第10話 シバサキファニチャー函館店見学②

 さくらのいるグループは、函館店の店長が案内してくれることになっていた。もともと、社長の聡子が来ることになっていたので当然か。


「みなさま、ようこそ函館店へ。案内しますのは、函館店店長の境真冬(さかいまふゆ)です。入社三年目になります」


 おっとぉ! これまた驚きの美形男子の登場です! さくらは息をのんだ。


 シバサキ歴三年目なら、年齢は二十五ぐらいだろうか。漆黒の、闇のような髪は襟足が長い。着ているものはシバサキの制服だが、めちゃくちゃ細い。身長は類ほどないようだが、バンドのボーカルみたいだ。

 こんな逸材、どこから見つけてくるんだろう、聡子は。

 美形ばっかりだったら、目移りしちゃうじゃないの……『別れさせ屋』が必要になるわけよ。いやいや、自分は類だけですけど!


『函館王子だ!』

『凍れる王子さま』

『まじ本物!』


 ひそひそ、そしてざわざわと声が広がってゆく。


「こちらの倉庫が一棟まるごと全部、函館店になります」


 場所が違うだけで、こんなに印象が変わるものだろうか。家具たちが生き生きとしている。とくに、高い天井から吊るされた照明器具。明るい!


「近隣のガラス工房で作った、当店限定の照明を販売しています。よろしかったら、寝室用にサイドランプをおひとついかがですか。夜のムードが高まりますよ、柴崎さくらさん?」

「私の名前……」

「もちろん、知っていますよ。総務部で、『北澤ルイ』さんの、奥さんですよね」

「は、はい。でも、うちには小さい子どもがいるので、ガラスはちょっと」

「特殊加工してありますので、とても頑丈です。ほら」


 真冬は、ランプを床に落とした。

 割れなかったけれど、扱いが荒っぽくないか?


「どうですか。柴崎家のえっちなひとときに、是非!」


 いやあ、ひとときどころか、ふたとき、さんときぐらいあります……。


「真冬さん、どうかこのあたりでご勘弁を」


 強引な、真冬の営業トークに割って入ったのは、やはり壮馬だった。


「そーまさーん、いいところで。あともうちょっとだったのに。あ、社長に! 聡子社長におみやげってことでどうですか?」

「商魂たくましいところは認めますが、押し売り一歩手前ですよ」


「ちぇっ。じゃあ、壮馬さんが買ってくださいよ。結婚の噂、全然耳にしませんよ。恋人さんと倦怠期なんじゃないですか。柴崎家みたいに、でき婚しましょう!」

「ひととおり見学したあとに、お買い物時間は設けてありますので、のちほど」

「相変わらず、返しがうまいなあ。では、次はこちらへ」


 よくしゃべる、真冬。表情も、くるくる変わる。


「いきなり、すみません。真冬がしつこくて。私の、大学の後輩でもあるんですよ」

「壮馬さんの?」

「はい。居酒屋のアルバイト先も一緒でしたし」


 壮馬が、居酒屋のアルバイト……生ビールジョッキ片手に、つまみを運ぶ姿……似合わない。シアトル発コーヒーショップの店員さんとかなら、頷けるのに。


「お目当ては、賄いごはんでした。男ひとり暮らしだと、自炊などしませんので」

「壮馬さん、なんでもできそうなのに」

「私の休日は、ぐうたらですよ。さ、みなさんの引率を。さりげなく、叶恵と会話も」


 さくらは頷いた。


 先頭は壮馬と真冬にまかせ、グループの列最後尾へ移動した。

 そこには、玲と叶恵が並んで歩いている。べったり青インク色の『HAKODATE』トレーナーなので、とても目立つ。


 さりげなく近づいたはずなのに、叶恵はさくらの接近を感知し、玲にぴったりと寄り添った。

 嫉妬ではないはずだけれど、なんでこんなに頭にくるのだろうか。

 玲が誰と恋愛しようと、さくらが介入していい問題ではないのに。


「さくら」


 さくらに気がついた玲は、明るく話かけてくれた。笑顔で、控えめに手を挙げる。


「お前の仕事姿、新鮮。ちゃんと働けているんだな。うれしいよ。母さんの代理だったけれど、来てよかった。涼一さんに報告する。あとで、写真を撮らせてくれ」

「玲の中で、私は小学生ぐらいの存在なの? 三歳の子どももいるんだけど?」

「い、いや。そういうわけじゃなくて。大学生までは家事と勉強ばっかりで、と思ったら結婚に育児……社会経験が少なかったし」

「やろうと思えば、なんでもできます。総務部、みなさんやさしい人ばかりだし!」


 叶恵に聞こえるよう、総務部アピールを忘れない。大きい声で。


「その通りみたいだな。特に、マネージャー? の壮馬さん、あの人、とてもいい人だ。部外者の俺にもあたたかくて、丁寧」

「お母さんもお気に入りなんだよ。たぶん、すごく出世する。叶恵さん、同期なんですよね!」


 そして、ここで叶恵にも話を振る。


「……ええ。まあ、ね」


 この、温度差。南極か?

