―(2)―


 翌日は、ラナと共に外へ出た。

 日課―私の場合は週課と呼ぶべきかもしれない―の慰問に行く為である。

 いつも通り家所有の綺羅びやかな馬車に乗り、教会を目指す。


「今日も街は平和ですねぇ」


 真向かいに座るラナがしみじみと呟く。

 磨きあげられた硝子の向こう、元気に走り回る子供達の声がよく響いている。

 とても明るい声だ。


 対照的に私の心はとても憂鬱だった。

 慰問に向かうのが嫌とかではない。寧ろ楽しみの部類だ。ではなぜ沈んでいるか。答えは簡単。あの手紙である。


 第四王子、エリオル・ル・カリバーン。

 マギカ・マグナの攻略キャラクターにして発売前情報で見た目は正統派王子様と紹介されていた彼。

 そしてあの私的SAN値チェックレターから察するに、その性格も非常に紳士的かつ誠実そうだった。


 それの何が問題なの?と問いかけられそうだが、実はかなり大問題である。

 主に親族、婚約者、取り巻き的な方面で。

 前世でもそうだったが、こういった存在は男女問わず友好関係が幅広い。つまりそれは、暴走する輩や他攻略キャラクターの誰かを一本釣りする可能性がある、ということに他ならない。

 一日経過で気付いた時は、本気で絶望しかけた。


「お嬢様。どうかなさいました?」


 隣に座る侍女が、こてりと首を傾げる。

 どうやら長くトリップし過ぎたらしい。正面のラナも不思議そうにしていた。


「何か心配事ですか」

「いえ……そうね。まぁそんなところよ」

「貴族って大変ですねぇ。お疲れ様です」

「どうもありがとう。貴方も貴族と結婚する時には覚えていると役に立つかもしれないわね」

「あははは。私にはそんな日は来ませんよ」

「ああ、そうだったわね。ラナには心に決めた人がいるのだものね」

「ななな、何を言っているんですか。私とギルマスはそんなんじゃないって何度も」


 誰もギルマスとは言っていない。

 だが見事に話題は逸れた。

 私は、未だ茹でたタコのように顔面を染め、口をパクパクと開閉するラナへ、心の中でお礼を言う。

 そんな中、前方から、ぶるるという馬の嘶きが耳に届く。次いで馬車がゆっくりとその動きを止めた。恐らく目的地の教会に到着したのだろう。

 数秒後、御者の男性が扉を開けた。


「お嬢様、私が先に降りますね」


 いつもと変わらずラナ、ケイト、私の順で車を降りる。すると薄暗い洞窟を出た時ような眩しさが私を襲う。


「っ、」

「お嬢様?!」

「大丈夫。光に目が眩んだだけよ」


 少しして、ぼやけていた輪郭が、本来の姿を取り戻す。

 全体的に灰色の古ぼけ、趣のある建物は、見慣れたこの街の教会だ。

 私達の来訪を察知してか、入り口の扉がゆっくりと開かれる。


「ようこそおいでくださいました」


 そう言って出迎えたのは、少しばかり顔の皺が深くなった神父だった。


「おや、どうされました。少々お顔の色が優れませんが」


 皆して観察眼鋭すぎて笑えない。いや、それとも私が分かりやすいのだろうか。

 取り敢えず子供達にまで悟られないよう、第四王子他の事は一旦頭の片隅に追いやっておく。


「大丈夫よ。それより子供達の身請け先が決まったとお父様から聞きました。おめでとう」

「ありがとうございます。これもみな、お嬢様のお陰です。孤児院を代表してお礼申し上げます」

「いいえ。それはあの子達が努力した結果。私はほんの少し手助けをしたに過ぎないわ。……けど彼等ももうすぐ巣立つと思うとまた寂しくなるわね」

「そう、でございますね。ガルムが出た時も数日は皆、蝋燭が消えたように沈んでいましたから」


 そう。院に留まれる十二歳を迎えたガルムは、現在、孤児院には居なかった。彼は五年前の希望通り、冒険者となって忙しい毎日を過ごしているのだそうだ。


「あれからガルムさんは此処に足を運んだりは?」

「そうですね。たまに荷物を取りに来る程度ですが、元気そうでした。あとは、アンジュ様に頂いた鎧と腕輪を宝物だと言っていました」

