24小節目 超能力者?
練習以外の面でも非常に濃かった休日練習が終わった。僕は朝来たときと同じメンツ……つまり、
夕日の光は届かない。今日一日、ずっと曇りだった。
けれども、まるで太陽のようにキラキラ輝く人間が僕の近くに。
「まさか、ホントに能力者と出会えるなんて思いもしなかったな!」
現在、テンション百割増しの越阪部にこんな誤解を受けている真っ最中。小柄な越阪部が僕の周りをまるで衛星のようにぐるぐるぐるぐる回っている。
今ここに天動説が証明された。……いや、僕が地球ってわけじゃないけど。
とにもかくにも、普段はクールでちょっと中二病臭い越阪部だ。こんなに思い切りはしゃぐようなキャラじゃない。越阪部がこうなるなんて、それこそ太陽が地球の周りを回るようになるくらいの異常現象なんじゃないだろうか。
「そ、そんな大層な力持ってないから落ち着けって……」
「落ち着く? そんなことが出来るだろうか、いや出来ない!」
下からずいっと顔を突き出してくる越阪部にびっくりして思わず身体を引く。
一体どうしたというんだ、コイツ。僕は心底困惑して心音を頼った。
僕より心音の方が越阪部との付き合いが何年も長い。だから、きっとこんな越阪部も経験しているだろう。
「……心音、コイツどうすればいい?」
「え、ウチ? ウチだってこんなにテンションが高い夢佳見たことないからさすがに困るよ……」
お手上げのポーズを取って苦笑する心音。
……ダメみたいですね。
「心音、心音! 彼にこんな能力があるってなんで教えてくれなかったんだ!?」
「え、ええっ!? ウチだって今日初めて知って驚いたよ!?」
あ、飛び火した。当事者の越阪部含めもうみんな混乱してる。心音だけでなく越阪部も全体混乱魔法を使えるとは。
そして混乱している心音が護身用サックスハードケースを僕に振り回してくる。
「うおっ!? だからそのサックスケースを振り回すなって!?」
頭に当たれば死ねる。ガチで。ここまでくると護身用ではない。ただの凶器だ。
……こんな幼馴染を持ってて、僕よく生きてたな。いや、まあ僕が転校する前はサックスケース持ってなかったけど。
「……能力のことを幼馴染にも教えなかったのか、キミは」
そして僕の命の危機なんぞ知らぬとばかりに越阪部が半目で睨んで聞いてきた。
……何で僕、ヘイト買ってるんだ?
「違う違う、そんなこと今までなかったんだ。過去実際に起こったことを夢で体験するなんて」
「んー……まあ、信用するか。キミがわざわざ私に嘘をつくとは思えない」
「何で微妙に上から目線なんだ……」
まあ、元々越阪部は普段から気取ってるせいかデフォルトで上からな感じではあるけど。なぜだか僕のことを「キミ」呼ばわりしてくるし。
「でも、私の見立てではキミは特別な人間だと思うんだ。……心音、その辺どう思うか?」
「えっ?」
「彼は他に、特別な能力みたいなものを昔から有していたか?」
越阪部に聞かれてきょとんとする心音。荒ぶっていたサックスケースもぴたりと静かになった。命の危機は去った。
落ち着いた心音は、越阪部の質問に対して首を小さく横に振った。
「んーん。昔からそんなことはなかったよ? でも、超能力とはちょっと違うんだけどさ」
「ふむ?」
「
そんな自覚はなかった。え? そう? とつい心音に聞けば、そうそう、と心音は首を縦に振る。
「……ああ。何となく理解できるな」
「夢佳も分かる?」
「普段から私は感情が外に出にくいって言ってるだろ?」
さっきの見ると説得力皆無だけど……まあ、確かに普段は越阪部はあまり表情が豊かなほうではない。全く無表情というわけではなく、笑顔を見せるときもあるしため息をつくこともあるけれども……少なくとも、心音よりかは感情が出ない。
「けれども、彼はそんな私の気持ちを理解しているような……そんな節があるんだ」
……まあ、単純な感情くらいなら何となくはわかる、気がする。表情はわずかしか変わらないけど、そのわずかが僕には分かる。
とはいえ、越阪部が抱えているだろう感情というものは、たぶん、もっと、複雑。
「……全部理解なんて出来ないよ。僕はそんなすごい人間じゃない」
「さすがに全部理解されていたらそれは恐怖というものだ」
越阪部は笑い混じりにそう言う。
「でも、何だろうな……最低限はちゃんとわかってくれるという保証がキミにはある気がする。最低限わかってくれるから、変な受け答えはしないという安心感みたいなのがあるんだ。……ああ、そうか、だからあの時私は柄にもなく語ってしまったのかもな」
あの時というのは、おそらく昨日あった高校の演奏会の帰りのことだろう。僕は越阪部と二人で帰ったが、その時に越阪部が素直に演奏会を楽しめなかったという話を聞いたのだ。
単純になりたくない。複雑な人間になりたい。簡単に理解されて子ども扱いしてほしくない。そんなことを越阪部から聞いて、僕はそれが腑に落ちたのをはっきりと覚えている。
「あの時って?」
「心音には秘密だな」
「むー。ケチ」
心音の疑問を越阪部はこう言ってはぐらかした。
まあ、心音に説明するのは色々と面倒だろうな。第一その高校の顧問が心音の父親ということもあって、越阪部が演奏会を楽しめてないということを言っていない。あと、単純に多分ちょっと気恥ずかしいことでもあるし。
頬を膨らませる心音を軽くあしらった越阪部が、僕の方を向いた。
「まあ、とにかく。キミはやっぱり特別な人間だと思う」
そして越阪部は目を細めて、冗談めかして。
「もしかしたら将来、世界を救うこともあるのかもな」
「……根拠は?」
「んー……私たちが踏みしめているこの地面から、だいたい三億光年くらい遠くにあるな」
そう越阪部が灰色の空を見上げながら言うと、タイミングよく心音が排水溝の溝につまずいて転んだ。
……朝、同じ光景を見たような気がする。
僕は呆れて笑いながら手を差し出す。すると心音も少し頬を赤らめながら照れ笑いし、僕の手を握って立ち上がる。その様子を見ていた越阪部もわずかに頬を緩めた気がした。
こうやって笑い合って帰る日々がずっと続けばいい。そう思って僕は、越阪部が眺めていたばかりの空を見た。
……重い重い鈍色をした雲が、それこそ三億光年ぐらい続いているような気がした。
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