第11話 チャトラン帰還
空はまだ青く明るいけれど、町には夕方の気配が漂い始めていた。ベランダのサッシに顔を入れ、レースのカーテンを鼻先でよけると、短パンにふわふわ部屋着姿の涼音さんが部屋の中を歩き回っていた。
あの部屋着はふんわりとして心地いいけど、やたらと爪が引っかかるのが困る。僕はするりと部屋に入り込んだ。
「チャトラン遅かったのね。ほら、見て見て! この靴、今日買ったんだよ」涼音さんが足踏みした。
「中学とか高校の時はコンバースを履いてたけど、こんな本格的なの買うの初めてなんだ。似合うかなあ」
にゃう
「ほんと?! 嬉しい!」
ベッドに座り、両手を差し伸べた涼音さんの膝にふわりと飛び乗った。
「今日ね、変な人に会ったんだよ」
涼音さんのしなやかな手が僕の頭と背をなでる。
にゃご?
「今付き合っている彼がね、悪い人だっていうの。会って初めてでそんなこと言う人、変だよね」
にょご
「その人がね、今のあたしの彼氏は体だけが目当てだって言うの。ひどい話でしょ。でもね……その人の言っていることは……全部とは言えないけど、当たってるような気がするのよね」
「でもね……」
にゃご
「彼のことが好きなの」迷うようにまた背中をなでる。
にゃご。立ちあがり涼音さんの首をぺろぺろとなめる。
「くすぐったいってば。でね、その人が明日も会おうっていうの。さっきねメールが来たの」
猫に戻してもらう前に万年様にお願いごとをひとつしたのだけれど、僕の言葉は通じても、人間のままだった僕に、ものすごく怖い顔をして首を横に振り続けた万年様の言葉は届かなかった。
それでも僕はメールを送ったのだ。どんなに叱られても断られても、僕はお願いするつもりだったから。
僕のお願いごとは、明日もう一日だけ七夜月にしてほしいということだった。万年様には厳しい顔をして断られたけれど、それでも僕はお願いした。断る理由を聞いたうえで。
「ナンパかなあ」
にょご?
「ちょっとね、茶っぽい目をした素敵な人だった。うーん」
僕を抱き上げて顔を寄せる。「チャトランみたいな目の色。まあ、黒目の周りがうっすらとだけどね」
「口説かれちゃったらどうしよう。どうすればいい? チャトラン」
にょーご、ゴロゴロ。
「あっと引っかかっちゃった。チャトラン、爪引っ込めて。明日帰りに爪とぎを買ってきてあげるね、今のはもうボロボロだし」
爪せいではなく、部屋着のせいなのだけれど……。
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