第3話

 惨めだろうが、何だろうが毎日は続いていき、 ゆり子に全てを話してからも、変わらない日々は続いていた。


 私はベランダで鉢植えのチューリップを1本だけ育てていて、毎朝水をやっている。ちょうど今が見頃の可愛く咲いているチューリップ。そんなチューリップを見ながら、枯れていく様を想像した。


 そして、それは私みたいだ、と思った。


 私もまだこのチューリップの様に瑞々しいはずだったのに、どんどん内側から枯れていく気がした。


「かわいそう」


 まだ瑞々しいチューリップに、そう声をかけて部屋に戻った。


「永実子、ちょっと来てー」


 夫から呼ばれて行ってみるとネクタイが上手く出来ないと言うので私がやってあげる。


 毎朝のことだった。


「ありがとう」


 夫は嬉しそうに私にそう言った。


「次の土日の1泊旅行だけど、すごくいい宿がとれたよ。部屋食だって」


 夫は私に優しくて、私の事を考えてくれている。

 

 (本当は全然行きたくなんかない)


 そんな言葉を飲み込んでニッコリ笑って「楽しみだね」と嘘をつく私。まるでここは辞める前の職場だった。


「じゃあ、そろそろ仕事行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 夫を見送り、ドアに鍵を2つかけてチェーンもかけた。その途端、優しい夫を憎んでいる自分がやってくる。


 どうして私をこんなに惨めにさせるのか。

 どうして抱きしめてくれないのか。

 どうして私に愛していたままでいさせてくれなかったのか……。

 どうしてどうしてどうして……。


 夫が仕事に出掛けてからしばらくは、そんな気持ちでいっぱいになる。まるでさっきの嘘の笑顔の副作用がおきているみたいに。


 その後、夫に向けた矢は私に帰ってくる。


 私の何かがいけないのではないか。

 私が変わってしまったではないか。

 私に女性としての魅力が無いのではないか。

 私のせいなのではないか。



 そんな風に、一通り夫を憎み、自己嫌悪まで終えるとその気持ちをまとめて捨てるようにして、私は家事をした。


 窓を開けて、 淀んだ空気を入れ替えて洗濯物を干し、布団を干し、掃除機をかけて、床を拭いてから

今度は棚など至るところを拭く。


 まるで、自分の心の穢れを落とすかの様に。


 それが終わると、やっと気分が落ち着き、午前の内に買い物に出掛ける。大体のことは午前の内に済ませる様にしていた。


 今日も買い物から帰りマンションの郵便受けから

いつもの動作で郵便物を取り部屋に戻った。冷蔵庫に買ってきたものを仕分けし終えると、アイスコーヒーを飲んでひと息ついた。そのついでに、郵便物を見る。


 すると、知らない名前宛の手紙があることに気がついた。


「相原 果実 様」


 ……相原果実?

 誰だろう?

 果実……かじつとそのまま読むのだろうか。


 宛名の住所を見るとうちのマンションの住所だった。部屋番号も507号室と全く同じ。



 差出人には「桐谷聡介」と書いてあった。

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