浜田先生

 あれはたしか浜田先生に、『あぶくたった』で遊びすぎると、本当にオバケが出るって脅かされた後の事だった。その話を聞いて以来私は、いつかオバケが来ると怖がっていたっけ。

 その結果、保育園でのお昼寝の時間、先生の言うことを聞いてすぐに遊ぶのを止めるようになったのはよかったけど、寝ている間にオバケが来るんじゃないかと思って、怖くて眠れなくなっちゃってた。


 布団に入ったは良いけど、いっこうに眠れない。眠ったらオバケがきそう。毎日そんな事を言う私を見かねて、浜田先生がこう言ってきたのだ。


『亜古ちゃん、ちゃんと寝ないとダメでしょう。あんまり言うこと聞かないと、押し入れに閉じ込めるわよ!』

『だ、だって先生。この前『あぶくたった』で遊んじゃったから、寝ている間にオバケがくるかも……』

『ああ、その話……大丈夫よ。オバケがトントンってドアを叩いても、その時は『風の音』って言えば良いの。そしたら、オバケは中に入ってこれなくなるのよ。亜子ちゃんが寝ている間に、オバケがドアを叩いてきたら、先生が返事をしてあげるから。安心して寝なさい』


 いつもは怖いと思っていた浜田先生が、とても頼もしく思えた瞬間だった。

 だけど今にして思えば、あの時の先生は私を寝かしつけるために、咄嗟に口からデマカセを言っただけなんじゃって思う。だってそれまで、そんな話は一度もしたことなかったんだもの。

 だけど今日、オカルトブログで見た対処法と、浜田先生が言っていた対処法は同じだった。お化けがやってくる経緯こそ違っていたけど、対処法は同じ。と言う事はもしかして私が知らなかっただけで、これって有名な話なのかな? そう思って自分のスマホでも調べてみたけど、あのブログ以外で『あぶくたった』の怖い話は、一切出てこなかった。

 こうなるともう、オカルトブログで言っていた事や、浜田先生が言っていた事が、本当かどうかすら疑わしい。対処法が同じだったのは、ただの偶然かのかも。

 だいたい、オバケなんて本当はいないんだから、気にする必要もないんだけどね。


 だけど、どうしてこうも引っ掛かっちゃうかな? 

 オカルトブログを見た日の夕方、私は家に帰ったけど、昼間の事が頭から離れないでいる。忘れようと思っているのに、気がつけばついつい考えてしまうのだ。


 私の両親は共働きで、今日は二人とも夜遅くまで帰ってこないと言っていた。そう広くも無い家だけど、一人だととたんに寂しく感じて。二階の部屋でスマホをいじっていても、外から聞こえてくる少しの音にも反応してしまう。今にも誰かが玄関のドアを、トントンと叩いてくるんじゃないかって、つい思ってしまうのだ。

 高校生にもなって、あんな子供だましの怪談を気にしてしまうだなんて、情けない。どうやら直ったと思っていた私の怖がりは、いまだ健在だったみたいだ。


 よくある作り話なのだろうけど、なぜかぬぐいきれない不安感。お風呂に入っていても、何かが訪ねて来るんじゃないかって思ってしまうし、気にしすぎて食欲もなくなった。

 晩御飯は大好きなブリの煮付けだったけど、味なんて分からなくて。半分を食べたところで、もういいやと残してしまった。

 残った料理にラップをかけて、冷蔵庫にしまって、それから歯を磨いて。


 今日はもう何もやる気が起きない。宿題もなければ、見たいテレビもないし、いつもならまだ起きてる時間だけど、こんな日は早く寝てしまおう。

 家中の電気を消して、自分の部屋に戻った私は、そのままベッドにダイブした。『あぶくたった』のことを気にしてしまうのは、古いトラウマが呼び起こされたせい。でもきっと、一晩寝れば平気になるはず。

 早く眠って……忘れて……しまおう…………


 まだ早い時間なのに、眠気が襲ってくる。

 私はゆっくりと、眠りの中に落ちていった……

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