46小節目 五年前が、もう一度
本番直後のことだった。自前のサックスが壊れたと、幼馴染の
見た目では分からないが、心音曰く本番が終わる直前に全ての音が出なくなったという。
「リード変えてもダメで……ウチ、どうしたらいいか……!」
「落ち着け、落ち着けって。大丈夫だから、直せばいいだけだから……」
その場は何とかなだめた。学校に帰り、音楽室で今日のまとめを行い……部活はお開きとなる。
僕は心音とその友人の
強めの雨が地面に打ち付けられ、それが跳ねてズボンの裾を濡らしている。
いつも通りの光景。何ら変わらない日常。外から見れば。
心音は僕の手を強く握ってきた。前の本番のときもそうだった。特別大きな失敗ではなかったと思うが……心音は落ち込みを隠せず、僕の手をすがるようにして握ってきた。
そして今日も、心音は僕の手を強く握る。傘の柄にサックスケースの取っ手を掛けて片手で持ち、無理やり空けたもう片方の手で僕に助けを求めてくる。
楽器が壊れたのは心音のせいではない……とは、心音の場合は言い切れないけれども。サックスケース振り回しているし、今日なんかそれで僕を殴ってきたし。
とはいえ本番中に壊れるというのは間違いなく不運だろう。今まで壊れずに、よりによって本番中に。もし僕のソロ中に音が出なくなったのなら。ソロを迎える前に音が出なくなったのなら……自分の立場に置き換えるとぞっとする。
「……ありがとう」
「ん……」
そのまま何も言葉を交わさずに帰り道を歩く。かける言葉は見つからない。でも……それが一番いいと思った。
言葉なんていらない。ただ、お互いの熱を、存在を感じていれば……気持ちは落ち着いてくるだろう。
結構な間離れ離れになったとはいえ、古くから知っている幼馴染。ほかのひとが知らないようなことも、多分自分自身すら知らないようなことだって……お互いは知っている気がするような、そんな特別な関係。
でも。
僕は、心音に関する重大なことを見落としている気がしているんだ。
それは、多分……『星』のように、僕の知っている世界の遠く外側にあるような。
それこそ……その真実が遥か彼方、三億光年先にあるような。
……ただ、そのことだけは……なぜか……。
「……着いたね」
心音の声が僕を思考から引き戻した。
気が付けば、T字路。僕は心音にうなづいた。
……違和感。
ここ、この前
そう思った時には、既にふらりと心音の手は離れていた。
すさまじく嫌な予感が駆け抜ける。
でも……身体が動かない。
いや、違う。
――ごめん、
僕が僕でなくなる感覚。
『いつどこでみんなとのお別れが来るのかなんて分からないからさ』
音楽室に住み着く幽霊が言っていた言葉。
もしかして。これは――運命か。
「
車の走行音がわずかに右から聞こえる。
すんでのところで伸ばした右手は、届かなかった。
衝撃音を残して、銀のセダンは消えていった。
降り続く雨は、立ち尽くす
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