かってしまう人。

 さくらも隠しごとができない性格。


 でも、さくらが玲を受け入れなければ、玲は叶恵と結ばれてしまうかもしれない。どうしよう?


 玲の性格上、一夜のできごとをネタに、再び関係を迫ったりはしないと思う。でも、だからって!



 類が、心配していたようなことが、起きてしまった。

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