第6話
千亜の母が倒れたと花夏から聞かされた瞬間に、おれは小柄なその人の姿を思い浮かべた。といっても、たった一度、薄暗いライブハウスのなかで見たことしかなかったけれど。
千亜はアパートの一室で母と祖母、それに中学生の妹と暮らしていた。千亜の母は家計を支えるために骨身を惜しまずに働いていたという。彼女は決して病弱というわけではないらしい。そのときも、病院に一泊すると見事に復活をし、すでにいつもと同じように働いているらしかった。
しかし、責任感が強い千亜がそれを期に、物憂(ものう)げな表情を浮かべることが多くなったのは事実だった。おれは千亜のいちファンとして彼女の夢の応援に徹していた。ライブに足繁く通うことで彼女を支援していたのだ。
そんなある日のライブ後に、千亜は夢に期限をもうけたことをおれと花夏に伝えた。いつまでもだらだらと自分本位な夢を追いかけるわけにはいかないのだ、と彼女は語った。千亜の夢の期限は年末に行われる『リップコード』の七周年記念イベントだった。そのイベントには『リップコード』にゆかりがあるあまたのミュージシャンが出演し、音楽関係者たちもたくさん足を運ぶ予定になっていた。六周年を祝った昨年のイベントをきっかけにメジャーデビューを摑んだバンドもいるらしく、そこでなんの結果も出せなかったら、千亜は夢に区切りをつけ、就職するという話だった。
おれとともにその宣言を聞かされた花夏は猛烈に反対した。やめることになったら勿体ないとか、もしダメだったとしても働きながら続ければいいとか、様々な言葉で千亜を翻意させようとした。しかし、千亜は頑としてその言葉を受け入れなかった。中途半端なことはしたくないというような趣旨のことを、あのときの千亜は語っていたと思う。
おれはというと、それは千亜が決めたことだから仕方のないことだと思っていた。いや、それ以上に、千亜はそのイベントで誰かの眼にとまるだろうという確信を持っていたのだ。あれだけの才能がある人間を天が見放すわけはないだろう、と。
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