第6話 上陸、北の大地
さくらが乗った飛行機は、ほぼ定刻通りに無事、着陸した。
「陸地に、やっと着いた……」
高度が安定している航空路ではあまり揺れなかったけれど、着陸態勢に入ってからは機体がだいぶ揺れた。
となりのイップクにしがみついてしまった。不覚。屈辱。
帰りも乗るのかと想像するだけで、ぞっとする。
せめて、席だけはイップクと離れたい。できたら、玲のとなり! 叶恵さんでもいい。壮馬さんでも。さくらは祈った。
そして、次は絶対、類くんと一緒。次は絶対、類くんと一緒。次こそは絶対……!
うああ。類がいなくても、がんばると決めたばかりなのに、また類のことを想っていた。
北海道・函館。
札幌、小樽に続く第三の街で人口は二十六万人。東京都でいうと、府中市と同じぐらい(広さはまるで違うけれど)。ただし、1980年ごろの三十五万人をピークに、函館の人口は年々、減少している。
古くから、蝦夷地……北の玄関口として栄えてきて、江戸時代末期に開国したときは、いちはやく開かれた。
漁業が盛んだったが、現在ではとにかく、五稜郭やベイエリア・坂道に立つ古い建築物、路面電車に湯の川温泉に函館山の夜景などなど、観光で成り立っている。
とある調べによると、京都市よりも人気らしい。
2016年には北海道新幹線が開通した。
函館を初訪問にするにあたって、ツアーの引率者として、ちょっと歴史的なことも調べたさくらだったが、ざっと読み飛ばしてもらって構わない。
巨大な羽田空港から降り立ったので、函館空港はコンパクトにまとめられている気がする。行動がスムーズに運べる。
空港からは、市内の中心部まではシバサキで用意したバスを使っての移動となっている。目指すはベイエリア。
函館も、東京と同じく晴天だった。でも、空が近くて、きれいな気がする。海の街というイメージだったが、遠くには山々もつらなっている。
吹き抜ける風が少し、ひんやりする。
羽田便の到着二十分後に、バス乗り場へ集合。社員だけでなく、家族参加の人もいる。さらには、関西など東京以外からの集合もあったので、時間には余裕を持たせてある。
まずは、玲にメールだ! 携帯の電源、オン。
さくらは、今日の叶恵の行動を教えてもらえるよう、玲にお願いした。
函館観光も捨てがたいけれど、できたらランチ、さらにできたら自由行動も一緒したい!
幹事のさくらは、集合場所に早め待機。
なんとか、イップクを振り切った。あいつ、メロン味のソフトクリームをさっそく食べるとか言い張っていた。お子さまか? しかもこのあと、お昼ごはんタイムなのに。
だんだん集まってくる社員の点呼を取りながら、さくらは右に左に忙しく動く。
すると、さくらの電話が鳴った。玲かな? と思ったけれど……。
まずい、発信者は類だった。すっかり、忘れていた……! でも、無視するわけにはいかない。となりに立っている壮馬に『電話に出ます』と、ひとこと断ってから、おそるおそる通話ボタンを押した。
「もしもし……るいくん?」
『ねえ、さくら! 函館に着いたら、すぐに連絡してって言っておいたのに! だいじょうぶだったの? この、薄情者。ぼくがどんだけ心配したと思ってんのさ。大切な妻の安否を、イップクから聞くなんてどういうこと』
やってしまった……類を軽視していたわけではないけれど、しまった……まずい。弾丸ツアー、それに玲と叶恵さんのことでアタマがいっぱいだった(初めての飛行機のことも)。
「ごめん。類くんごめん、無事。そっちはどう? あおいや、お母さんは?」
イップクも、『着いたらすぐ、類に連絡しなよ』って、ひとことアドバイスしてくれればいいのに、密告か。裏切り者め。
『しかも、母さんの代わりに、玲がツアーに参加しているんだって? 浮気の匂いしかしないよ。私服の壮馬さんも、かっこよかったし……不倫なんかしたら、まじ許さない!』
ええと、嫉妬の塊と化した類の声が異様に大きくて、周囲に漏れまくりなんですけど……やだあ、恥ずかしい! 壮馬マネージャーに聞こえているし、失笑されているし。
「ほ……、ほんとにごめん。私、ツアーの幹事だから、仕事中! そろそろ切ってもいい?」
『じゃあ、大きな声で「今夜は、類くんのリクエストする体位に応えます」って言って』
「は、はい! 今夜は、類くんのリクエストする体位に全部応える! だから、ほんとに許して。また、必ず連絡します。お願い……あ、しまった!」
さくらの失言に、周囲の笑いがさらに広がった。
『あれが噂の北澤ルイの嫁か』『お盛んそうで』『明るいうちから体位だって』『やだぁ、体位』と、変な注目を浴びてしまっている。
くっ、類の陽動作戦+公開処刑に引っかかった。なんということ……!
『悪い子は、おしおきだよ……こっちは、心配いらない。あおいと皆は元気。母さんはぐうぐう寝ている。じゃあね、浮気は絶対禁止! すごくきっつい体位するから! いい声で泣かせちゃう! 覚悟してて』
一方的に類の電話は切れた。
この場を逃げ出したいが……そうもいかない。
「さくらさん、だいじょうぶですよ。はじめての飛行機で、緊張が一気に緩んだのでしょう。社長の具合は、どうでしょうか」
フォローの神、高尾壮馬降臨。
「……お母さ……じゃなかった、聡子社長は寝ているようです。このところ、疲れていたのかもしれません」
「そうですか、今日はゆっくりできるといいですね。社長のことは、ルイさんにおまかせしましょう。小さい子もいて、なかなか大変ですが」
「意外と、類くんは面倒見がよくて子ども好きですし、器用で要領がいいので、楽しみながらお世話すると思います」
「さりげなくご主人自慢ですか。では、さくらさんも仕事に打ち込めそうですね。社員も、そろそろ集まってきました、確認が取れた順に、バスへの誘導をお願いできますか」
「はい!」
『総務部』と、大きく書かれた腕章を受け取り、さくらは明るく返事をした。
***
函館ベイエリアまでの、シバサキバス。
さくらはご機嫌だった。なにせ、さくらのとなりの席は、壮馬マネージャー!
バスは便宜上、部署ごとに乗ってもらっている。
小姑のようなうるさいイップクと離れられて、くつろげるさくら。さらに、類へ密告でもされたら、許さん。全力で潰す。
「あ。海だ! 海ですよ、壮馬さん。きれいです。波が、きらきら光っています!」
「ごきげんですね、さくらさん」
「はい! この時間が、ずっと続けばいいなあって思います」
「私が、となりで申し訳ないですね。だいすきなルイさんと来たかったですね」
「そ……そんなことは、ありません!」
否定しつつも、動揺が見え見えだった。
「ツアーは、はじまったばかりです。元気のペース配分をお忘れなく。最後、ガス欠しないように」
いつでも冷静な壮馬。うーん。
「……了解しました」
離れてはいるものの、さくらの座っている席と、玲・叶恵の席は同じバスだった。ああもう、ふたり……くっつきすぎー! ヤメテ。
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