#34:構築する
「……夕方、日の入り前って感じですかね……引き潮の砂浜といった風景……そこに、僕はいました。ぽつりと、佇んで。海を……見ていました」
必要に迫られたとは言え、完全なる虚構を今、僕は繰り出しているわけで。何かどんどん深みに嵌まっていくような……「予言」という得体の知れないものに思考を操られていくというか……大丈夫か、僕は。本当に。
静寂の部屋には、白い壁の色が滲んで、その中にいる僕に向かって迫ってくるかのようだ。居慣れた場所なのに、如何ともしがたい居心地の悪さ。自業とはいえ、何か尻の辺りが落ち着かない。
―砂浜。ですと、ここからなら……鎌倉、逗子、茅ケ崎辺りでしょうか? でもこの辺りと特定できるわけでも無いですよね。柏木さんが過去訪れたことのある砂浜ですものね。
さくらさんはまたしても僕の虚言を真剣に考えてくれているわけで。うーん、心苦しい。心苦しいから、僕はもう、絶対結果を出そう、という気持ちに傾いていた。
すなわち、「予言3」の成就に全力を尽くそうと。
「そ、そう言えば、沖のかなり近めの所に、島が見えました。……そのバックに富士山が見える……見えていた……ような……」
でも本当に大丈夫か? かなり不自然に攻めたぞ? 夕方ってさっき言ったのに、沖の様子とか、その遥か後方の風景とか、本当に見えるものなのか? その辺はもう、記憶がぐっちゃぐちゃに混ざり合わさっていて、とか言い訳するしかない。
とにかく僕は、知識として知り得ていた、覚束ないものを辿りにたどってそんな答えを導き出していた。もう行くしかない。たとえ、さくらさんに少し不審に思われたとしても。
―江の島。それは間違いなく、江の島だと思います。
意気込んでそう言ってくれるさくらさんの口調に、僕を怪しむ響きは無い……と思う。そして僕が誘導した通りの答えを返してくれた。本当に申し訳ない。でも、もう行くと決めたんだ、覚悟を決めろ!!
「……そこに、江の島に、行ってみてもいいでしょうか。もちろん、リハビリは今まで以上に気合いを入れてやりますので。二週間後くらいに」
僕は、殊更その場所に行きたいんだ、というニュアンスを言外に込めつつそう言う。記憶を取り戻すのが第一といった体で。
そして極めて怪しさ満載で、「二週間後」と、予言の示す「10がつ14か」に照準を絞りつつ。不自然感、ここに極まれり。我ながら自分の下手な芝居に愕然としてしまう僕だったが、
―いいですよ。私ももちろんご一緒しますし。あ、そうだ、江の島に行くのならシンヤ先生にクルマ出してもらった方がいいかもですね。何かごついの乗ってましたし。
何とかまた、さくらさんは乗ってきてくれたわけで。しかし……僕が油断していると差し出てくる、シンヤの影。そしてさくらさんはシンヤがどんなクルマに乗っているかを知っているんだ。まあ、それだけで親密さを測るのはどうかと思うけど。そうだよ、行き帰りの足として使っているのなら、病院の駐車場とかで見かけるわけだしね、と、僕はたったそれだけの事で思考が右往左往してしまうのだが。
落ち着け落ち着け。それよりシンヤ含めて三人で出掛けるなんて、考えただけでも怖気を震ってしまう。うーん、そんなことだけは何とか回避したい。
―シンヤ先生と言えば、今日こっちにいらしているそうで、柏木さんに会いたがってましたよ? そうだこの後、もしよろしければ面談でもいかがでしょうか……何か記憶の蘇生につながるかも知れませんしね。
僕のぐらぐらな頭の中も置いといて、さくらさんがそんな有難迷惑な提案をしてくれるのだけれど。おいおい、どんどん話がややこしい方向に向かっているような気がするよ。
ええーと、あのシンヤにいま会って、あの緩急自在なペースに巻き込まれない自信が無い。でもここで頑なに拒むのも何か変だよな……相変わらず、僕の思考は七転八倒気味なわけで。どうしよう?
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