―(11)―

 ラナが襲われた。

 翌朝、その知らせを聞いた私は腸が煮えくり返るような怒りを感じていた。


「お、お嬢様。落ち着いてください」


 給仕をしていたケイトが、おろおろとした様子で声をかける。

 つとめて表情を隠していたつもりだが、長年の付き合い故か、彼女にはバレていたのだろう。発作を誘発するといけないから、とケイトは気遣うように私を見ていた。


 ここは私の部屋。

 九時の鐘が鳴って暫く、朝食を食べ終えた私は室内にてケイトの入れた紅茶を飲んでいた。

 大丈夫と返し、また一口口に含む。

 砂糖で薄められてはいるが、独特の苦味が舌に乗る。ケイト曰く心を落ち着ける効果のあるアイスハーブティーらしい。


「その割にはずっと片手を握りしめたままみたいですが?」


 別方向から女性の声が耳に届く。

 振りかえれば襲われた被害者、ラナが苦笑する姿が目には入る。だがその服装はいつもの見慣れたローブではなく、別の意匠の物らしい煉瓦色のローブに変わっていた。どうやらマジックアミュレットは肉体へのダメージはカットしてくれるらしいが、服までは治してくれないようだ。


「そう。気の所為じゃない?」


 しれっと左手を解き、紅茶を啜る。

 このまま不機嫌を貫くと、空気を悪くしてしまいそうだ。私は、ふぅっと一息つき、頭の中で状況を整理する方向へシフトする。

 まずは現場に残された警告文。

 エリオル・ル・カリバーンに近付くな。さもなくば私に災いが起こる。ご丁寧に見せしめ付き。一見、女の嫉妬かと思うがまだ確定するには早計だろう。

 二つ目は襲撃を受けた人数。

 現時点では私とラナの二人のみ。お父様、アイン、エリオル殿下とその護衛、家の使用人は平和な夜を過ごしている。

 但し私が警告を破れば犯人の目星がつかない以上、まだまだ被害者が増える可能性はあるだろう。

 三つ目、職人と石と商人……なのだが、こちらについてはまだ時間がかかるとのこと。

 四つ目、セキュリティ。

 ナナシの時同様、反応なし。ラナはかなりの手練れではないかと睨んでいる。

 五つ目、ナナシの忠告。

 周りの人間に気を付けろ。ラナを襲った犯人が近くにいるのかという指摘とも取れるが、これも決め付けは出来ない。


 ――ざっとこんなところだろう。


「お嬢様?」

「ああ、ごめんなさいラナ。愉快な訪問者について振り返っていたら聞き逃してしまったわ。もう一回言ってもらえる」

「ちょっ、お嬢様!?」


 ラナが制止の声を上げる。恐らく何処で聞いているのか分からないから、滅多な事は口にしない方がいいと言いたいのだ。

 私はにっこりと微笑み、大丈夫だと告げる。先程私の言った訪問者は、明確に襲撃犯を指してはいない。そして仮にこのやり取りを今も覗き見しているだろう犯人にとっては、挑発にすらならない。

