二代目勇者の迷宮攻略記録

ねこ

第1話:家で履歴書書いた後Web小説読んでただけなのに

 「折角ですし見せて貰いますね」


 そんな事を呟きながら二つ折りにしたそれを封筒の中から取り出す。

 所謂履歴書と言う代物だ。

 就職氷河期と言われるこの時代を生きる彼は一年前に働いていた会社の社長が倒れ、そのまま息を引き取った。

 中小企業であった故か社長の人徳もあっただろう、葬式では社長の家族のみならず社員一同涙を流し悲しみを露にした。

 小さな会社であった故に喪に服す間もなく、元々悪かった会社の状況はさらに悪くなった。

 一か月ほどで銀行から掛かってきた電話は残酷なもので口座を凍結すると言う内容。

 更にそれを知った次期社長であった筈の社長の息子は引き出せるだけの現金を下ろしたかと思うとそのまま行方を晦ませた。

 会社資金の持ち逃げだ。

 勿論この状態では会社運営など出来る訳も無くそのまま倒産してしまった。

 そんな経歴を持つ彼は今何をしているのかと言うと、これもある意味就職活動と言えるのだろうかはさて置き、面接であるのには間違いない。


「えっと、名前は柊タクト、年齢は36歳。工業系の高校を卒業後に大学進学するも一年で退学と。理由は両親のリストラによる学費不足。その後両親は年金生活に突入し生活は安定しタクトさん自身は両親の支援を行う事から一人暮らしの道へと。」


「資格は普通自動車免許一種に計算技術検定3級とワード検定3級ですか。工業高校らしいですね」


 そう言いながらも相手は履歴書に付属された職務経歴書にも目を通す。


「えっと、前職では苦労されてたんですね…」


 ぼそりと呟いた一言は何故だか疲労感に満ちているように感じた。


 彼――タクトと呼ばれた彼は姿勢良く椅子に座ったまま困惑の表情を浮かべていた。


「ああ、タクトさん。これ企業面接とかじゃないからそんな畏まらなくて良いんですよ?もっと気楽に気楽に」


「ああ、はい…」


 気楽にと勧めるタクトの前に居る相手に対し硬めの笑顔で答えるしかなかった。


「まぁ実際履歴書無くても判ってはいるんですよ、でも折角持ってたんですから使わない手はないですよね」


 そんな事を言いながら読み終えた履歴書を封筒の中に丁寧に直すとテーブルの上に置いてこちらを向いた。


「タクトさん、質問などありますか?」


 相手はタクトに対し質問を促すと、困惑した表情のまま口を開ける。


「てか・・・此処何処ですか?俺確か家でWeb小説読んでましたよね?」


 それを聞いた相手は想定通りと言った対応を取る。


「タクトさん死んだんですよ。死因は、ほら、えっと…トイレに行こうとして躓いて転んだ先がテーブルの角でして…頭部強打によるショック死ですね、はい」


「いや、ショック死ですねじゃないでしょ、こうやって生きてるし」


 余りに予想外の出来事に思わず声のボリュームを大きくしてしまう。

 しかしそう言う反応される事が判っていたのだろう相手は極めて冷静な反応を示す。


「だってここ、あなたたちの言う死後の世界って奴ですよ?この空間が現実って奴に見えますか?」


 まるで当たりを見渡すよう促すかのように手をゆっくり振る相手に釣られるかのようにタクトは視線を巡らせる。

 一面真っ暗で目の前にはテーブルがあり、何故か横には昭和に大流行したであろうブラウン管のテレビらしき物が置いてある。

 それ以外は何も見当たらない。


「まるで創作の世界であれば謎空間なんて呼ばれてそうな場所でしょう?」


 少しの笑みを浮かべながらそう言うとテレビの電源を押す。

 それからあれやこれやとダイヤルを回すと、それを見る様に促してきた。


「…は?これどうなってんの?」


 画面に映し出されたのはタクトが死ぬ直前からの光景。

 タクトは正に自分が死ぬ姿を見せられているのである。

 但し画面は荒い。

 何も言えず言葉を無くすタクトはそのまま映像が切れるまで無言であった。


「と言う事であなたは死にました。残念ですがこれは事実です。死んだ事自体は私にはどうにもできません。精々死ぬ直前より健康的で全盛期な魔力に溢れた肉体にする位です」


 気になるワードを感じるタクトではあったが、正直突然の死を突き付けられて混乱している。


「いや、マンボウじゃないんだからそんな簡単に死んで、って肉体がどうしたって?そりゃ死んだらどうにもならないでしょ」


 言動が多少怪しくなってきたタクトをなだめる様に飲み物を勧めると、相手はもう少し詳しい話をしましょうかと咳ばらいを一つ行うと、続きを話し始める。


「タクトさんがここに流れ着いたのは只の運です。本来は別の人を呼び転生して貰う予定でした。ですが、呼び寄せる時にたまたまあなたの魂がこちらに吸い寄せられた。つまり一人しか呼ばない筈だったのに結果的に二人呼んでしまった事になる訳です。おまけみたいなもんですね」


 突然のおまけ発言になおも絶句する。


「でもタクトさんはとても運が良い、転生させる予定だった人がギフト…えっと、今の人の言い方ではチートでしたっけ?それを何も要らないって言ってそのまま旅立っちゃったんですよね。だから本来使う分のリソースがそのまま残ってるのです」


 そう言うとテーブルの上に白い箱のようなものが光と共に現れる。


「ここまで言えば判りますよね?あなたはあなたが読んでいた物語のような世界に生まれ変わる事が出来ます。所謂異世界転生って奴ですよ、望むならその箱に触れて欲しいギフ…えっと、チートを思い浮かべてください」


 タクトの目の前にある白い箱はまるで存在感を表すかのように光り輝いている。

 自分が死んだと告げられ混乱していた所に転生するだのなんだのと説明され状況整理は思う様に出来ていないだろう。

 先ずは頭を軽く振り状況を整理する事にした彼は暫し考え込む。


「つまり、俺は死んだけど別の世界で生き返るって事だよな?しかもなんか肉体が健康的だの魔力なんだのおまけだの聞こえたけどその辺りは良く判らないけど気にする必要もない?考えても仕方ないかもな」


 独り言を呟くタクトはやがて考えを纏めると箱に向き直った。


「親より早く死んじまった不幸者って意味では悲しいもんだな…なあ、俺の両親は元気でやってるか?」


 一人っ子で恋人も居ないタクトにとって一番の気がかりであった両親について尋ねる。


「悲しんではいましたけど、お二人とも前を向いて元気に暮らしてますよ」


 それを聞いてタクトは決意する。


「そっか、じゃあ新しい世界で生きるのも悪くないか。これに触れたら良いんだろ?…っておぉぉぉぉ~~!!!」


 両手で抱える様に箱を持つとタクトの体は箱の中に吸い込まれるように消えて行った。

 予想外な事に変な声を上げながら吸い込まれるタクトを見送った相手はため息をつく。


「先に行った彼女が上手くやってくれると良いんですけど、彼に期待するのも悪くないですね。っと、欲しいチートはそれですか、そうですか」


 箱に手をかざすと光が一層強くなり、やがて落ち着きを取り戻した。


「この私、天使ファヌエルの世界をちゃんと守ってくださいね?」


 そう言うと天使は優しい笑顔を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る