第12話 七夜月再び

「決心はついたかい?」僕は顔を覗き込んだ。

「うん……なんとなくだけど……でも、なんとも言えないかな」涼音さんはあらぬ方を見てひょいと肩をすぼめた。

「そうか」


 人間に変身して2度目に見る涼音さんだ。間近にみる涼音さんは飛び切りの美人じゃないけど、小動物みたいな愛らしい顔をしている。


 短い髪に大きな目、抱き上げられて僕がすりすりとするその胸のふくらみは奥ゆかしいけれど、とてもきれいな形をしている。


「あの、これ、口説いてるんですよね」ひょいと顔を寄せる。

「誰が」

「七夜月さんが」涼音さんの目の白い部分は、けがれを知らぬ子どものように青みがかっている。


「誰を」

「あたしを」指すだけでいいのに、押すから鼻がつぶれてるじゃないか。

「笑止!」僕はおなかをたたいた。

「違うの?」少し残念そうに眉が曲がる。


「僕はね、君が元気になればそれでいいんだ。君には笑顔が一番似合いそうだから」

 涼音さんはうつむいた。ちょっとうれしそうに。


「でも、恋してもいいんですよね」涼音さんは少しだけ身を乗り出した。

「誰に」

「七夜月さんに」


「ダメぇ」

「なんでですか?」

「僕には彼女がいるから。幸せだから」

「そう……だったんですか」


 涼音さんはちょっぴり失恋を味わった。その顔を見て、僕の胸はちくりと痛んだけれど、伝えなければならないことがある。


「僕の彼女の名前を教えてあげる」

「別に、聞きたくないです」強く小さく首を振った。


「教えてあげる」僕は身を乗り出した。

「聞きたくないです」少し怒っているみたいだった。


「涼音さんっていうんだ。チャトランって名前の猫を飼ってるんだ。その人はちょっとお茶目で、とても澄んだ目をしてるんだ」


「え⁉ なんで……なんでチャトランの名前を? あたし言ってない! 絶対教えてない!」涼音さんは激しく首を振る。


「その人はね、料理は上手だけど計算が苦手なんだ。だからきっと損得勘定も下手なんだ」


「七夜月さん──何を言ってるの?」少ししかめた眉とゆっくりとかしいでゆく首に、疑問符のたくさん浮かんだ目を瞬かせた。


「盗聴したの⁉」

「誰が」

「七夜月さんが」

 僕はあまり時間を消費したくなかった。じゃあ、同じスタバで、という涼音さんの提案も拒否したいぐらいに。


「僕の名前はチャトラン。涼音さんがつけてくれたんだ」

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