第9話 シバサキファニチャー函館店見学①

 一時二十五分。

 食事を終え、小走りで集合場所に到着すると、さくらはイップクにお礼を述べてジャージを返した。


「しかしまあ、何度見ても、だせえな。失笑! それでアイドルモデルの妻とか(笑)」

「うるさいなあ。イップクさんに指摘されたくないし! 今の類くんはモデルじゃないし、アイドルでもない。私の類くんだもん」


 ジャージVS観光トレーナーの、不毛な勝負。


「写真を撮って、類に送りつけようぜ」

「今日はこれが総務部のユニフォームなの。外野は黙れ」


 結婚していて、一児の母なのに。イップクの前だと、ついつい子どもみたいに、むきになってしまうさくらだった。


「じゃあ、叶恵さんも総務?」


 あれからずっと、叶恵もトレーナーを着ている。となりに立っている玲も、なぜか(同情して?)HAKODATEトレーナーなので、遠目に見るとペアルックのような気もする。あ、まさかそれが目的? いや、それはないか。だって、だっさいもん。

 それとも、『総務部っていいかも』って、ちらっと視野に入れてくれている……? 淡い期待をいだいてしまう。


「ううん。今は、総務部預かり……壮馬部かも」

「なんだ、その『壮馬部』って」

「総務部は、壮馬さんを中心に所属社員十名、がっちり固まっているんだよ」

「ふうん。じゃあ、吉祥寺店は『ルイさん店』だな。スタッフみんな、ルイさんルイさんだし」


「そういうイップクさんも、類くん類くんって……あ! 飛行機を降りたあとすぐ、類くんに電話したでしょ! それで怒られたんだからね、私。変なことを言わされて、恥もかいたし」

「ボディーガードの役目を果たしただけだ。今日一日、おまえに変な男が寄りつくのを邪魔できれば、社外のかわいい女の子を紹介してもらえる約束だからな」


 この、忠犬! それか。それが目的だったのか!

 どうりで、しつこくてうるさいはずだ。類も、そういうことを気軽に約束するのはやめてほしい。


 あきれたさくらは、イップクを置き去りにした。

 イップクは一参加者だけれど、さくらはツアーの幹事なのだ。あほは放っておいて、仕事だ仕事。さあ!


「さくらさんとイップクさんは、仲がいいですね」


 意外なことを壮馬に指摘された。


「え。イップクさんとですか? ないない、絶対にありません」

「ルイさんを好きな者どうしで、気が合うのでしょう」

「は……」


 今、『ルイさんを好きな者どうし』って聞こえたんだけど? 自分は類を全身全霊で愛している。だけど、イップクは……?


「えええええええええええええええっ? イップクさんは、類くんの下僕なだけです。ただのしもべ、手先ですよ」


 壮馬はおなかをかかえて笑っている。


「吉祥寺店にね、応援へ行ったとき感じたのですが、イップクさんはルイさんを慕っているというか、心底敬愛しているようでした。ルイさんには私も魅力を感じますので、特別なことというわけではないのかもしれませんが」

「ちょっと待ってください……その話……重すぎます……函館の青い空に似合いません」

「そうでした。では、忘れてくださいね」


 理想の上司な壮馬は、笑顔でたまに毒を吐く。


***


 午後一時半。ベイエリアの赤レンガ倉庫街。

 いよいよメインイベントの、シバサキファニチャー函館店見学会。


 お店は営業中ゆえ、お客さんのじゃまにならないよう、参加者約百人を五つのグループに小分けして行動する。

 ひとつのグループに総務部の社員がふたり付き添う。新入社員のさくらが組んだのは、もちろんマネージャーの壮馬。


 イップクが類に特別な好意をいだいているとか、とんでもないことを聞いてしまったので、さくらは心がそわそわして落ち着かない。自分、小さい。


 叶恵と同じグループ(玲も)なので、ちらちらと横目で、(たまに)さりげなく様子を観察する。

 いやあ……張りついているんですが……主に、叶恵が玲に。張り切りすぎじゃない? ペース配分だよ? 最後、バテるよ?


 さくらが担当するグループは、総務部おとなりの人事部。それに、さくら憧れの建築事業部。聡子も一緒に行動する予定だったので、秘書課の美人社員。と、その家族。


 人数の多い営業部のイップクは、別のグループだった。


 助かった……というか、壮馬が『さくらのために』、思いっきり手心を加えた編成になっている。


「建築事業部の社員さんたち、みんなステキ……」


 仕事もできるのだろうが、美男美女揃いで、目の保養。さくらはいっそう憧れた。


「立ち上げたばかりの部署ですからね、忙しいようです。出張も多い上に、土日勤務。今のさくらさんには難しいかもしれません」

「うう……」

「それに、施主さんあっての建築ですので、お客さん相手の商売も経験したほうがよいでしょう。お店勤務が必須の部署です」

「はう……」


 ハードル、高過ぎ。


「でもいつか、日本全国を奔走しつつ、家を建てるさくらさんの勇ましい姿を見てみたいものですね」


 なに、期待されている? さくらは意気込んだ。


「が……、がんばりまっしゅ!」


 あ……ああ、いいところで、あおいの口癖がつい、出てしまった……なにが『まっしゅ』だよ……二十三にもなって、赤ちゃんことばなんて……世の中のママさんなら分かると思うけれど、たまにやっちゃうんだよね、子どもの口癖。

 壮馬は、ひたすら苦笑している。うう……。


「さあ、仕切り直して行きましょうか。みなさん! シバサキファニチャー、函館店です」

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