cASE_NO:000-3-edD Of BEginninG-[Adara-part:B]
「
「ううん。今日は研究棟」
「そっか、ならあたしは検証棟だからここで……あーのーえーっと、一緒帰ったりする?」
「……いいけど……何急に?可愛いこと言っちゃって」
「い、いいじゃんかたまには」
「別にいいんだけどさ。じゃ、終わったら連絡して。私もするから」
「おう」
斑鳩総研枢機院に到着した二人は、そんな会話をしながら、各々の目的がある施設に向かおうとしていた。
その時である。
「縫至答!」「君塚!陣!」
ほぼ同時。
そしてそこから遅れることコンマ何秒かというほど、ほぼ同時に君塚子々吏の陣が展開され、空が紫色に変化し、四方と頭上に紫色の平面が展開する。外側も透けてみるが、通行人の誰もが全く意に介していない。いつもの展開される陣である。
「くっそ。完全に油断してた」
「施設内でもこんなことあるなんてね」
「ってかさ…あたしらなんか狙われるようなことしたか?」
「さあ……それは、さっきのやつを撃ってきたあの人に聞くしかないでしょ」
そんな陣の中でぼやくように会話する縫至答と君塚。
その正面。陣の中にあって不敵に、不気味に笑う、Tシャツのラフな姿の男が立っていた。下半身には、所々破けている個性的とも言えるジーンズをまとっている。おそらく一般的には第一印象として票を集めるのは完全なチンピラの下っ端のイメージだろう。
「……ったく。ガキのくせに冷静だな。せっかくお膳立てしてやったんだから、しっかりビビってくれねぇとつまんねぇじゃねぇかよ」
チンピラそのもののような見た目にも関わらずラスボスっぽく言い放つが、二人が臆することはなかった。
「こんなところでぶっ放すなんて度胸あるなあんた」
君塚は臆さずに、しかし向こうが投げてきた会話を受け取るつもりはないらしい。
「こんなところだぁ?ああ、斑鳩の敷地内ってことか。まあ別に、俺には関係ねぇからな」
「何の用ですか。いきなりあんなことしてきて」
「ああ?ああ、大丈夫大丈夫。当てるわけねぇから」
「すごい自信」
「たりめーだろ。年季が違うわ。んでだ…えっと」
ポケットに突っ込んでいた片手がゆっくりと出てきたと思えば、その手にはハガキ大の何かが握られている。
「こいつ……じゃねーじゃねぇか」
「…写真?」
「おうよ。こいつ」
チンピラは、二人に見えるかどうかギリギリのところでその写真を翻してみせる。縫至答と君塚は目が悪くはなかったことが幸いしてなんとかその写真にアップに映されていた人物の人相を判別した。
「…りりあん?」
「あ?ちげーよ。華厳って奴」
「ああ、そっか。そりゃそうか」
「こいついねーんだったらそれこそ本当に意味ねーわ。けど、知り合いではあるってことか?」
「知ってはいる。けど、それが何。なんで華厳を探してるの」
「ん?探してんのは俺じゃねーんだけどな。うちの兄貴がよ、ちょっと前からこいつスカウトしたいらしくてよ」
「スカウト?」
君塚が眉間に皺を寄せて問い返す。
相手に何かしらの攻撃を繰り出すような素振りや極端に攻撃的な態度は見て取れない。本当に華厳を目当てに接触してきたのだろうか。
「おう。うちらちっと変わったチーム?みたいの組んでんのよ」
「チーム…」
縫至答が、何かしら思い当たるところでもあるかのように呟いたが、その独り言は小さすぎて、隣に立つ君塚の耳にすら届いてはいないようだった。
「そこのまあ、リーダー的なやつがなんか最近こだわってんだよな。こいつの能力がなんか欲しいらしくて」
「りりあんの能力…」
「まあ、いいわ。今日は外したってことで。あ、おめーら知り合いなら、よろしく伝えといて。近いうち挨拶しに行くからよってな」
言うだけ言ってその場から立ち去ろうとする男。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
縫至答の静止に、男は一瞬歩みを止める。
「ああ?んだよ。なんか用かよ。俺このあと飯行くんだけど」
「あ、あなたの言ってるチームって、なんて組織?」
「組織…そんな大げさなもんじゃねーけど。或終同盟、って名乗ってはいる。おめーら斑鳩に関わってんだろ?なら多分、聞いてみたらすぐどんなもんかわかるぜ」
「あんた、名前は?」
「俺?……まあいいか。俺は
「さいきしゅうや…」
「おうよ。じゃあな、酉乃刻のねーちゃんたち」
