第8話 晴天なのに嵐②
「おーい。さくらさんいる? 柴崎さくらー」
不意に、新しい声が届いた。
「いた。こんなところで……って、おい。なに、その服? どうした。わっ、床も」
イップク が あらわれた! そうび:ジャージ、イカの丸焼き
買い食いか……子どもみたい。
「ペットボトル、こぼしちゃって」
「着替え……は、ないよな。とにかく濡れた服は脱いで。こいつをちょっと持っていて」
さくら は イカの丸焼き を 持たされた!
香ばしい けれど 今の気持ち には 合わない!
両手が空いたイップクは、ジャージの前ファスナーをじゃーっと勢いよく下ろし、ジャージ(上)を脱いだ。ジャージの下には、『〇〇大学』と書かれた、派手な赤いTシャツを着ていた。
「ほら、乾くまでこれを着ておけ。オレ、玲さんに電話してくるわ」
「玲の番号を知っているの?」
「ここに来る前、朝市で歩いているところで会って。壮馬さんもいたけど、さくらさんと一緒じゃなかったから、居場所を聞いたんだ。そのとき、一応連絡先も交換して」
そう説明しながら、イップクはさくらに預けたイカを強奪し、ジャージ(上)を押しつけてきた。
「あ。ありがとう」
「シャツは日なたに置いて乾かしておけよ。晴れだ、バスの中はあたたかいし、帰るまでには乾くだろ」
「でも、なんでジャージなの? 今日の服装は自由だったけど」
「これが、いちばん落ち着くんだ。動きやすいし」
元駅伝ランナーのイップクは、バスを降りて行った。
「なんだか、台風みたいな人ね。粗野で」
叶恵はあきれていた。ん、イップクのことは覚えていないのか? 接点、あったのに。濃いぃ接点(推測)が。
バスの後方部に、カーテンがついていて仕切れるようになっていたので、さくらはそこに籠り、濡れた服をジャージに交換することにした。
シャツだけでなく、さらに内側の下着も濡れていた。冷たいはずだ。
素肌にそのままジャージを着るのはためらわれたので、無事だったカーディガンをまず着て、その上にイップクジャージを羽織った。
「サイズ、おっきいよ」
玲か壮馬が戻ってきたら、まずは替えの服を買いに行かなければ。それまで、このジャージ? やだなあ、恥ずかしい。
いやいや、せっかく貸してくれたのだ。イップクは半袖姿になってしまった。
昼間はあたたかいけれど、夕方以降は冷えるらしい。早く、なんとかしなければ。
ああ、きらきらで憧れの海鮮丼が、どんどん遠のいてゆく……!
「似合うわよ、ジャージ」
皮肉を浮かべた叶恵がいる。すっかり元気そう。この人と仲よくなるなんて、自分には無理なのかなあ。
……と、考えたとき、どやどやと複数の声が聞こえてきて、車内が揺れた。
「さくら!」
「さくらさん」
玲と壮馬、それに総務部の先輩方が続々と乗車してきた。
「え……ええ?」
おしゃれな私服に身を包んでいたはずの社員+玲の全員が、お揃いの『HAKODATE』トレーナーに替わっている。色こそ、海をイメージした青だが、べたっとした青インク色で、いかにもチープなおみやげ品。
「今日はこの服を、総務部社員の目印にしました。さくらさんも着てください」
「みんなで着ればこわくない!」
「今、だっさ……って、思ったでしょ」
「着心地は、まあまあいいよー」
と、先輩方に渡されたのは、さくらの分の着替え一式。
お揃いのトレーナーと長袖シャツ、それに下着も入っていた。
「ほんの遊びです。経費で落ちるので、心配なさらないでください。サイズが合うかどうかわかりませんが、女子社員に買ってきてもらいました」
「みなさん……!」
心遣いがうれしい。さくらはお礼を述べてから、もう一度着替えた。
買ってきてもらっていうのもアレだが、だっさい。まじださい。なんでこんなロゴのトレーナーが存在するのかと思うほど、昭和なセンス。もう、令和だよ? 新元号!
でも……! カーテンの奥からさくらが登場すると、拍手が起こった。
「叶恵は私たちにまかせて、さくらさんはどうぞお昼を。集合時間まであと、三十分と少しあります」
「は、はい! じゃあ、イップクさんにジャージを返して、ついでにごはんを」
「少しぐらい、遅れてもいいよ」
「ゆっくりと食べておいでー」
「お目当てのお店、あるんだよね。一緒できなくてごめん」
先輩たち、やさしい。
さくらはバッグとガイドブックをぎゅっとつかんだ。ついでに、イップクのジャージも返そう。ようやく、外に出られる!
玲と視線が合った。やさしく笑って手を振ってくれた。さくらは頷き返した。
「……私も行く」
叶恵が立ち上がった。
「いいわよね、義妹候補さん。まずはこっちね」
「わ、私、早くごはんを。私の海鮮丼が……」
「だめ」
ずるずると連れて行かれたのは、ベタな観光みやげ店だった。平日ゆえか、外国人観光客でにぎわっている。
「え、それ」
叶恵が手に取ったのは、さくらが着ているのとまったく同じ、青いださトレーナーだった。一直線へレジに進んでお会計を済ませてしまう。そしてすたすたと歩き出しながら、トレーナーを着てしまった。
きれいな人が着ても、やっぱりだっさい。罰ゲームみたい。ひどい。
「あの、どうしてそれを」
早歩きの叶恵に、さくらはついてゆくのがやっとだ。
「いかにも『観光です』みたいな人と、一緒に歩きたくないの。私も同じものを身につけていたら、あなただけ目立つってことにはならないし、同化できるでしょ」
えーと、どんな理屈?
でも、微妙にかばってくれているんだと、さくらは判断した。
「ほら、急いで。あなたが行きたいお店って、どこなの。時間がない」
「は、はい! ええっと、ここのどんぶり屋さんです。きらきら海鮮丼!」
さくらは、ガイドブックの該当ページを開いて見せた。
「ベタね。観光ナイズされているお店よ、ここ。ガイドブック常連の。ま、いいけど」
さくらを引っ張るようにして、叶恵は最短距離で迷わずお店を目指す。元地元民、さすがだ。成り行きで、ごはんを一緒に食べる流れになってしまった。うれしいような、困ったような。
「コンタクトに替えたんですか、叶恵さん。歩みに迷いがありませんね」
「もともと、視力はそんなに悪くないの。ほら、アレよ。『美人メガネ巨乳キャラ』を狙っていただけ。上目遣いに見つめると、男を落としやすいの」
へ……キャラ作りだったの?
幸い、お店には滑り込みで入店できて、お目当ての海鮮丼にありつけた。イカの身が透明なのには感動だった。函館に住みたいー!
気分が悪いと言っていたわりには、叶恵もさくらと同じものを注文し、ぺろりと平らげた。
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