第130話
それから一年後――冬の白月に、ジュリエットとオスカーの結婚式が執り行われることとなった。
予想したとおり、ふたりの結婚に関して口さがない噂話をする者もあったが、国王が承認した結婚に表立って文句を言えるはずもない。
そして何より、信頼し合い大切にし合っているふたりの様子が、それらの噂を年月とともにかき消していくことだろう。
――その日はまるで女神が祝福しているかのような白い雪の舞い散る、寒く美しい日だった。
支度を終え、花嫁の控え室で静かに式の開始を待つジュリエットのもとに、エミリアがやってくる。
「失礼します。――うわぁ、ジュリエット、とっても綺麗!」
白いドレスに白いヴェール。一年前より大分伸びた髪を綺麗に編み上げ、ダイヤモンドのあしらわれたティアラで飾ったジュリエットを前に、エミリアが目を輝かせる。
「エミリアさま、今日はよろしくお願いしますね」
エミリアには今日、ジュリエットの付添人としてヴェールを持ったり、花弁を撒いたりする役割を任せている。
可愛らしいピンクのドレスに身を包んだエミリアが、気合い満々で頷いた。
「もちろん、任せておいて!」
十三歳になった彼女は、相変わらず無邪気で愛らしい。
けれど、大きな変化もあった。
昨年行われたジョエル王子の誕生日会で、エミリアがファーストダンスの相手に選ばれたのだ。
以来、エミリアはジョエル王子と文通でのやりとりを続けている。近く王子がお忍びで、アッシェンに遊びにやってくるということだ。
ジョエル王子にはまだ婚約者がいない。そのため社交界では、エミリアが将来王子妃になるのではないかと噂され、年頃の令嬢やその親たちは戦々恐々としているようだ。
将来のことはまだ分からないけれど、母親としてはエミリアが幸せな結婚をしてくれればと願うばかりだ。
「さっきちょっと聖堂を覗いてきたんだけど、お客さまがたくさんいらっしゃってたわ。皆、ジュリエットとお父さまをお祝いに来てくれたのね」
「ふふ。ありがたいですけれど、少し緊張しますね」
「わたしも、ちょっと緊張してるわ」
微笑み合ったその時、扉が外側から叩かれる。
「ジュリエットさま、お式の準備が整いました」
修道女が呼びに来たのだ。
ジュリエットは腰掛けていた椅子から立ち上がり、用意されていた花束を抱える。
オスカーが用意してくれた、赤い薔薇をあしらった華やかな花束。鮮やかな深紅が、白いドレスによく映える。
「それでは参りましょうか、エミリアさま」
「ええ!」
廊下に出た二人は、修道女の先導に従って聖堂へ向かう。
歩みを進めるたび荘厳なオルガンの音が近づいてきて、やがて大きな扉の前に辿り着いた。
内側から、扉が開け放たれる。
招待客たちの視線が一斉に花嫁姿のジュリエットに向けられ、そこかしこから小さなため息が漏れ聞こえた。
ゆっくりと、身廊を歩いて行く。その後ろを、ヴェールの裾を持ったエミリアがついて行く。
やがて壇上にいるオスカーのもとに辿り着いた時、聖堂に司祭の厳かな声が響き渡った。
「オスカー・ディ・アーリング。汝はこの女性、ジュリエット・ディ・グレンウォルシャーを妻とし、幸せな時も困難な時も、共に助け合い、互いを愛すると誓いますか」
「誓います」
柔らかく、温かな声音だった。
「ジュリエット・ディ・グレンウォルシャー。汝はこの男性、オスカー・ディ・アーリングを夫とし、幸せな時も困難な時も、共に助け合い、互いを愛すると誓いますか」
「誓います」
幸せに満ちたジュリエットの声に、司祭が微笑んだのが見えた。
「それでは、誓いの口づけを」
オスカーがジュリエットの顔を覆い隠すヴェールを上げる。
氷色の瞳が、まっすぐにジュリエットを見つめていた。
時が止まったような心地だった。
時間にして、僅か数秒。しかしその沈黙の中で、ふたりしか分からないいくつもの想いが交わされる。
ここに至るまで、たくさんの出来事があった。
決して平坦な道のりでも、幸せな道のりでもなかった。
それでもジュリエットは再び、彼の手を取ることを望んだ。
「愛している――ジュリエット」
「わたしもです、旦那さま」
ふたりの唇が静かに重なり、そっと離れていく。
割れるような拍手と歓声の中、司祭が高らかに告げる。
「汝らの誓いを、我らが母スピウス女神は聞き入れられました。互いにこれを忘れることなく、いずれ神の御許へ召されるその日まで、互いへの愛と尊敬を持って支え合いなさい」
(おめでとう、ジュリエット。――もう、あなたひとりでも大丈夫ね)
祝福のベルが鳴り響き、頭のどこかで優しい声が聞こえる。それきり、彼女の声はもう二度と聞こえなくなった。
その日、フォーリンゲン子爵令嬢ジュリエットは、氷の伯爵と名高いアッシェン伯爵の妻となった。
長い長い冬を経て――アッシェンにようやく春がきたのだ。
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