―(12)―

 二度ある事は三度ある。

 昔の人は良くいったものだと思う。



「マジかぁ……」


「おおお、お嬢様。こここ、ここは」



 青ざめつつ、梟のように首を巡らせるラナを横目に私は一つ溜め息をつく。

 今いる場所は、草むら。

 私が初めて拉致された謎の土地だ。



「落ち着いて、ラナ。以前話したでしょう、私が呼ばれた場所よ」



 辺りを見渡してみるが、今のところナナシもあの家もない。



「(また呼ばれた? それとも事故?)」


「こっここが」



 二度目というアドバンテージか、それとも一人じゃないという安心感からか。私はラナの両手を握って正面に立つ。すると彼女はハッと我に返り、戦う女の顔に戻る。



「すみませんお嬢様」


「大丈夫よ。それよりラナはこの光景、どう思う?」


「そうですね……精神世界だとは思いますが地面の質感、風、どれもお嬢様の仰ったように本物みたく思えます。ですがこの風景はやはり見た事はありません。ただ」


「ただ?」


「あまり長居をすべき場所ではないかと。根拠はないですが、先程から妙に肌が粟立っていて」



 心底同意だ。但し帰り方は全く分からないけれど。



「酷い言い草だなぁ」


「ひっ!」


「っ。……ナナシ、さん」


「やあ、暫くぶりだね」



 一回目と同じく瞬間出動したナナシが私達の前に現れ、にこりと微笑む。

 姿はアインではなく、あの美青年だ。



「それにしても、ぼくはアンちゃんだけ喚んだつもりなんだけどなぁ」


「あああ、アンちゃん!?」


「ラナ。落ち着いて」


「ふぅん。この子、ラナって言うんだ。……君、アンちゃんの何?」



 瞬間、ナナシの目が眇められた。同時に彼を中心に薄ら寒い冷気が放出される。



「っ、私の護衛兼……大事な友人です!」



 私は前に出て、ラナを庇った。

 今ので何となくだが確信した。多分ナナシはラナよりも強い。精神世界で殺されて、現実世界でどうなるか考えるだけで恐ろしい。



「友人……そっか。じゃあ止めとこう」



 直後、ぴたりと冷気が止む。



「ぼくはナナシ。ぼくもアンちゃんの友達なんだ。はじめまして」



 人懐っこい笑顔でさらっと虚偽を告げるナナシにラナ自身も力量の差を理解してか、この場は黙って、こくりと首肯する。



「き、今日は何の用で私をお呼びに」


「んー。用ってことは無いんだけど、強いてあげるならまた話したくなった、かな?」



 こっちはもう会いたくなかった。

 その言葉をぐっと飲み込んで、私はなんとか笑みを作り、そうですかと返す。



「ですがナナシさん」


「なぁに?」


「私を友だと仰ってくださるのなら、せめて何時何時と予定を聞いてからにしては頂けないでしょうか?」


「どうして?」


「どうしてと言われましても女性にはその、色々とありまして」



 恐らく彼はまた私を呼びつけるだろう。

 ならばこうすることで連絡先を得られ、追跡も出来るかもしれない。仮に駄目だったとしても日取りさえ分かればそれまでに何か対策が出来る。


 そして何より、



「(お風呂とか着替えの最中とか寝る前に来られるのは流石に困る!)」


「ふーん。人間って良く分からないね」


「人間って、貴方は魔物なんですか!?」



 ラナが目を見開く。



「ああ、ごめん。人間じゃなくて女の子の間違い。でもちょっと困ったな」


「困った?」


「うん。ここには時間の概念が無いからね」


「時間の概念がない?」



 ナナシは「困ったなぁ」と呟き、首を傾げる。次いで二拍ほど間を取り、両手をポンと叩く。



「じゃあ今日みたいな頻度ならどう?」



 スパンが早い。

 そこで私はある事を閃く。



「申し訳ありません。ですが出来れば暫くはお控え願えますでしょうか」


「ぼくと会いたくないの?」



 またあの冷気が、ひょっこりと顔を覗かせる。



「そ、そうではございません。実は今少し私共の方で問題を抱えておりまして」


「お嬢様、それは!」



 遮ろうとしたラナを手で制し、私は脅迫を受けていることを彼にゲロった。



「へぇ……」


「っ、」


「ああ、ごめん。驚かせてしまったね。でもそっか。そんな事があったらそうも言いたくなるよね」



 三度お目見えになった殺意を仕舞い、ナナシが無邪気に笑う。

 その様子から勝手に動いた仲間への苛立ちか、それとも気に入りの玩具を害されそうになっての怒りなのか判別はつかない。



「で、でしたら」


「ぼくに任せて」


「……は?」


「ふふっ。じゃあ今日は早いけど解散にしようか。ぼくも少しやる事が出来ちゃったから」



 刹那、どくんと何かが胎動する。










「ここは」


 次に意識を取り戻すと、私達はギルドに戻っていた。


「ファリフィス嬢?」


 ギルドマスターのハーグンが、頭に疑問符をつけて私の名前を呼ぶ。

 私は即座にラナへ振り返る。

 彼女も意識が戻ったようで、驚愕を乗せた瞳で此方へ顔を向けた。



「?」


「何でもないわ。ラナの新しい杖をありがとう。申し訳ないのだけれど急用を思い出したわ。今日は失礼させて頂くわね」



 テーブルに置いた新武器を手に取り、ラナに渡す。



「そ、そうですか。何のお構いも出来ず申し訳ない」


「いいえ。そんなことはないわ。では失礼するわね。ケイト、行きましょう」



 にこりと微笑み、私達は気持ち足早に馬車へ向かった。


 御者が扉を閉めるのを待ち、私とラナは同時に息を吐く。



「お二人とも如何なさったのです」


「はぁ。お嬢様、あれがお嬢様の言っていたナナシだったんですね」


「ええ」


「ど、どういうことですか!?」


「さっきお嬢様と一緒にナナシとやらと会ってきたんですよ」


「なんですって!?」


「まさかこんなに早く再会するとは思わなかったわ」



 馬車の中が沈黙に包まれる。

 ラナは何かを考えこむように顎に手を添えて下を向く。恐らくお父様にどう報告と対策をするか思案しているのだろう。



「(任せてって言ってたけど、ナナシは一体何をどうするつもりなのかな)」



 正直あの殺気から良い予感はしない。

 もし仲間割れだったとしたら一番嫌なパターンだ。逆上した犯人にまたラナやアイン、お父様まで襲われでもしたら……。


 ぞくりと背中に悪寒が走る。

 脳裏に浮かんだ凄惨な光景を打ち消すように頭を振る。



「お嬢様?」


「え、ううん。何でもないわ」



 帰ったらもっとマジックアミュレットを渡しておこう。そう決意して私達は帰路についた。










 ◆ ◆ ◆ 






「あら。妙に騒がしいわね」



 帰宅一番、メイドではなく喧騒が私を出迎える。玄関ホールにお父様の部下だろう男が此方に気付き、走ってくる。



「お嬢様、ご無事でしたか」


「何かあったの?」


「え、あ、いえ」


「話してちょうだい」


「……実はエリオル殿下の護衛が襲われたのです」


「はぁ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

余命一ヶ月と宣告された悪役令嬢ですが、可愛い義弟の為に余命ブッチを決めました! べっこうの簪 @knzasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