再会

『あぶくたったの事件』。私の中でそう命名したあの出来事があってから、一週間が経った。あの後家に警察がやってきて、今も捜査を続けているけど、何か分かったと言う話は聞かない。犯人はおそらく、人間じゃない別の何かなのだから、進展しないのも当たり前だろう。

 きっと事件は、このまま迷宮入りにするに違いない。幸い、部屋の中がひっちゃかめっちゃかに荒らされただけで、無くなったものと言えばぶりの煮つけくらいだったから、まあ良しとしよう。一歩間違えたら私の命が無くなっていたかもしれない事を考えると、助かっただけまだマシだ。


 あの後三日くらいは怖くて仕方が無かった。もう高校生だと言うのに、一人で寝るのが怖くて、両親の寝室に布団を持ち込んで一緒に寝たりもした。

 寝る時枕元には、『怖くない音』をびっしりと書いたメモ帳が置いてある。もしまたナニカが来た時は、今度こそネタ切れにならないように。怖くない音が言えなくても、ご飯の在りかを言えば良いのだけど、それでもできる限りの警戒はしておきたかった。


 遊び半分で私に『あぶくたった』を歌わせた友達には怒りもしたけど、それもようやく落ち着いてきて。今日は一人、町の本屋さんへ買い物に来ている。そしてそこでふと、懐かしい顔を見つけた。


「浜田先生!」


 そこにいたのは、懐かしいかな浜田先生。保育園を卒業してからもう十年経ったけど、当時の面影があって、尚且つ最近、浜田先生の事は凄くよく思い出したばかりだったから、私はすぐに気付くことができた。

 浜田先生の方はすぐには思い出せなかったみたいだけど、名前を言って自己紹介したら、「ああ、あの怖がりだった亜子ちゃん」と言ってくれた。けど、第一声が怖がりって。私ってそんなに、怖がりって印象が強かったんだね。決して否定はできないけど。


 それから私達は、今はどの学校に通っているかや、今も保育園で先生を続けているなど、近況報告をし合って。その後私は、あのことについて聞いてみた。


「そう言えば先生、覚えていますか? 昔私が、『あぶくたった』の歌を怖がっていた事」

「ああ、そう言えばそんな事もあったわねえ」

「もしオバケが家の中まで入ってきたらどうしようって怖がっていたら、教えてくれましたよね。『ご飯は冷蔵庫にある』って言えば、オバケは帰ってくれるって」


 あの時聞いていたおかげで、この前命拾いしたんですよ。そう言おうとしたら。

 その前に先生が、懐かしそうな顔をしながら口を開いた。


「そう言えば、そんな事もあったわねえ。ただの作り話なのに、亜子ちゃん本気で信じちゃうんだもの。可愛かったわあ」

「……はい? 作り話?」

「ええそうよ。亜子ちゃんがあんまり怖がっていたものだから。これは何とかしなくちゃいけないなって思って。とっさに口からデマカセを言ったのよ。ごめんなさいね、もうわかっていると思うけど、そもそも『あぶくたった』を何度もやっていると、本当にオバケが出るって話も、もちろん嘘だから」

「ええーっ?」


 驚いて思わず声を上げる。嘘って……でも現に、プロセスは少し違うけど、オバケと思しき何かは家にやってきて。先生の言った通りの事を言ったおかげで、助かったんだけど。


「あら、もしかしてまだ、信じちゃってたの?」

「ま、まさかー」

「そうよね、もう高校生だものね。ほほほほほ」

「は、はははは」


 実際に、もう大分前には、浜田先生の言っていた事は嘘なのだろうとは思っていた。ただ最近になって、あれは本当だったんだと思ったばかりで。なのにアレは全部嘘だったって、いったいどういうこと? それじゃあうちに来たアレは、いったい何なの? 私は先生が言った嘘を信じて、『ご飯は冷蔵庫にある』って言ったけど、それで助かったのは偶然だったの⁉


 色んな事を一度に考えて、頭がパンクしそうになった私は、後はもうひたすら、愛想笑いを続けるのだった。

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