社会不信を招く告白
保健室のドアが勢いよく開かれた。
思考の耽っていつの間にかテーブルに突っ伏していた摂は、突然の衝撃音に眠りから覚め首を竦ませた。
睡眠を邪魔されて、恨めし気にドアの方を振り向く。
憤りの籠った北里の目と対する。
「どういうことだ」
完全な命令口調で北里は説明を求めた。
「何の話だ?」
「哲から聞いたぞ。前々からペストの発生を予見してたそうじゃねーか」
いきり立って言う北里に、摂は億劫そうに溜息を吐く。
「哲がお前に話したのか?」
「ああ、さほど重要でもないように教えてくれたよ」
「私が憎いか?」
摂は椅子の上で北里に向き直って、いくらでも非難を浴びよう覚悟の言い訳を諦めた表情で問い返した。
北里は眉を寄せてしばし考え、問いに答える。
「憎いというより腹が立った」
「腹が立ったか。怒らせてしまってすまない」
淡く微笑んで摂は謝った。
「謝るより先に説明をくれ」
「それもそうだな。白状しよう」
頷いて事情を話し始めようとした時、北里の後ろに哲が息粗く現れた。
「ごめん、姉さん」
保健室に姉の姿を見受けるなり、哲は詫びを口にする。
摂は口を半ば開いたまま、茫然と弟を凝視した。
「どうしたんだ?」
「姉さん?」
北里と哲が怪訝そうに声をかける。
摂は二人の声で我に返ったように目を見開き、次に北里に視線を移す。
「時機になったら説明する。今は帰ってくれ」
「は? そんなんアリかよ」
「頼む」
切実な瞳に懇願され、北里は詮索をやめざるを得なかった。
「わかったよ。だがその時機とやらになったら絶対話せよ、このまま煙に巻くのはナシだからな」
「そんな卑怯な手は使わないよ。わかったら、さっさと帰れ。私は眠い」
追い払うように手を振る。
北里は文句の一つもなく踵を返して、寝室代わりの教室へ踵を返した。
ドアの近傍には哲だけが残る。
「今日だと都合が悪いことでもあるの?」
「そういうことじゃない、今日はもう疲れたんだ。話す気力がない」
「これまでの疲れが取れてないんだよ、あまり無理しないようにしてね。それじゃ姉さん、おやすみ」
「おやすみ」
哲も北里の後を追って、保険室の前を去っていった。
曙光が夜空に兆しはじめた頃。
体育館で行われる生徒と教師共同のラジオ体操が終わって、北里は同じ労働に務める角刈りと教室に戻ろうとしたところを、摂に呼び止められた。
「北里、昼休み屋上へ来い」
その短い言葉だけで、北里は意味を察する。
北里の顔に承知を見て取った摂は、死人運び頑張れよと肩を叩いた。その場を別れた。
昼休みになり、北里は摂の言葉通り屋上に訪れた。
摂はスチールドアの横で、白衣のポケットに手を入れて待ち構えていた。
「昼休みに入ったばっかだぞ、早いな」
「用事は先に済ましておきたいからな」
北里は気もなく答えて、本題を早く話せ、という目を投げかける。
「そういうつもりで呼んだんだからな。時間は取らせない」
長話はしないと請け合って、滔々と話し出す。
「哲から私がペストの発生を予見していた、そう聞いたんだったな。しかしな、私が哲に話した内容は虚飾まみれだ。実際は予見というよりも憶測をしていたに過ぎない。
そもそも今回ペストがこの学園で発生した原因の一つは私にある。この学園は長年秘匿され続けてきた国の暗部と密接に繋がっている。それも度肝を抜かれるような常識外の関係性だ。当然一般には認知されていない国家機密だ。その情報を私は偶然入手してしまってな。事の重大さがわかるだろう?」
「なにかしら先生が危険な状況にいるのはわかったが、それとペストに何の関係が?」
「ペストの発生は証拠湮滅のための道具だ。相手側の目的は私を含む学園の存在を消し去ることだ」
「それじゃ俺達は国の悪事の隠蔽に巻き添えを食ってるのか」
「私も相手側が生徒までをターゲットにするとは考えが及ばなかった。狙われるのは私だけだと思っていたし、私を消すのにも物理的な手段を用いると踏んでいたんだがな」
摂は空疎に笑う。
絵空事みたいな事情を聞かされた北里は、もはや話の核まで踏み込む度胸が備わっていた。
「ここまで聞かされたんだ。知ってる事を全て話してくれ」
「ここから先は、かなりショックの大きい事実を孕んでるぞ?」
「構わん。話せ」
摂は泰然と話の続きを待つ北里と目線を見交わして、縷々と語る。
「この学園では数年に何名かの行方不明者が出ている。この行方不明者の動向というのがいささか奇妙なんだ
行方不明になる兆候も見られないし、単なる誘拐の類とも考えにくい。それと一番不可解なのが数日後、見た目による身元判明も困難な状態で日本海側の山中から死体が発見されることだ」
「行方不明になってから死体発見まで何が起きたんだ?」
「別の人間と入れ替えられてるんだ」
北里は夏の熱気を感じないほど、ゾッとして寒気を覚える。
「なんで入れ替えするんだ?」
「朝鮮人として生まれ変わらせるためだ。そうして男子なら健康な臓器を取り除いたり、女子なら国外へ違法売春婦として売りに出す。朝鮮側からしたら、それが莫大な利益を得られるんだろうな」
「そんなことがあっていいのか?」
「事実なんだ。しかも日本のお偉方のほとんどは噂にも聞いていない」
国の暗部を一時に告げ知らされた北里は、何を先に聞き出すべきか判断がつかず、摂の視線に対したまま無言に陥った。
摂は腕時計を見る。
「時間は取らせない予定だったからな、私の話はこれで終わりだ」
「……ああ、そう決めてたな」
質問したいことが絞れず、北里は教えられたことに不足を感じながらも口の奥に呑み込んだ。
「それとこの屋上で私が話した内容は、他言厳禁だぞ」
「どうしてだ?」
「内通者がいると厄介だからな。そいつに知れると強硬手段に走られて、非業の死は遂げたくない。死ぬのなら美しく死にたい、私も一人の女性だからな」
「先生は図太いからな長生きし過ぎて、老けた皺くちゃの婆さん姿で死ぬよ」
辛気臭さを無くすため、努めて軽口を飛ばす。
「ふん。その頃にはお前もお祖父ちゃんんだ。私はお前よりも長く生きて、お前に死に顔を見せない」
摂は軽口で切り返す。
二人は時間をずらして、屋上を後にした。
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