4.
この時間、ただでさえ薄暗いこの部屋がさらに明度を下げるころに曲を聞いていると、勝手に涙が出てくることがある。しっとりした曲も、激しい曲も適当に流して聞いていて、歌詞を耳で追って、閉じた瞼の裏に景色を描いているとなんだかたまらなくなってしまうのだった。私は曲が好きだ。わざとらしいほどこの世の汚い部分をさらけ出したり、心の充足だったり、幸せの歌詞でありつつ不協和音でねじまげたり、曲で表現するこの世界は私が生きているこことは何かしら違くて歪んでいて呆然とさせられる。しかし不思議な感覚に陥ることを強いる曲達が生まれたこの世界こそが彼らの親で元のテーマであるからこそ私は私が生きる世界が好きなのかもしれない。以前にも聞いたことのある曲が流れてきた。サビ前でそれに気づいた。どんな歌詞だったっけ。確か……
『───────』
ぽそっと口から零れだした歌に、びっくりしてしまって背もたれから背中を勢いよく引き剥がした。私のものじゃない、のに、自分のものみたいに大事な気持ちになった。恥ずかしい。なんだか顔が上気する。 歌ったのって、いつぶり?どうやって歌っていた?なんで今歌った?何を思った?もう一度、曲を巻き戻して、おずおずと口ずさむ。激しく動揺した。何だ、これ。辛い。きゅうっと胸が締め付けらる。今歌ったのは生きる苦しさを訴える曲。別に私は今生きることを苦痛に思っているわけじゃないのに。耳に入る自分の口から溢れる歌はどう聞いても何かを伝えたがっているように聞こえるのだ。同調しているんだ、曲の感情に。曲を流しながら、一緒に歌った。しゃくりあげて、大切に抱きしめるように、冷たく突き放すように歌う、勝手に涙が落ちる。嘔吐く。この感情は今、確かに、私のモノだ。この苦しみは私のモノだ。この辛さも、愛おしさも、苛立ちさえも全て!
無くなってしまえ。
壊れてしまえ。
潰えてしまえ。
芽吹け。
創りあげろ。
大事にしろ。
愛せ。
憎め。
考えろ。
感じろ。
放棄しろ。
色んな気持ちや思考が曲を変える度に次から次へとお腹に溜まり苦しくなってひたすら吐き出した。子供みたいに自分の感情を大声で表現した。この素晴らしい毎日を壊したい、守りたい。歌えば叶う。歌っている間は叶っている。どちらも叶えられる。自分の好きなように生きていられる。分かる。この意味の無い、退廃的で、躍進する世界は、曲を歌う私の歌は私のモノだ!
私の歌は技術的に酷く拙くて上手いとはいえないと分かっていた。でも歌えるということが、砂場から宝石を見つけた子供のようにただ純粋に嬉しくて、みんなに見せたくて、自慢したくて、分けてあげたくなった。充分な設備もない。知識も全然ない。でもやってみたいと思った。気に入ってしまった曲を歌って、録音する。手頃な動画投稿サイトに、元の曲のURLを共にアップしようとした。直前で手が震えた。例えば80点のテストを親に見せる時みたいに。褒められるか叱られるか微妙なラインの上で怯えるみたいだった。画面に指が触れる。アップローディングの表示。投稿を、した。完了した。今まで何をしてみようにも一歩踏み出せなかったのに、歌をあげるのは思ったより大変じゃなかった。
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