いつか、俺が俺を好きであるとき

gaction9969

#00:黙考する



 「記憶」が人間を司っている、そして、人間をかたち作っているとは、言えないだろうか。


 視て、聴いて、嗅いで、味わって、触れて。確かにあると感じる肉体。だけど、ただそれがあるというだけでは、人間が、人間として成り立っているとは言えないと思う……気がする。そこに介在する……「記憶」が、必要なはずだ。


 もちろん「精神」と「肉体」、そのような分けかたの方が自然、あるいは一般的かも知れない。精神は肉体に宿る、といったようなことも、太古から言われているが。


「精神」、それはあるいは、「意識」。


 「意識」は確かに存在するものだ。そしてそれが特に人間にとって重要であることも、何となくではあるが納得できる。失ってしまったのなら、肉体をも、完全に自分の制御下から離れてしまうから。


 それとは違って「記憶」は失っても別にぶっ倒れたりはしない。


 ……ただ、自分が自分であることを確かめることが難しくなるだけだ。 


 漫然と無意識に、あるいは意図的に、覚えたり、忘れたりして人間は営みを形成している。生活を、社会を、世界を。


 その全てを、記憶が媒介していると言い切るのは、乱暴だろうか。


 記憶。それは、自分の「世界」。自分が自分の中に作り上げた、自分だけの世界。他者との共有は……おそらくは完全には出来ない。自分だけの孤独な世界、それが記憶。


 記憶を失ったとしたら、自分は、自分を保てるのだろうか。肉体は失う前と変わらない肉体だったとして、意識も変わらないままでいるとして、ただそこに宿る記憶が、突如ほとんど失われたとしたら。


 それは果たして、「自分」なのだろうか。

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