第3話
「え!?お兄ちゃんまたバイトクビになっちゃったの!?!?」
「本当ーーーーーにっ!!すいません!!!」
四畳半の部屋にめり込みそうな程の土下座をかます男が一人。
以下略。
「いやいや、そんなに頭下げなくてもいいってば!!ただちょっとビックリしただけだから、ね??」
妹に上体を起こされ、困り顔を晒す兄。
妹の口ぶりから今回の解雇が初めてではないのは伺える。
「お兄ちゃんが頑張ってくれたおかげでうちには借金ないし、お兄ちゃんと私の授業料だって貯めてくれてる。私も少しは働いて生活費の足しにくらいはなってるつもりだから、少しの間は心配いらないって」
「ありがとう杯那」
「ありがとうはこっちの台詞。でも、今度は何をやったの??」
「それは………」
−−−遡る事三時間前−−−。
ある飲食店での出来事。
「あのさぁ、これ髪の毛入ってんだけど。作り直せよ」
聖は大学の授業が終わって直ぐにバイト先に向かい、勤務を開始して二十分くらい経った頃。
店内に居た唯一の金髪が注文したプレートの中に金色の髪が入っている事に腹を立てて文句を言ってきたのだった。
「お客様、お言葉ですが我々は異物が混入しないようキャップの着用をしております。それに従業員の中に金色の髪の者はおりません。お客様、その髪の色に心当たりなどございませんか??」
本来、現代社会の常識を持ってすれば平謝りの上で作り直して事無きを得る所なのだが。
彼、聖には常識など関係なかった。
ただ、彼の中にあるのは「正しさ」という、モラルの崩壊した現代において暴力にも似た正義感だけ。
「何言ってんだテメェ、このヤロー調子乗んなや!!お客様だぞ?お客様は何だか言ってみろやボケ」
「客も人だ馬鹿。調子に乗ってるのはどっちだよ。神様とか言いたいなら人に何かを望むな。人は神に望みを言うが、その逆は無い。普通に考えたらわかるだろ」
それによって、生じるのは勿論胸ぐらを掴まれる普通考えればわかる必然の事態。
暴力を振るえば罪になる事くらいは理解しているらしく、金髪の男は睨むばかりで手出しはしなかった。
しばらくの硬直の後、店長が事態に気付いて直ぐに謝り作り直した上にお代も貰わずにその客を帰した。
聖はただ正しかった。
聖はただ真っ直ぐだった。
良い事も、悪い事も思った事は直ぐに口から出て行く。
「なんて事してくれたの草間君っ!!」
店長からは叱られて当然。
本人の正義感など、「接客」の仕事に於いては全く関係無いのだ。
正しさだけでは生きて行けない。
だが聖にはそれしか無かった。
「貴方の正しさはわかるわ。でもお客様と口論なんて言語道断よ?」
店長も叱るに叱れず、他のお客も何かスカッとしたらしく喜んで帰って行った。
悪い事ばかりではないが、どうにも愚直としか言えない彼だけの価値観。
それ故に−−−−−。
◇
「で、その後怒ってたお客さんからカスタマーセンターにクレームが入ってクビになって来たと」
「はい、その通りです」
「そんなに落ち込まないでよ。お兄ちゃんのその正しさは変えられないでしょ??だったら、また一緒にバイト先探そ?きっといい所あるから。ね?」
産まれてから今まで変えられなかったもの。
産まれて来てからずっと見てきた背中。
愚直な兄と純真な妹。
二人で生きてきて早二年。
お互いの不得手をカバーし合い支え合って逞しく生きている。
「いつもありがとな杯那。兄ちゃん頑張るからな」
新しいバイト先を探すべく、バイト情報誌をめくり目を通す聖。
そして近日、悪魔の誘惑は聖の目の前にやってくる。
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