「まあ。それは贈った甲斐があるというものだわ」


 その二つは、卒院祝いの名目でガルムへ贈った品だ。お父様にマジックアミュレット一個と引き換えに頂いたお金で、彼用に誂えた。

 腕輪の方はディフェンスバングル。

 効果は所有者の防御力を5アップし、魔法防御力も5アップする。

 もう片方の鎧はレザーアーマー。

 効果は物理防御力+2、此方は新米冒険者の装いとしてメジャーなものだ。

 本当は剣もプレゼントしたかったが、流石に特別扱いがすぎると思い、止めておいた。


「! 噂をすれば影ですね」


 和やかな会話が続く中、不意にラナが口を開く。その顔は後ろへ向けられていた。

 自然と全員がそれに続く。すると、


「あ、あの。お久しぶりです」


 件の冒険者が其処に居た。

 五年前より背が伸び、キャラ紹介の立ち絵に若干近付いたガルムだ。


「まぁ。今、貴方の話をしていたところだったのよ」

「え、あ、はい」

「ガルム、こちらに来なさい。道の真ん中は危ないですよ」

「はっはい。神父様、いま行きます」

「アンジュ様。慌ただしくて申し訳ありません」


 気にしていないと微笑み、そのままガルムと合流して教会の中へ入る。


「元気そうで良かったわ。冒険者ギルドはの方はどう。やっぱり大変?」

「そうですね。でも、昔からの夢でしたのでなんとかやってます」


 この腕輪にも何度か助けて貰いました。

 そう言って、ガルムは左手首に嵌めた腕輪―ディフェンスバングル―を大事そうにに撫でる。

 心の中で私は、にんまりとほくそ笑む。

 五年の努力の甲斐あって彼とはそれなりに親しく、かつ自然に恩を売る事が出来た。

 唯一彼とアインの親睦を深める事は叶わなかったが、この状況を維持していけば、アインにとって悪い方向には向かわないだろう。


「助けになったのなら良かったわ。月並みな言葉で悪いのだけれど、これからも頑張ってね」

「はい。アンジュ様に頂いた防具に恥じない、立派な冒険者になってみせます!」

「ふふっ。楽しみにしてるわ」

「……春だわ」

「? ラナ、何か言った?」

「いいえ。何も」


 はて、何か言われた気がするが空耳だったか。


「ガルムさんは、聞こえた?」

「いっ、いえ。俺は何も!!」


 言って、頬にうっすらと朱を入れた彼は私から目をそらす。念の為、ケイトと神父にも目線をやるが、二人はニコニコ顔のまま。意味が分からない。


「なんだか釈然としないのだけど」

「まあまあ。ほら、そろそろ子供達の元へ向かわないと」


 絶対に答える気はなさそうだ。

 私は小さく息を吐き、もう一度ガルムを見上げた。


「話に付き合わせてごめんなさいね。私達はそろそろ孤児院の方へお邪魔させてもらうとするわ。ガルムさんは礼拝?」

「ああ、いえ。俺は神父様に頼まれていた物を届けに来たんです」


 これです、と腰のベルトに括りつけていた袋を見せてくれる。

 中身は十五センチはあろう、たらの芽に似た植物だった。

 アイテム名はリリネル草。

 この世界では薬草と呼ばれる回復アイテムだ。


「ああ、ガルムが請けてくれたのですね。ありがとうございます。助かりました」

「仕事ですから。では達成証明の割符をもらえますか」


 割符とは特殊な細工を施した木片の中央に証拠となる文字や記号を記し、二つに割ったものを指す。ギルドの配達クエストなどに使われ、依頼を出した際、ギルドから依頼主に渡される。これは前世でいう判子やサインのような物で割符を受け取ったハンターはそれをギルドに提出することで初めてクエスト達成になるのだ。


「ではこれを」

「はい。確かに」


 二人が交換を終えたその時、教会と奥の廊下を繋ぐ扉ががちゃりと開く。


「神父様ー。アンジュ様まだー……ってガルム兄ちゃん!?」

「え、ガルム兄ちゃん!」

「どこどこどこ!!」

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