 でも、仕方ない。徐々に引き上げて行こう。


 売っている商品は基本的に、東京のシバサキと一緒なので、北海道限定商品や展示の方法に目が向いてしまう。


 真冬は、地元産を大切にしているようで、ちょこちょこオリジナル製品をセレクトしては、お店に並べているらしい。先ほどの、ランプのように。


「買って持って帰れる大きさのものが多いわね」


 ぽつりと、叶恵がつぶやいた。

 函館から自宅へ配送、となると送料がかなりかかる。おみやげ的な感覚で気軽に持ち帰れるように、真冬は小物の品揃えを充実させていた。食器。アクセサリー、などなど。


「この、函館店限定の、ショッピングバッグもかわいいです! 帆布で丈夫そうだし、色もたくさん」

「なんだ、Tシャツもあるし。今のトレーナーより、こっちのほうが格段にセンスいい」

「Tシャツ一枚じゃ、このあと寒いって」

「そ、そっか。そうだよな」


 見学会、というよりもすでにお買い物モードに突入していて、さくら・壮馬グループの社員たち(特に女子)は、きゃあきゃあはしゃいでいる。


「家具なら、ひとつ売れると大きいけれど、このやり方だと、たくさん売れないと難しいわね。通年の集客。スタッフの確保」


 かわいい雑貨の前で興奮するさくらの横で、叶恵は分析した。


「通年? わりと、今も混雑していますよ?」

「見た目はね。でも、外国人観光客の多さが、気になる。函館は一泊もすれば、じゅうぶん。小回りできるけれど、何度も訪れようっていう街じゃない。正直、ほんとうに混雑するのは、五月の五稜郭祭と夏の函館港まつりぐらい。泳げる時季だって短いし、食べものはまあまあおいしいけれど、だったら札幌のほうが歓楽街もあるし、温泉なら洞爺湖周辺のほうがいい。漁業が廃れた今、中途半端な街」

「夜景があるじゃないですか。私、楽しみなんです」


 さくらの期待に反し、あくまで、叶恵は函館の街に辛口だった。


「わりと、ガス(霧)がかかって、見えない日もよくあるの。今夜もどうなるか」


 喰いつきは、よくない。なので、さくらは切り返す。


「それに……あとは、開港地で、古い町並みとか、教会とか、五稜郭!」

「よっぽどの歴史ファンでもない限り、一度の訪問でいいと思う」

「……真冬さんが、函館店を魅力的な観光スポットにしてくれます。何度も訪れたい、お店になります、きっと!」


 さくらは叶恵の顔をじっと見据えた。


「そうね。そうなるといいわね」


 あれ? 言い返されると思ったのに、叶恵の表情は穏やかだった。あきれちゃった? しつこかったかな。


***


「真冬さん、案内ありがとうございました。今まで見てきたシバサキのお店とは違って、とてもおもしろかったです」

「このあと、一緒に行動できなくて、実に残念です」

「今度は、類くんと来ますね」

「ええ。お待ちしています。で、ランプは買っていただけますか。さくら色に光るんですよ。スイッチをひねれば、ほかの色にも変換します」


 もう、買うしかなかった。


「は、はい……」

「これで、柴崎家の夜は、毎晩濃厚間違いなし。楽しんでくださいね」


 うーむ。これ以上濃くなったら、どうしよう。



 それぞれ、思い思いの品を買い、午後三時。

 見学を終えたあとはいったん解散。函館山での再集合時間まで、自由時間となる。



 ここで、ちょっとだけ時間があったので……ついでに、といったら申し訳ないけれど、東京でお留守番の類に連絡することにした。



『さくら!』


 飢えて、がっついているときの声だった。


「……るいくん」


『だいじょうぶ? 誰かに喰われてない?』


 なんなんだ、その心配。


「だいじょうぶ、私は変わりないよ。順調。そっちは?」


『ぼく以外、みんなお昼寝中』


「お母さんの体調は?」


『少し寝たら、顔色はよくなってきた。お昼ごはんも食べたし……疲れが、たまっていたみたいだよ』


「みんなのお世話、ほんとにありがとう」


『ああ、さくらに早く逢いたい。さくらのことばっかり考えている。たくさんちゅーして、らぶらぶしたい。ああでも、まだ三時かー』


「終わったら、まっすぐ帰るよ」


『待っている。信じている。浮気・不倫、絶対絶対禁止』


 自分、どんだけ信用ないの?

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