―(7)―【改訂】
五日後。
執務室にて、システムデスクに手をついたアインがお父様に迫った。
「今の話は本当ですか、お父様!」
「ああ。救助部隊が無事、ゴルドルフ達を保護し、今は全員、街の診療所に入院している。主治医のキースの言では、皆命の危機は脱したとのことだ」
「良かったぁ」
心底ほっとしたようにアインが息をつく。
この五日間、彼は大した知り合いでもない彼等の身をとても案じていた。
「良かったわね、アイン」
ゲームでは、アンジュの言葉により極力人を避けていたアインが、こうも優しい子に育つとは何だか感慨深い。
私は、喜ぶアインの頭をそっと撫でる。
「お父様もお疲れ様でした」
「ああ。アンジュもマジックアミュレットをありがとう。大分助かった」
「いえ、お役に立てたようなら何よりです」
ゴルドルフ救助を決めた後、お父様にマジックアミュレットを一つ使わせて欲しいと頼まれ、渡していた。どう使ったのかは問うてないが、お父様の事だ。何か考えがあったのだろう。
「ああ、そうだ。近い内にお前達二人に専属の護衛をつけることにした」
「かしこまりました」
「え、ボクにもですか?」
私と以外、外に出る機会のないアインが、不思議そうに尋ねる。
「それはね、アイン。私達が一つとはいえ、マジックアミュレットを流したからよ。箝口令を敷いたとはいえ、いつか出所は暴かれる。その時、心ない者達が私や貴方に危害を加えないとも限らない。だから先手を打って身辺警護を厚くしておくの」
私に力と体力があれば、三百六十五日警護出来るのだが、こればかりはどうしようもない。窮屈な想いをさせてごめん。そう詫びると、優しいアインは大丈夫だと笑った。それどころか――。
「ボクがもっと大きくて強かったら良かったのに。そうしたらボクがお姉様を」
「アイン……貴方の気持ちは本当に嬉しいわ。でも、それによって貴方が傷つく方が私は耐えられない」
だらしなく緩みそうな口角を叱咤し、真面目な顔を作る。
そこへお父様が軽く咳払いをした。
「二人とも。姉弟仲が良好なのは喜ばしいことだが、話を戻すぞ。彼等について何かリクエストや質問はあるか」
「でしたら私から。お父様はどうように護衛を選出されたのか、マジックアミュレットの事はどの程度話されたのか。仮に雇いいれてその方が危険思想の持ち主と発覚した場合、どのような対処を行うのか。それを知りたいです」
手を上げて一気に捲し立てると、お父様は誰の為の質問であるのか察し、困ったように微笑む。
「アンジュは本当にアインを愛しているのだな。だがあまり過保護すぎるのは考え物だぞ」
「え、あ、お姉様が」
「そうでしょうか。アインは我が家の大切な跡取りであると同時に、世界一可愛い私の義弟です。この程度普通ではないかと」
アインは、まだ五歳である。
もし色目、危害、極端な差別主義者など宛がわれてトラウマでも植え付けられたらどうするのか。
引き下がらない私に、お父様の眉が一層下に下がる。
「まあ、ほどほどにな。選出方法については思想、実力、身元から既に信頼する者に探らせたので問題はない。マジックアミュレットについても手心を加えた内容を伝えてある。これでもし問題が起きたのなら私の方で、処理をするつもりだ」
「……承知いたしました」
「理解してくれて嬉しいよ。ではアインは何かあるかい?」
「ふぇっ、え、あ、特にはない、です」
「アンジュも、もういいかい?」
私は、手心を加えた情報とやらについて訊く。すると私が提案した例えとほぼ同じ、異なるのはお父様と共に作成の所がアインも追加された程度だった。
「で、ですがお父様。嘘だと見破られたら。それにあの人、キースさんがもし真実を大々的に公表すれば」
おずおずと訊いたアインに、お父様は全く問題はないと言い切った。何か取引でも交わしたのだろうか。
不思議に思っていると、お父様がキースについて話題を変える。
「彼なんだが、改めてアンジュ達に礼と謝罪をしたいと申し出があった。私は問題はないが、二人はどうしたい」
「……そうですね。正直あまりお会いしたくはないのですが、事情が事情ですし、一度だけ面会という形で」
「お、お姉様が会うならボクも!」
「分かった。日は此方に合わせるとのことだ。あとで使いを出しておくとしよう」
* * * *
面会は次の週だった。
初回同様、応接室に通されたキースは、以前とは違い、入室して即効、私達に綺麗なお辞儀を披露した。
「この度は我が友を救ってくださり誠にありがとうございます。そして数々のご無礼どうかお許しください」
「え」
私とアインは同時に顔を見合わせる。
この人、こんな真人間だったか。
「お姉様。ボクのほっぺたを抓ってくださ「絶対に嫌」
食いぎみに断り、代わりにふっくらとした頬を、さすさすと撫でる。
アインが恥ずかしそうに俯き、夢じゃないみたいですと言った。
私はそれを見て首肯する。
うん。今日も私のアインは可愛い。
「ゴホン。キース殿、兎も角、こちらに座ってもらえるだろうか。娘達が困惑している」
「はっ、はい!」
お父様に従い、私達もソファーへ腰を下ろす。並びはお父様、私、アイン、正面にキースだ。
「では話を始めようか」
進行役のお父様が、朗らかに宣言する。
そこに以前のキースに対する嫌悪感はない。
「はい。では改めまして」
そこから長い長いキースの感謝と謝罪、現在のゴルドルフ達、それから魔力充溢病への検査協力のターンが始まった。
「も、もう宜しいですわ」
「ですがまだ半分も」
「アンジュの言う通りだ。貴殿は少し落ち着いた方がいい」
用意されたお茶に口をつけ、私はほっと息をつく。
真人間になったと驚いたが、彼の諦めない精神には、また別の意味で驚かされた。
私は隣のアインを盗み見る。
キースの熱い熱弁に、脳が限界を迎えたのか、彼は疲れたようにぐったりとしていた。
「はぁ。キース様のお気持ちは充分伝わりました」
「でしたら」
「まずは此方の話をお聞きになって」
「はっはい!」
「問診については異論はありません。ただ、その」
「アンジュ、私から話そう。キース殿、体を傷つけるような危険な検査は親としても認められない」
「勿論、理解しております」
体に傷跡を残すような物はしない。やるとしたら死体のみです。
そう返すキースに、私を含めお父様も引いた。たぶんコイツは私が死んだら嬉々として解剖を願い出るのでは。
ごくりと飲み込んだ紅茶が嫌に苦く感じた。
「ともかく私は、さきほどもお話した通り、問診に他に少量の血液採取と鑑定魔法しか致しません。それにアンジュ様方が不利になるような報告はしないつもりです」
「まあそうだろうね。君は、いや君達はアンジュに恩があるのだから」
「ええ。捜索資金に加えて、治療費まで出して頂いたのですから」
それでいいのか医者、と思ったが捜索資金に治療費はどういうことだ。
お父様を仰ぐと、彼はにっこりと私に笑みを返す。瞬間、私は悟る。
お父様は私の名前を使い、彼等にこれでもかと恩を売りつけたのだ。所謂買収である。人は大恩ある相手を裏切れないし、強く出られない。その心理を見事利用した。
なんだかお父様の手の上で転がされたような気分だ。
「分かりました。助力しましょう」
「アンジュ様」
「ただし幾つか条件を呑んでもらいます」
結果、アインには迷惑をかけない。壊した花壇の補填はすること、検査は週一回。以上の三つを約束させて、その場はお開きにした。
そしてそれから二年間、私は彼と顔を付き合わせるのだった。
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