 私がその立場なら逆に嘲笑う。


「はぁ……今日はどうしましょうと訊いたんです」

「そうね。ケイト、お父様やアイン達はどうしているの」

「は、はい。旦那様は現在、執務室にてお仕事を。アイン坊っちゃま達は教会にお出掛けになられました」


 ふむ、と顎に手を添える。

 警告文に従うのは癪だが、アインが怪我を負う可能性が1%でもある内は極力顔を合わせない方がいい。かと言ってこのまま家に籠っているのも、精神衛生上宜しくない。

 悩んでいると、目の端に自身の武器を眺めるラナが映りこむ。


「ラナ。どうかしたの?」

「え、あ。なんでもないです」

「杖。何処か破損したのね」


 ラナが困ったように笑う。

 カマをかけてみたが、どうやら当たりのようだ。


「あ、でも大丈夫ですよ。ちょっと細かな傷があるなーって程度で大して問題は」

「ケイト。今日の行き先が決定したわ。車を用意してちょうだい」

「はっはい。ただいま!」

「お、お嬢様。何処に向かうおつもりですか」

「決まっているでしょう。武器屋よ!!」






 ◆ ◇ ◆ ◇





「ここがギルドなのね」


 ラナとケイトを引き連れて、馬車を降りた私はギルドの前に立っていた。

 かつてゲームプレイ時に目にした西部劇風の酒場に似た外観がそこにあった。


「はい、そうです。いいですかお嬢様。此処から先は絶対に私から離れないでくださいね。絶対ですよ」

「ラナ……私は目を離したら直ぐ何処かに行くような子供ではないのだけれど」

「そうではなく、いえ、いいです。兎に角離れないでくださいね。ケイトさん、行きましょう」


 諦めたように溜め息を着いたラナは私の手を取って建物へと歩き出すと、入り口、胸辺りのスイングドアを押した。


「うわぁ」


 入室一番、私は感嘆の声を漏らした。

 それもその筈。ギルド内は今まで見たことのない活気に満ち満ちていたからだ。

 木の香りに混じって強いお酒の匂い、それから冒険者達の笑い声が響いている。なんというか前世の居酒屋に近い喧騒さだ。

 けれどそれも直ぐに終わった。

 私達がやってきたのに気付いてか、騒がしさが一転、水を打ったかのような静寂に変わる。同時に方々から視線の矢が集中し、なんだアレと彼等の間でヒソヒソ話が始まった。

 正直とても居心地が悪い。


「お嬢様。こっちです」


 その中で唯一、慣れているのか全く気にした素振りのないラナは私をエスコートしながら正面のカウンターへ移動する。


「おはようございます……ってラナさんじゃないですか」


 カウンターの奥の椅子に着席していた若い女性が、驚きに目を開く。


「久しぶり。約束はしてないんだけどいまギルマス居る?」

「え、あ、いま確認致しますので少々お待ちください。ちょっと貴方、ファリフィス様を応接室にお通しして」

「は、はい!」



 私達は別の職員に案内され、二階の応接室に通された。

 室内は屋敷よりも少々手狭なものの、客を通す場所とあって、それなりの調度品がちらほらと見受けれる。


「お待たせして申し訳ない」


 勧められたソファーに腰掛けて少し、扉から大柄の男性が現れる。その顔は、かつて護衛を依頼したギルドマスター、ハーグンその人だ。


「いえ。此方こそ突然の訪問を快く受け入れてくださり、ありがとうございます」

「いえいえ。それで今日はどうなさいました」

「諸事情でラナの武器が破損してしまいまして、修理に訪れましたの」


 そう。私達は杖の修理の為にギルドへ訪れていた。なぜ武器屋もしくは鍛冶屋ではないのか。それはラナの持つ水晶の杖が、ギルドの武器職人作の一点物らしく、此処でしか修理出来ないと聞いたからだった。


「あの杖が?」

「はい。あと代わりの武器もと思いまして幾つか見せて頂く事は可能ですか」

「それは構いませんが……」


 ギルドマスターが、ちらりとラナを窺う。高ランク冒険者が武器を破損させるなどどういう事だと視線が問いかけている。


「でしたら此方を」


 そう言って私はケイトに持たせていた指輪ケースを一つテーブルに置く。中身はお父様の許可を得て持ち出したマジックアミュレットが二つだ。

 中身を見て、ハーグンの視界が私に固定される。


「失礼ながらファリフィス嬢。これは」

「いつもお世話になっているギルドへのせめてものお礼です」


 微笑を浮かべ、そのまま世間話をするノリで街で何か面白いエピソードはないか話題を振る。


「!……そうですな。私が小耳に挟んだのは悪魔の噂ですね」

「悪魔?」


 新情報だ。


「ええ。人の欲につけこみ、取り憑くと言われる存在です」

「確かモンスター図鑑に載っていたような」

「ハハッ。流石ファリフィス嬢は博識でいらっしゃる。ですが悪魔というものは全て同じという訳ではないのですよ」

「それは興味深いですね」

「でしょう。宜しければ私共がこのお礼にその悪魔とやらの噂をお調べいたしましょうか」

「嬉しいわ。最近色々あって気分が沈んでいたの」

「それは良かった。では何か判明次第、ラナの方に手紙を送らせて頂きますね」

「ええ。期待しているわ」


 聡いハーグンは、全てを察してくれたのだろう。話を区切り、室外の職員へ高ランク武器を持ってくるよう指示を出した。




「遅くなって申し訳ありません。此方がいまギルドにある最高ランクの杖です」


 慌てた様子で、三十代の職員が手にしていた三本の杖が机に並べていく。


「手前から花水晶の杖、司祭の杖、魔導の杖となります」

「ラナ、どれがいい?」

「そうですね……」


 ラナが花水晶と魔導の杖を手に取る。

 司祭の杖は候補外らしい。彼女は重さを量るように手の中で数回転がし、やがて魔導の杖をテーブルに戻した。

 その時だった。


「「!?」」


 奇妙な浮遊感が、全身を走った。

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