cASE_NO:000-5-edD Of BEginninG-[INTERLUDE:Ⅱ]
cASE_NO:000-3-edD Of BEginninG-[INTERLUDE:Ⅱ]
魔都、と呼ばれる街は数あれど、日本に存在する魔性の都市はそう多くはない。
その中の一つである東京には、その魔力の密度を濃縮したようなエリアがいくつかある。
その一つ、東京都新宿区。
中心に存在する新宿駅の東側、そこし離れた場所の高架下に造られた歓楽街の隅に、それはひっそりと存在した。
「おはよー」
感情の抑揚のない、まるで挨拶する気などさらさらないような間の抜けた声。赤と白のあしらわれた子供向けのワンピースに身を包んだその人物が、入り口の扉を引き開け入り口からその声を飛ばしたのは、同じ日の夕刻のことだった。自由が丘近辺では
「お?きたなりりす。おはよう」
「あれー?ワトソンだけ?」
「今はホームズが仕込んでるからね。まだ半々営業だから」
「あ、そっか。いつもより早く来ちゃったー」
「なら、何か夕飯がてらに食べていくかい?何がいい。作るぜ」
「え、じゃー。マルゲリータ」
「はいよ。いつものな」
りりすと呼ばれた来店客が訪れたのは、ベーカリーとバー営業を主とする飲食店『B221』だった。
ホームズと名乗る店主がおり、パートナーにワトソンというパン職人がいる。
新宿界隈では知る人ぞ知る店となっていた。
「ワトソン、あげてー」
「ああ、はいはい」
そう広大ではない店内の飲食店としての機能はカウンターバーであるため、店内にこの時に設置されたカウンターにはハイチェアーが並んでいる。身長の低いりりすは、来店のたびに誰かにハイチェアーにあげてもらっていた。偶然にも店内には販売されているパンを物色する女性一名とワトソンしか見当たらなかったため、りりすはワトソンを名指した。
「よ、っと。相変わらず軽いなぁ君は。普段ちゃんと食べてる?」
りりすをハイチェアーに乗せたワトソンが言う。
「食べてるよう。ここのパンとお肉」
「そうか?ならいいんだけどさ。あ、そういや新作が一個あるのよ。牛サイコロステーキのコンフィ」
「食べたい」
「ぜひ味見してくれ」
「うん」
推定外見年齢40代前半のワトソンと同10歳程度のりりすの二人がそうしている光景は、まるで親子のそれのようだった。
「お、嬢ちゃんきたかい」
ワトソンがちょうどりりすを席に着かせたタイミングで、奥の厨房から一人の男性が顔を出した。そのタイミングで、パンを物色していた女性が心をきめたらしく、いくつかをトレイに乗せてレジへ赴いたため、ワトソンはそちらに対応するためりりすの席を離れる。
「うん。でもちょっと早かったかな」
「問題ねぇぜ。こっちも準備は万端だ」
「みーちゃん?」
「おう…よ…いっしょっと」
厨房から出てきたホームズは無精髭を生やしていつつも清潔感ある身なりに整えている。やや着崩したスーツスタイルのバーテンといった感じだ。年齢はワトソンよりやや上だろうか。葉巻が似合いそうな見た目をしている。
そんな外見にも関わらず、気合の一言と共に奥から引っ張り出してきたのは似つかわしくないピンクのキャリーケースだった。
「みーちゃんだ!!元気?」
「おうよ。もう万全だ。今日も散歩よろしくな」
「やったねぇみーちゃん!今日もよろしく!」
ホームズがカウンターからフロアに出て、りりすの隣にそのキャリーケースを置くとりりすは心底嬉しそうな声色で、しかし表情はあまり崩さずにキャリーケースに向かって語りかける。すると。
“…がた……がたがた……”
と、それがひとりでに揺れる。
「ふふー。楽しみ。それで、今日のコースは?」
「今日は特に指定なし。好きにいってきていいぜ。ただ…」
「??」
「あのめんどくせぇ奴らが、ちょっと活性化してるみてぇでな。そういう動きが街にないか見てきて欲しくはある」
「そっかー。奴らって、UOE?」
「そう。大正解」
「めんどくさ」
「だよなぁ。気持ちは変わるけどよ、頼むわ。あ、今日もグレープ系のスムージーでいいのか?」
「今日はさっきマルゲリータ頼んだからジンジャーエールがいい」
「辛口?」
「うん」
「OK」
言うとホームズは、りりす正面のカウンター裏からグラスを取り出し氷をいくつか放り込んで、そのままの流れで瓶のジンジャーエールを取り出して手早く栓を抜いて注ぎ込む。注がれる炭酸の弾ける音が小さいのは、きちんと瓶が冷やされていたからだろう。
「ほい」
コースターを敷いたストロー付きのグラスと、やや中身の残った瓶がりりすの前にサーブされる。
「ありがとー」
するといつの間にか厨房で支度をしてきたらしいワトソンがマルゲリータを持ってくる。
「どうぞっと」
「わーアツアツだー」
「焼き上げだからなぁ。今日の一枚目。あちこれほら、少しだけど牛サイコロステーキのコンフィ」
「わお」
りりすはマルゲリータに心惹かれつつも、備えられたフォークでコンフィを一切れ口に放り込む。
「アチー」
と、言いながらも咀嚼していくりりす。
「…どう?」
ワトソンが楽しみそうに、しかし少し不安そうに問いかけると。
「……これはうまいです。いつもやろうよ」
「よっし!ホームズ、新作がりりすの舌に勝ったぜ」
「隣で見てたわ。良かったな」
「うまうま」
そういって、マルゲリータに食らいつき時折コンフィをつまみながら、ジンジャーエールが半分ほど減った頃。
「こんばんわ」
と言う声が、ドアの開く音の後に響いた。
「…あれ礼以くんじゃん。今日仕事の連絡言ってたっけ?」
「あ、いえ。今日はちょっと、買取に」
「ああ、OKOK」
ホームズが対応すると、それだけで来訪理由がわかったらしい。
「あ、りりすも来てたんだ。こんばんわ。みーちゃん元気?」
「おはよーれいくん。元気になったー。この後お散歩」
「そっか。気をつけないとね」
「周りがねー」
「あはは」
顔なじみのようで、そんな会話に花が咲く。
すると、礼以と呼ばれたその人物の前に氷の入った水をサーブしながらホームズが立った。
「オーケイよ。暇だから今のうちに用件聞いちゃうわ。どんなの?」
「実は…」
その夕方は、各地でいろんなことが起きていた。
もし世界に指揮者がいるなら、演奏を始めた瞬間のように。しかしそれは、沈む太陽のようにゆっくりと、ひっそりと始まっていく。
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