―(5)―【改訂】


 ゴルドルフ・ルドマンは、大剣を下へ振り抜いた。強撃、彼が最も得意とする剣技だ。

 バスターソードの先、容赦のない一撃を食らった化け物が真っ二つに両断され、青緑の血を吹き出しながら、地面に崩れ落ちる。

 けれどゴルドルフは、それを眺めるでもなく、油断なく前を見据えていた。そこには石の棍棒を片手に、さきほど倒した化け物の仲間がまだ立っていた。

 数は二十~三十。森の中にいるゴルドルフ達一団を囲うように、包囲している。

 見れば仲間を失ったのにも関わらず、どの個体も顔に歪んだ笑みを張り付け、嗤っていた。

 化け物の名はコボルト。

 邪悪な森の小人とも呼ばれ、青黴色の皮膚を持ち、犬に似た頭部と人間を組み合わせた気持ちの悪い風貌をしている。性格は狡猾で残忍。森に棲み、徒党を組んで獲物を狩るという。

 そして、彼等の大好物は人間の肉だった。

 未だ狩りを諦めないコボルトに、ゴルドルフは冑の下で小さく舌打ちする。


 (まさか王都を出る前に渡された魔除けの粉が、魔寄せの粉だったとはな)


 ゴルドルフはある人物の顔を思い出す。

 物語の王子様然とした、気障男。

 騎士団長、クリストファーの姿を。

 そこまで疎まれていたのか、とゴルドルフは奥歯を強く噛み締める。同時に、ちゃちな演技に騙された自分を心底呪った。


『ゴルドルフ、聞いたぞ。大変な任務だってな』

『ああ。だがとても遣り甲斐がある』

『全く。お前は変わり者だな。っとこんな話をしにきたのではなかった。これを』

『なんだ。その革袋は?』

『魔除けの粉だ。あそこは魔物が多いと聞く。良ければ持っていってくれ』

『……どういう風の吹き回しだ?』

『心外だな。いや、当然か。こんな時になって自分の過ちに気付いたんだからな』

『クリストファー』

『必要ないのであれば、これは捨てても路銀の足しにでもしてくれて構わないよ』



「クソッ。斬っても斬っても怯みゃぁしねぇ!」


 隣でゴルドルフと同じく、武器、スティレットを構えた甲冑戦士が吐き捨てる。

 鉄の冑に遮られ、表情は見れないが、語気の荒さからきっとその下は、怒りに燃えていることだろう。

 そこへ別の戦士が、ゴルドルフに進言する。


「自分が囮になります。隊長達はどうかその隙にお逃げください」

「ならん!」


 ゴルドルフは短く言うと、右手を前に突き出した。

 瞬間、コボルトのいた地面に穴があく。数体がそれに巻き込まれ、耳障りな断末魔を響かせる。ゴルドルフの地魔法だ。


「貴様を囮にしたとして、奴等が我等を追ってこない保証はない。それにもし追ってきたまま、街に逃げこめばどうなる」


 ゴルドルフの問いに、惨状を想像したのだろう戦士は慌てて謝罪を口にする。


「我等が取るべき道は一つ。このまま後退しつつ、効果が切れるまで持ちこたえることのみだ」

「ハッ!」


 ゴルドルフの言葉に、全員が気合いを入れ直した。

 まだ自分達は死ぬわけにはいかない。

 その強い想いに、ゴルドルフは柄をきつく握り締めた。

 きっとあのキースの事だ。もう何かしらの手を打ってくれるだろう。

 それまでの辛抱だ。


「ぐぎゃあ!!」


 コボルトが、再度襲いかかってくる。

 あるものは自慢の棍棒を高く掲げ、あるものは、仲間の死体を放り投げる。

 この場に魔法を使うメイジコボルトが居ないのが救いだ。


「はぁぁあああ!!」

「食らえ、ウインドカッター!」

「全員、無理をするな。協力してあたれ」

「了解!!」


 少しずつ少しずつ、コボルトが数を減らしていく。

 そうして残り十を切った頃、彼等は自分達の勝利を確信した。


「ワオオオオオオオン!!」


 ――その声を聞くまでは。


「なっ!?」

「なぜここに」

「嘘だろ」


 彼等の間に動揺が走る。

 これは悪い夢か。

 誰もが我が目を疑った。

 彼等の視線の先、コボルトの遥か後方。灰色の毛並みをした四足歩行の獣の群れが此方を睨み付けていたのだ。


「……グレイ、ウルフ」


 ゴルドルフの頬に、一筋の汗が伝った。

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