後ろ手にひらひらと手を振って、気だるそうに歩き去る男ー祭紀。君塚は厳重に警戒しつつも、展開していた陣を解いた。祭紀は一瞬立ち止まり空を見上げるが、何か納得したように歩き去って行った。
「…君たち」
陣を解いて、祭紀が敷地内を出て行くのを見送った頃、二人の背中に声をかける人物がいた。
「え…せ、先生」
縫至答が「まずい」とでも言いたそうな珍しい声色で返事をしつつ振り返る。
「どう言うことか、この後説明よろしくね」
「え、えーと」
縫至答の気まずそうに何か言いたげだが、続きはなく、君塚のため息だけが響いた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
唖然としていた縫至答と君塚の二人は、帝智に声をかけられて、ハッとしたところだった。
「全く。何があったかはこれから聞くけど、せめて陣は敷地外で展開しようね。こんなにすぐ出られる地点なんだから」
「はーいすんません」
「本当にわかってるかな?君塚くん」
全く悪びれる様子のない君塚に帝智はその様子をすぐ察知して指摘を放つが、それでも君塚に動じた様子は認められなかった。むしろ、いつもの小言だ、というような雰囲気さえ漂っている。
「わかってるってば。いきなりかまされて咄嗟に張ちゃったんだよ。周り関係ない人間も多いしさ」
自らを研究、診断する研究者相手に、ここでも相変わらず敬語は存在しない。
「一旦敷地外に退避するという発想はなかったのかね?縫至答くん」
「……すみません」
対する縫至答は対照的に、まるで海の父親に謝るかのよう、そんな謝罪の言葉とともに姿勢正しく慇懃に頭を垂れる。
「とはいえまあ、過ぎたことは仕方ないか。では、牟峯来監視官」
「はい。お初にお目にかかります。斑鳩総研治安管理部管理監視班の牟峯来 咲等と申します。私立酉乃刻高校3年生の縫至答乃様と同2年生の君塚子々吏様でお間違いございませんでしょうか?」
「はい」
「おう」
長年斑鳩総研に通い続ける二人でも初めて対面する新顔に、しかし不審がることも臆することもない縫至答と君塚。
「それでは、この後簡単ではありますが、今回の件につきまして事情をお伺いいたします。なお、施設内における無許可でのMG発動案件のため、拒否権はありません。御二方の主任研究員でもある帝智先生も合わせ、同行願います」
「わかりました」
「……はいよー……」
君塚が気だるそうに返事をするが、
「もちろんだ。さあ行くぞ二人とも。君塚君が先に聴取だ。終わったら検診に向かってもらって構わんからね」
「はーい」
「すみません」
「別に罪になるわけじゃないよ。僕も途中からは目撃していて、君たちに明らかな一方的な攻撃の意思がなかったことは見て取れたからね。だろう?牟峯来くん」
「それはそうですが結論は聴取後です。場合によっては懲罰もあり得ますし、場合によっては協力してもらうことになる可能性もあります。まずは事情を精査させていただいてからです。それまで安易に結論づけるような発言は控えてください」
「堅物だねえ。管理部は」
「研究者のお方の方がそうであるべきと思いますが?」
牟峯来の嫌味が、オブラートに包むなどと言う配慮などまるで知らぬ存ぜぬといった勢いで帝智に放たれる。
「…それはそうなんだけどね」
四人はそのまま歩を進めて、研究棟の手前にある管理部棟に通された。
そこはやや大仰な作りで、瀟洒な内装が施された、中世の趣を感じさせる建築物だった。研究棟の管理されたくしつさとは全く違う。
「それでは、武力行使はありませんでしたので応接室へお通しいたします。君塚様は私と、縫至答様は帝智教授と隣の応接室へお入りください」
「……ヘーイ」
「わかりました」
「聴取は僕が?」
「いいえ、後ほど伺います。君塚様は検診もあるようですので先にという判断です」
「ああ、なるほど」
「では後ほど」
「はいはい。じゃあ、縫至答くん、今日聞きたいことがあるっていってたよね?先に伺おうか」
「あ、いいですか」
「時間勿体無いし」
「そうですね。いいですか?」
縫至答が牟峯来に疑問を投げる。
「構いません。ただ、こちらが終わり合流次第、こちらの要件を優先させていただきます。ご了承ください」
「もちろんだ。じゃ、行こうか」
「はい」
それぞれがそれぞれの部屋に入っていく。
彼女たちには見えていない、少しの世界の輪郭の遠隔観察が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます