やってきたナニカ

 どれくらい眠っていたのかなあ? 暗い部屋の中で、私は突然目を覚ました。

 真っ暗だから時計も見えなくて、今何時なのかわからない。枕元にスマホを置いていたはずだけど、手探りで探してみても空振りするばかり。別にいいんだけどね、何時かわからなくたって。


 だけどそう思った時、ふと耳に、何かの音が聞こえてきた。


 トントントン


 瞬間、私は凍りついたように動けなくなった。

 今の音、なに? 部屋の外から聞こえてきたみたいだったけど。


 もしかして、誰かが玄関のドアを叩いた音だろうか? いや、二階にあるこの部屋から玄関までは離れているから、ドアを叩いた音が聞こえてくるはずがない。でも、それじゃあ、なんの音?


 昼間、友達が言っていた話が思い出される。『あぶくたった』の歌を歌って、じゃんけんで負けた子の家に、夜怪物がやって来るって話を。まさか、まさか本当に?


 そんなはずがない。そう思ってはいるけど、やっぱり怖い。震えながら私は、ブログに書いてあった……昔浜田先生が言っていた、あの言葉を叫んだ。


「風の音!」


 実際怪物が来たかどうかは分からないけれど、この言葉を口にすることで襲われなくなるなら、何度でも言ってやる。

 言葉を口にした後、部屋の中を沈黙が支配する。もしかしたらさっきのは、空耳だったのかも。そう思いかけたその時。


 トントントン


 再び、ドアを叩いたような音が聞こえてきた。これはもう、空耳なんかじゃない。何かが、玄関のドアを叩いているんだ。

 待って。落ち着いて。ドアを叩いているのは、何も得体の知れない怪物とは限らない。もしかしたらお父さんかお母さんが帰ってきたのかも……いや違う。お父さんやお母さんなら、ドアを叩いたりしない。それじゃあいったい……

 音の正体について考えようとしたけど、はたと気づく。いけない、ドアを叩かれたらこの度に、怖く無い音を言わなくちゃいけないんだ。


「犬が来た音!」


 慌てて叫ぶように返事をする。だけどまたすぐに。


 トントントン


「猫が来た音!」


 トントントン


「空き缶が転がった音!」


 トントントン


「郵便屋さんが……こんな夜に郵便屋さんが来たりしたら、怪しくて怖いかも。鳥が羽ばたいた音!」


 そう答えた後、しまったと思った。なんで鳥なんて、範囲の広い物を答えちゃったんだろう? カラスやハトって細かく分けていたら、答えられるバリエーションが増えていたのに。後何回返事をしなきゃいけないのか分からないのに、これは痛い。


 だけど後悔してももう遅い。その後もドアを叩く音は何度も聞こえてきて、その度に私は返事をしていったけど、だんだんと答えるのが難しくなっていく。

 時間をかけて、冷静になって考えたら、音なんていくらでも浮かぶだろうけど、こんな状況じゃあまともに考えることもできない。


 トントントン


「ええと、ええと……ダメ、もう浮かばないよ」


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、とうとう何も答えられなくなってしまった。すると今までしていたトントンと言う音とは違う、ドンッと言う大きな音が、玄関の方から聞こえてきた。

 何かが家の中に入ってきたんだ。


「な、なに? 何なの!?」


 震えながら耳を澄ましてみると、一階の方から、なにやら激しい物音が聞こえてきた。物をひっくり返したような、何かが割れたような、とても怖い音。

 家の中に入ってきた何かが、暴れているの? もしかして、私を探しているんじゃ?


 この家はそう広くない。見つかってしまうのは時間の問題だろう。

 私は慌てて、近くにあるであろうスマホを、手探りで探す。お父さんでもお母さんでも、警察でもいい。とにかく誰かに連絡して、助けてもらいたかった。だけどようやく見つけたスマホの画面を見て、私は凍りついた。


「うそ、なんで!?」


 アンテナの表示は、どういうわけか圏外になっている。もちろん今まで、家にいて圏外になったことなんて一度もなかったのに。それでも震える指で、お母さんに電話を掛けてみたけれど、やっぱり繋がらない。


「なんで? どうして繋がらないの? 誰でもいいから、電話に出てよ」


 何人かに電話を掛けてみたけれど、結果は同じ。いっこうに通じる気配はなくて。そうしている間にも、一階からの何かが暴れているような物音は、依然止まない。


 どうしよう? このままじゃいずれ、この部屋にも来ちゃう。そうなる前に逃げる? でも、どうやって?

 外に出るためには一階に降りなければいけないけど、その一階には何かがいる。それじゃあ、ベランダから飛び降りる……そんなことをしたら怪我しちゃう。それにもし、飛び降りた時に音がして気付かれたら、やっぱりアウトだ。それじゃあ、どうすれば……


 そうして考えていると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてきた。一段一段、ゆっくりと。一階を探し終わった何かが、今度は二階を探しに来たんだ!

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