第7話



草間 聖、杯那の父、草間 剣聖(けんせい)は普通のサラリーマンだった。

剣道好きの父(聖の祖父)のもとに生を受け、少し恥ずかしめの名前を持って生きて来た男だ。

だが完全に名前負けして心優しく穏やかな文学少年、そしてそのまま青年へと成長しやがて旦那になりすぐに親となった。

「聖。今でもお前が産まれて来てくれた時の事、よく思い出すよ。宝物を見つけた、そうだなぁ〜シンドバットみたいな気持ちだった」

五歳の聖にはわからなかった。

と、まあ少し天然の入った父親だった。

「お前は真っ直ぐ、優しさと正義を貫きなさい。いつかそれがお前の誇りになるからね」

その言葉は今後の聖が十年間聞き続け、一番の思い出となった。

剣聖は聖が十五の年に他界した。

聖の高校への入学金、制服代にと自身の生命保険を解約して資金を作り支払って息子の大きくなった背中を見送り出して直ぐの頃だった。

事故死。

それは突然にやってくる無慈悲なる死。

本人の選択肢無しに世界を終わらせる馬鹿げた幕引き。

妹の泣き顔を見た始めての日。

母の泣き顔が忘れられなくなった日。

父の亡き日々の始まった日。


声が枯れるまで家族で泣いた日。


草間 剣聖の妻、草間 愛那(あいな)は剣聖の二つ下の女性。

職場の後輩だった。

少しおっちょこちょいな草間先輩を見ては笑い、仕事のフォローをしていた入社当初。

何事も卒なくこなし、いつも柔らかい笑顔をしている美女だった。

その面影は娘、杯那にしっかりと受け継がれている。

愛那は名前負けせず人一倍の優しさと愛情を持って妻となり母となり、そして涙を零しながらも最後まで愛する旦那の前で笑顔を絶やさない強い女性で有り続けた。

「もう少しだらしな〜くした方がモテるわよ??え、どっちに言ってるのかって?もちろん二人共よ!なんだか出来過ぎた子供過ぎてちゃんとお母さん出来てるのか心配になってくるわ」

何とかして子供達を堕落させ、一般的な「お母さん」をしたがって居たのを今でもハッキリ覚えている。

「貴方達に手がかからない分、お母さん頑張って働くからね。一緒に生きていこうね…」

三人で抱き合って泣いたあの日、震えていた母の事を兄妹で強く抱きしめたのだった。

その二年後、愛那は病に伏せる。

当時の不治の病。

回復は見込めず、出来るのは最先端技術での延命えんめいのみ。

母の手一つで生活していた草間家に、最先端医療を選択する為の資金は無かった。

「嫌だ、嫌だよお母さん!!一緒に生きていこうねって言ったじゃない!!やだ………よぅ−−−」

妹の怒鳴る所を始めて見た。

母は妹をずっと抱きしめていた。



−−−何としても資金を作る−−−



命に代えても母と妹の時間を作る。

と聖の思いはこの時決まったのだ。

そこらで出来る仕事では十七歳の学生に稼げる額は決まってる。

そこで聖は自身の身体を売った。

と言っても男だ。

売るのは行為ではなく、臓器。

本来なら手出ししてはいけない売り買い。

だが、聖の頭の中では『両親からもらった身体』は『母の為に使えるモノ』でしかない。

迷う事なく、肺と腎臓を一つづつ売り母の命一年半分に替えたのだった。

ただ真っ直ぐな愛情が作った一年半を三人は一秒も無駄にせず過ごし、二人は涙でその日を迎えた。

最愛の母に『ありがとう』を目一杯伝えた日。

旅立つ母に『ありがとう』を一つづつ貰った日。

写真越しに『ありがとう』を一つづつ言う様になった日。


二人で手を取り合って歩き出した日。


その後直ぐに、異変は起きた。

聖の身体は程良く筋肉の付いた強い身体だったのだが、次第に四肢は痩せ顔が痩けていった。

彼が支払う時間の代償は重く辛い物だった。

医療費で足りなかった分を病院に払いつつ、妹と二人で生きて行かなければならない聖は泣き言一つ言わず運命を受け入れ生きた。



そんな彼に悪魔が微笑んだのが始まりにして終わり。



新薬の治験を異常無しと判断され、帰り支度を終えてからの帰宅途中に聖の身体は薬の成分に拒絶反応を示し、泡を吹いて倒れそして………。

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